遠征と物資
1月14日 1433時 アルメニア シラク国際空港
先日までの猛吹雪と打って変わって、空は青く晴れ渡っている。傭兵たちはここぞとばかりに移動の準備を始めた。エプロンに並んだ航空機が一斉にエンジンを始動させ、離陸の準備に入った。
4機のF-16が次々と離陸していき、その後ろからC-130HとKC-10Aがタキシングする。更に6機のテジャスとIL-78、Il-76が離陸滑走の準備をして、彼らの後から離陸していった。
『シラクタワーより"サバー"へ。ランウェイ02への進入を許可する。風は南東方向から0.2ノット、横風は東から0.1ノット、離陸後は高度9000ftまで上昇し、ここの管制空域ではこの高度を維持せよ』
「了解、シラクタワー、タキシングを開始する」
ミハイル・ケレンコフはSu-30SMをゆっくりと滑走路までタキシングさせた。機体の調子は上々だ。この後、ジョージア上空を通過し、黒海を飛行。途中でウクライナのPMCが手配したIl-78から空中給油を数回受け、ブルガリアとマケドニアを経由して、アルバニアの国内へ。そこまで行けば、目的地のティラナ・リナ空港まではもうすぐだ。
『シラクタワーより"サバー"へ。離陸を許可する』
「了解、シラクタワー。離陸する」
Su-30SMはアフターバーナーを目一杯蒸して、離陸滑走した。兵装と燃料をたっぷり積んでいるため、ゆっくりとした低めの離陸となった。しかし、ケレンコフはなるべく早めに高度を取るため、可能な限り機首を上へと向けた。
シラク国際空港は閑散とした状態になったが、すぐにまた傭兵たちが移動のためにやってくるはずだ。この空港はそんなところであり、静かになったと思ったら、また騒がしくなるものだ。
1月14日 1644時 ディエゴガルシア島
この日の訓練を終えた戦闘機、空中給油機、早期警戒機が一斉に着陸した。地上では整備員が待機しており、機体のチェックの準備をする。エプロンに置かれていたアパッチとシースタリオンにカバーが掛けられ、格納庫へとトーイングされていく。午後の訓練は、無人標的機を使った、実弾射撃訓練だった。勿論、無人機は全て撃墜され、今では海の藻屑となっている。
夕方からのアラート待機をしていたカジンスキーとワンが着陸する飛行機を眺めていた。全ての航空機が無事に着陸し、タキシングを開始する。今日は夜間の飛行訓練は無いようで、自分たち以外の隊員は、自由にこれからの時間を過ごすであろう。
ベングリオンとツァハレムは情報収集のため、自室でテレビを見ていた。この島では、各国のテレビ局の衛星通信を傍受することでテレビ番組を見ることができる。現在、バルカン情勢は悪化の一途を辿っている。コソボのプリティシュナ国際空港は一部の民間便以外は全面的に離発着を停止させられ、その代わりのようにコソボ政府が雇い入れた傭兵部隊が空港を占領し始めている。アルバニア政府はコソボへの全面的な援助をすることを発表し、セルビアが武力で併合しようとするような動きを見せた場合は、セルビアに対する宣戦布告も辞さないという動きを見せている。一方で、セルビア政府はコソボへの恫喝をエスカレートさせ、昨日はコソボ北西部のバレ地方への小規模な空爆を行ったらしい。コソボ政府は抗議を行ったが、セルビア政府はそれに対して、何のコメントも発表していない。他国の動きであるが、ロシア政府や中国政府がセルビアの立場を支持する声明を出したものの、軍の派遣などは行わない方針を示した。一方で、NATO加盟国や日本などが、コソボは独立国であり、強制的な併合は違法であるとしながらも、やはり軍の派遣には消極的姿勢を見せている。再び"ヨーロッパの火薬庫"に火が点くのは、もはや時間の問題であろう。
スタンリーはセルビアとコソボの状況を調べていた。どちらも地下資源の利権や居場所の提供など、様々な条件を提示して、傭兵を集めている。アルバニアも、コソボとの同盟の立場から、やはり似たようなことを始めている。明後日の午後には、NATOの連中がここに来る予定だ。メールを見てみると、コソボの外交官も随行員として来るらしい。やはりな、とスタンリーは思った。去年の、アゼルバイジャンとUAEでの"活躍"により、"ウォーバーズ"の評判は上々だ。
"アーセナル・ロジスティックス"のC-5Mが8機、ディエゴガルシア島の滑走路に着陸した。これらの飛行機が離陸した後も、更に5機、この傭兵部隊の輸送機がやってくる予定だ。運ばれてきたのは、兵装や戦闘機の予備パーツなどだ。この後、彼らはモルディブ、スリランカ、インド、サウジアラビアなどを経由して、コソボへ物資を運ぶ予定だ。
ハーバード・ボイドはエプロンにやってきたスタンリーに手を振った。増設されたエプロンに駐機した輸送機からは、梱包されたF-15Cの主翼やタイフーンの後部胴体、F-15Eのダッシュ8コンフォーマルタンクなどが下ろされてくる。大量のスペアパーツが次々と倉庫に運び込まれ、技術部の隊員により、1つ1つが検査される。
「しばらくぶりだな。UAEの時以来か」
ボイドがスタンリーの肩を叩いて言う。
「ああ。ところで調子はどうだ?」
「次の客はコソボ政府だ。あの辺は、今や一番やばい場所だからな」
「やっぱりか」
「で、お前たちはどうするんだ?行くのか?」
「報酬がたっぷり出るならな。だが、セルビアには協力しない」
「俺も同じだよ。おっと、これからコソボに地対空ミサイルと戦車を運ぶだけの簡単な仕事が待っているからな。またな」
ボイドが引き連れている輸送機がいそいそとディエゴガルシア島から離陸していった。カーゴベイの中身は空なので、巨大な輸送機が軽々と飛んでいく。スタンリーは彼らを見送った後、基地のターミナルへと向かった。今夜は久々に夜間飛行訓練をする予定だった。




