特使
1月16日 1236時 ディエゴガルシア島
ドイツ空軍のA340-300が滑走路に着陸した。すぐ上をエスコートしていたタイフーンとSu-27SKMが通過していく。やって来たのは、NATOの上層部の人間とコソボ政府、アルバニア政府の関係者だ。エプロンには出迎えのためにスタンリーとHK-416Dで武装した警備兵たちが並び、ブローニングM2重機関銃を搭載したHMMWVとアヴェンジャー防空システムが警戒に当っている。彼らは国家ではないので、軍楽隊や形式張った出迎えは無く、代わりに対空兵器や銃による警備で出迎える。NATOの使節も、そのあたりのところは理解しているようで、何のことはないと言った様子で、タラップを降りてきた。
ドイツ空軍のマンフレート・カーン少将は、まずはこの基地の様子を見て、目を見張った。小規模ながら、かなりの設備が整っており―――アメリカとイギリスがこの基地を放棄した時は、施設の老朽化が激しく、基地機能は完全に失われたと思われていたが―――、航空基地としては申し分ない状態だ。すぐ目の前には40代半ばくらいの、体格のがっしりした男が立っている。その男―――ゴードン・スタンリーは、カーンに近寄って、右手を差し出した。
「"ウォーバーズ"司令、ゴードン・スタンリーです」
「ドイツ空軍、マンフレート・カーンです、ミスター・スタンリー。それにしてもここは・・・・なんと・・・・」
「傭兵の本拠地としては、まだ中規模な方です。組織によっては、ペリー級フリゲートやイオージマ級揚陸艦まで持っている連中もいますから」
「なんとまあ・・・・・」
カーンの後ろに控えている、空軍の少佐や中尉はポカンとした表情で基地を見回している。やがて、戦闘機の轟音が聞こえ、F-15CとF-15Eがきれいに編隊を組んで着陸した。後ろからはJAS-39Cとミラージュ2000Cが続けざまに降りてくる。更に、滑走路の向こうからはKC-10Aが最終アプローチに入ったのが見えた。
「こんな所で立ち話はなんですから、私の執務室にでも行きましょう」
1月16日 1309時 ディエゴガルシア島
「では、NATOとしては、何もできなくなった、ということですか」
「恥ずかしながら、その通りです。加盟国以外の国に対する影響力は、今は無いに等しい状態です」
事の発端は、NATOのあり方に関する見直しから始まった。かつては、ヨーロッパ全体と北アフリカ地中海沿岸域国家に影響力を持っていたNATOも、今では加盟各国の軍事予算の煽りを受けてか、加盟国だけを防護する事しかできない状況だ。とは言え、最大の仮想敵国であるロシアも、今では国力はガタ落ち状態で、軍の内部の腐敗も凄まじく、現役の兵士がいつの間にかPMCや傭兵組織に鞍替えをしたり、装備品を外部に横流ししたりすることが横行している。それにより、誰もが簡単にSu-35SやアルマータT-14、クルガネツ25のような最新鋭の装備を手に入れることができるようになっている。先日、インターネットの兵器取引サイトにも、Ka-52やブメラーンク兵員輸送車、2S35自走砲が大量に出品されているのを見つけた。勿論、ロシア軍内部の誰かが出品したはずだが、勿論、出品者は匿名だ。ただ、戦略兵器が流出していないだけ、まだマシな状況ではあるのだが。
「どうにか、我が国を助けては貰えませんか?勿論、報酬は十分とは言えませんが、なんとか出せるようにはしています」
コソボ政府特使、イビチャ・マライが話し始めた。コソボ政府とアルバニア政府が提示した報酬は、コソボ、アルバニア国内における飛行場を、半永久的にヨーロッパでの作戦行動の拠点として使用できる権利。そして、両国国内にある天然資源の権利だ。
「他の傭兵はどうしているのです?どれほど集まりましたか?」
「中東やアフリカから、陸上部隊主力の傭兵部隊がいつくか協力すると名乗り出てきました。航空戦力主体の傭兵も、アジアや南米から集まってきています。ただ、向こうも傭兵を集めているようでして、ロシアやベラルーシ、中国などから集めているようです」
「うむ。つまりは、両国に既に傭兵は集まってきている状態、ということですな」
格納庫から、のっぺりとした機体が運びだされた。その細身で華奢な外見はまるで紙飛行機のようだが、他の飛行機ならばコックピットがあるはずの部分には、窓が無く、異様な雰囲気を放っている。
「それで、俺らがこれを操縦するのか?まあ、俺は経験しているけど、ダタシ、君は初めてだっけ?」
スペンサー・マグワイヤは、この問題の飛行機―――MQ-9リーパー―――を見上げた。この航空機は、通常の航空機ではない。衛星通信によって遠隔操作される無人航空機で、主翼には3つのハードポイントがあり、ヘルファイアやペイブウェイで武装することもできる。
「ああ。しっかり教えてくれよ。ラジコンとは勝手が違いそうだからな」
「まあ、俺は確かに航空機の整備をしていたが、どっちかというと、本職はこっちの方だ。まあ、使い方さえ慣れれば、テレビゲームみたいなものだと思ってくれればいい。まあ、問題は、こっちは攻撃すれば、本当に人が死ぬがな・・・・・」




