スタートポイント
1月14日 0957時 ディエゴガルシア島
ゴードン・スタンリーは朝食―――シリアル、ベーコンとレタスのサラダ、バナナ、紅茶―――が載ったトレイを持ったまま、執務室へ入っていった。今日は午前中は事務作業をして、午後からはフライトの予定だ。PCを起動すると、すぐにメールが届いているのがわかった。差出人はNATOの副司令官。恐らく、ここ数日のバルカン半島情勢に関することだろう。スタンリーがメールを開くと、外からは戦闘機のエンジンが動き始める音が聞こえてきた。
タイフーンとMiG-29Kの翼や胴体からミサイルと増槽が下ろされ、格納庫へトーイングされていく。代わりにF/A-18CとSu-27SKMに実弾と増槽が取り付けらる。その傍ら、エプロンでは通常訓練に向かうF-16CJ、ミラージュ2000C、F-15E、F-15Cがエンジンを回し始める。アラート待機を終えたシュナイダーとカジンスキーはコガワ、コルチャックのコンビとバトンタッチをすると、休憩のため、自室へと戻っていった。
KC-135Rの隣には多くのタンクローリーが並び、自機が使う分と、戦闘機に給油する分、両方の燃料が注ぎ込まれる。やがて、最大離陸重量の9割程度になったところで、燃料の補給が終わった。
CH-53EとCV-22Bがエプロンに引っ張りだされ、この2機にも燃料が入れられていく。しかし、すぐに離陸する訳では無く、万が一、戦闘機が事故で海に落ちた時のための待機をしているのだ。また、同じ役目をするボート―――Mk5特殊任務艇―――も桟橋で待機している。
海岸ではこの朝早い時間から銃声が鳴り響いた。ロス、クラーク、バークの3人が、ボール紙の標的をFN-SCAR Mk.16で撃ち始めた。標的の鳩尾のあたりに弾痕が集中している。足元に空薬莢が飛び散り、硝煙の匂いが漂い始める。彼らは、1度の射撃訓練で200発以上は弾丸を撃つ。地上で敵と直接交戦したことはほとんど無いが、いつ、そういった事態になっても良いように、射撃訓練は毎日欠かせない。クラークは銃から空になった弾倉を取り外し、新たに5.56mmのソフトポイント弾が詰まった弾倉を装填する。その隣で、バークは弾倉が空になったカービンをそのまま手放して、スリングで肩から吊り下げた状態にしておき、レッグホルスターからヘッケラー&コッホUPSを取り出して撃ち始めた。9mmのブラックタロン弾が標的に穴を開ける。彼らの射撃訓練は昼過ぎまで続いた。
1月14日 0736時 アルメニア シラク国際空港
完全武装し、センターのハードポイントに増槽を吊り下げたSu-30SMがタキシングを始め、滑走路に向かった。凄まじい吹雪を引き起こしていた低気圧は北の方へ抜け、穏やかな青空が広がっている。ようやく最終目的地であるプリシュティナ国際空港へ向かうことができる。コソボ政府はここ数日で民間機の飛来を極端に制限し、自国が雇った傭兵と貨物機、ビジネス機以外の離着陸はまず、無くなった。ここ数日、セルビアの行動はどんどんエスカレートしていた。戦車をボスニアとコソボの国境付近に配置し、傭兵を雇い入れ、その傭兵の歩兵部隊に公然と越境偵察をさせたり、航空機に領空侵犯させたりしている。
「ミシュカ。コソボはすぐそこだな。途中でセルビアの空軍や敵の傭兵に見つからなきゃいいが・・・・」
「そうなったら奴らを潰すまでだ。そうだろ?」
ケレンコフとボンダレンコは、コソボ国内の膨大な金鉱の利権に飛びつき、コソボ側に立って戦うことを決めた。更に、セルビア側には自分の最も嫌う祖国―――ロシア―――が背後で協力しているという噂も聞いていた。恐らく、あと数日後か、数週間後か、数ヶ月後かはわからないが、コソボとセルビアの2度目の武力衝突は間違いなく、避けられないだろう。そこで、コソボは各地に密使を送り、傭兵をかき集めているという。一方のセルビアは徴兵制を強化し、徴兵検査に合格した17歳以上の男性と22歳以上の女性は、例外なく陸軍か空軍のどちらかに入隊させている。
『シラクタワーより"サバー"。離陸を許可します』
「こちら"サバー"、了解。離陸する」
ケレンコフはラダー、フラップ、スラット、水平尾翼、推力偏向ノズルのチェックをし、エンジンの推力に異常が無いことを確認するとスロットルを前に倒した。Su-30SMがアフターバーナーに点火し、滑走路を凄まじい早さで前進した後、機首を上げ、垂直に近い驚くべき角度で上昇していった。センターパイロンと翼下2ヶ所のパイロンには増槽が取り付けられ、それ以外のハードポイントにはミサイルや爆弾が吊り下げられている。
Su-30が離陸した後も、シラク国際空港から飛行機が離陸していった。輸送機、戦闘機、空中給油機、他にもP-3Cやアトランティックのような対潜哨戒機やMi-24D、EC-665、CH-47Dなどのヘリも飛んでいった。中継点に集まっていた傭兵たちは、それぞれの戦場へ散らばっていった。




