Silent MidNight-1
1月14日 0127時 アルメニア シラク国際空港
相変わらず、空港職員はエプロン、滑走路、誘導路の除雪作業に追われている。そんな彼らをよそに、足止めされている傭兵たちは酒を飲み、眠り、または賭け事をしていた。ケレンコフは宿泊施設のベッドから起き上がると、酔いを覚ますために空港施設内を歩き始めた。その物音を聞いて、目を覚ました相棒が、慌てて彼の後を追いかける。かつては民間の定期便の離発着の時刻を知らせていた案内板は、全く使われること無く眠っている。その代わり、利用者が離陸と行き先を申請するためのカウンターがいくつも並び、パスポートなどをチェックする役人がいる。深夜にも関わらず、傭兵たちは食堂で飲み食いをしているようだ。
「ゲンナジー、飯にしようか。今のうちに何か食べておいたほうがいい」
彼らはカウンターの前の席に座り、料理を注文した。テレビはニュース番組を映しだし、悪化しつつあるバルカン情勢の様子をキャスターが読み上げている。セルビア空軍機は、コソボへの領空侵犯を連日、繰り返しているが、コソボにはそれを追い払う戦闘機も地対空ミサイルも無い。だが、金だけはあった。コソボは近年、大規模な資源開発を行い、レアメタルやレアアースを外国に売りさばいて収益を上げている。恐らく、コソボは、そうしたものの利権などを担保に傭兵を雇うに違いない。ケレンコフはそれが、どれだけの金額になるのかを頭のなかで計算し始めた。
1月14日 0311時 ディエゴガルシア島
ゴードン・スタンリーは自分の執務室で情報の整理をしていた。先程まで眠っていたのだが、目が覚めてしまったのだ。紅茶を入れ、冷蔵庫の中にあったチキンナゲットを温め、バーベキューソースに漬けて、口に放り込む。この時間に起きているのは、他には管制塔の管制官、地上でアラート待機をしているパイロットと、彼らを手伝う地上クルー、対空兵器のオペレーターくらいであろう。どうやら、セルビアが武力でコソボを併合しようとする動きがあるようだ。また、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ国内のスプルスカ共和国でも、不穏な動きがあるようだ。これは、先のセルビアで起きたクーデターが関係しているのは間違いない。しかし、セルビアにこのようなことをする戦力があるのだろうか。スタンリーは、ジェーン年鑑の最新版で、セルビアとコソボの陸海空それぞれの戦力を確認してみた。
セルビア陸軍:
現役兵力約4000人
戦車約140両
装甲車等約300両
火砲約150門
哨戒艇約18隻
対空兵器約130門
セルビア空軍:
現役兵力約1000人
戦闘機約40機
輸送機約20機
回転翼機約40機
コソボ治安軍:
現役兵力約3500人
装甲車等約150両
回転翼機約10機
やはり、かなりの差がある。双方ともに、ここ数ヶ月で関係は悪化し、どちらも傭兵部隊を雇い始めたという。特に、コソボは最近発見された豊富な天然資源の利権を背景に、多くの傭兵を国内に集め始めている。一方、セルビアは居場所を提供する代わり、自国に協力することという条件で、傭兵を募集している。両国は一触即発の状態で、いつ火が点いてもおかしくないが、NATOは今のところ、無人偵察機で情報収集をしている程度で、具体的な行動は何一つしていない。いずれにせよ、遅かれ早かれ、NATOかコソボから密使が来るのは予想できる。セルビアからも来る可能性も否定出来ないが、自分たちが"西側"であるかぎり、それがあるとは考えにくい。スタンリーは時計を見た。そろそろ眠らないと、明日の訓練に支障が出る上に、間違いなく、リー・ミンから文句を言われるだろう。スタンリーは部屋のキャビネットからウィスキーの瓶とグラスを取り出し、一杯だけ注いで飲み干し、眠りについた。
佐藤は椅子から立ち上がると大きく伸びをして、腕を回し、マグカップを手に取ると、魔法瓶からコーヒーを注いで、ブラックのまま飲み始めた。
「1杯貰える?」
クロンへイムもマグカップを手にして、こちらに差し出したので、1杯分注ぐ。
「ミルクと砂糖は?」
「ブラックもままでいいわ」
アラート待機中のパイロット2人がコーヒーを飲んでいると、整備員がウェポンローダーにミサイルを載せて、格納庫へと歩いていった。それにはR-77とR-73、ミーティアとIRIS-Tの実弾が載っている。
「朝の待機はオレグとハンスだったかな?もう暫くしたら交代のはずだ・・・・・あいつらが寝坊しなければだけど」
「そんなことあるの?」
クロンへイムは驚いて、目を見開く。
「いや、今までは一度も無いよ。二人とも、酒はよく飲むけど、アラート前はちゃんと断酒する人間だから」
「それを聞いて安心したわ」
やがて、滑走路の方から飛行機が着陸する音が聞こえてきた。外を見てみると『Intersky Cargo』というロゴの描かれたAn-124が滑走路にタッチダウンしたところだった。滑走路の延長線上の向こうの空からは、また同じ機体がゆっくりとアプローチしてきている。
「ん?今日は木曜日だったか。物資がたくさん届くな」




