誰も来なければ今日は楽な日
1月14日 0934時 ディエゴガルシア島
スタンリーはNATO副司令官からのメールの内容を見て、バルカン半島が、自分がまあ、こうなるだろうと思っていた状況にあることを確信した。NATOとしては、下手に介入せず、偵察機―――アメリカ空軍のRC-135V/WリベットジョイントやRC-135Uコンバットセント、RQ-4Bグローバルホークやイギリス空軍のエアシーカー―――を現地上空に派遣し、状況を観測する程度に留めているという。しかし、不測の事態に備えて、イタリアとギリシャに戦闘部隊を派遣していた。アルバニア政府はコソボの同胞を救うために傭兵部隊の編成を始め、自国内の基地や飛行場などに場所を提供している一方で、セルビア政府も傭兵を集め始めたという。やがて、ドアをノックする音が聞こえたので、入ってくるよう促した。
「失礼します、司令官。実は、NATO上層部の方が数日内にここに立ち寄りたいと・・・・・」
入ってきたのはアメリカ海兵隊出身の運行管理の隊員だ。
「やっぱりな。そろそろ来る頃だと思ったよ。で、コソボかアルバニアからの人間は?」
「現在、傭兵をかき集めるために世界中に密使を送っているとの噂です。我々の所にはどっちが先に来るか・・・・・」
「セルビアの連中が来たら追い返しておけ。それも、着陸させずにな」
「了解です。まあ、我々が基本的に"西側"にしか協力しないことなんぞ、だいたいの軍の連中は知っているはずですけどね」
エプロンでは30mm機銃弾と2.75inロケット、増槽を搭載したAH-64Dがローターを回し、実弾射撃の訓練へ向かった。標的は既に岩礁に立ててある。既に高速艇に乗ったクラークたちが、観測の準備をしている頃だろう。
ジャック・ロスはMk.5特殊任務艇から超高倍率双眼鏡で、岩礁に立てた標的を確認した。全てボール紙で作られており、人や装甲車などの形を模している。もう少しでアパッチがやって来て、目の前の標的を徹底的に破壊し始めるはずだ。
1月14日 0947時 インド洋上空
戦闘機が空戦訓練を続けていた。なかなか決着が付かず、燃料だけが消費されていく。ミラージュがF-15Cに追いつくが、すぐに反転して逃げ出す。ヒラタはF-15Eを追いかけるが、なかなか追いつくことができない。いつもの空戦訓練だが、彼らは燃料がビンゴになるか、"撃墜"されるまで続けるはずだ。
アパッチが今日、訓練で撃つ予定の標的の前に到着した。ボール紙でできた人型の標的を30mm劣化ウラン弾で撃ち抜き始めた。空気に触れて発火した劣化ウランの粉末で、標的の一部が燃え始める。続いて、機体を90度左に回し、ハイドラ70ロケットを標的へ発射した。種類はM255E1フレシェット弾頭で、そこら中にダーツの形のような金属の破片が飛び散り、標的を破壊する。
「完璧だな。何一つ残っちゃいない」
ベングリオンが相棒に話しかける。
『"ヒヨドリ"より"アナコンダ"へ。標的は全壊。繰り返す、標的は全壊。次の標的へ向かえ』
ロスが無線で訓練の成果を知らせる。
「"アナコンダ"了解。移動する」
Mk.5特殊任務艇は全速力で次の標的が立ててある岩礁へと向かった。上空を見ると、アパッチが轟音を響かせながら、低空飛行する。任務で実際に洋上でアパッチを飛行させたことは無いが―――パイロット2人も、あまり海上を飛ぶのは好きでは無い―――ここでは、常に洋上を飛行せざるを得ない。潮風に晒されるため、劣化を防ぐための作業は忙しく、整備員たちは常に機体の塩害と戦っていた。
1月14日 1008時 ディエゴガルシア島
大きなハンガーの中で、作業員たちがF/A-18CやSu-27SKMの予備機の整備をしていた。機体の外板を点検し、電子装置も隅々までしっかりと確認する。この小さな島では潮風に常に晒されるため、飛行機や車両、更には対空火器まで短期間で大きな整備をしなければならない。先程も、整備を終えたNASAMSを外に出し、それと入れ替わる形で今まで外に出ていたNASAMSのランチャーやレーダーを中に運びこんだところだ。傭兵部隊とPMCの多くは、兵器の整備を外部に委託しているが、最も近いPMCの兵器の整備工場でも3000km以上も離れており、更には外部の人間に大事な飛行機や兵器の整備を任せられないという司令官の方針もあって、基地の中に大規模な整備工場を建設していた。そこでは、一流の兵器メーカーのオーバーホール・ラインと比べて遜色ない設備が整っており、いつでもどんな種類の航空機でも整備ができるようになっていた。
アラートハンガーの中に、1頭の黒いラブラドル犬が駆け込んできて、飼い主からビーフジャーキーをもらっていた。主人が留守の間は、地上クルーたちが彼の世話をしている。ハッセウィンドは非常に賢いが、警備犬としているのでは無く、ここのパイロットの飼い犬である。コルチャックはハッセウインドの首輪にリードをつなげ、基地のゲートへ向かうと、警備兵に散歩に出掛けてくると言って外へ出て行った。




