帰国と別れ
4月5日 0917時 アルバニア ティラナ・リナ空港
傭兵たちを乗せたA340-300が離陸していった。セルビアは、ヨーロッパ各国からの要請で正式に停戦協議に応じ、コソボ国内とアルバニアとの国境地帯に展開させていた軍部隊を引き上げさせ始めた。兵力引き離し監視部隊として、イタリア、ドイツ、イギリスなどが陸軍部隊を派遣し、更に、これらの部隊は平和維持・戦後復興支援部隊として、コソボとアルバニアの国内に留まる予定だ。
セルビアのヴラディッツァ・プレルヴォヴィッチ大統領は、正式に大統領職を辞任し、更に、全ての閣僚を更迭した。セルビアでは、近い内に議会の解散と総選挙が行われる予定だ。
"ウォーバーズ"とミハイル・ケレンコフ、ゲンナジー・ボンダレンコもアルバニアから離れる準備をしていた。戦闘機には、自衛用の空対空ミサイルとフェリー用の増槽が搭載されている。
「それで、あんたらはこれから帰るのか?」
ミハイル・ケレンコフが、エプロンでF-15Cの離陸の準備をしている佐藤勇に訊いた。
「いや。休暇だよ。女性陣のリクエストで、これからナポリへ観光に行くことになった」
「ほう。そいつはいいな。楽しんでこいよ」
「ところで・・・・・」
「ああ。悪いが、お前らとは一緒に行くことはできない。言ったろ。俺はお尋ね者だ。今でも、ロシアの"エスケープキラー"が狙っているに違いない。それに、これだけ大暴れしたんだ。誰かの耳に俺のことが入っていても間違えないさ」
「そうか・・・・・残念だな」
「なあに。お互い、無事であれば、どこかで会うこともあるさ。この世界は、広いようで狭い」
「だが、もし・・・・・・」
彼らは傭兵だ。再度会うことがあったとしても、それは味方同士としてとは限らない。
「うーむ。そうだな。おい、ゲンナジー」
Su-30SMの近くにいたケレンコフの相棒が駆け寄ってきた。そして、ケレンコフがロシア語で何事か話す。ボンダレンコが頷き、USBメモリ・スティックをポケットから取り出して佐藤に差し出した。
「俺たちの連絡先だ。これがあれば、いつだってお互い連絡を取れる」
「いいのか?」
「ああ。お前たちは信用できるからな。いつだって連絡を寄越してくれ」
4月5日 0947時 アルバニア ティラナ・リナ空港
『ティラナタワーより"サバー"。ランウェイ18への進入を許可する』
「"サバー"了解。ランウェイ18」
ミハイル・ケレンコフはSu-30SMをタキシングさせ始めた。エプロンの方を見ると、アルバニア軍兵士やコソボ治安軍兵士、そして"ウォーバーズ"のメンバーらを始め、一緒に命を預け、戦ってきた傭兵たちが手を振っているのが見えた。後部座席では、相棒が大きく両手を振って、別れを惜しんでいる。これから目指す場所は、アルメニアのシラク国際空港だ。恐らく、そこならば、見知った顔を何人か見かけることになるだろう。自分の"活躍"は、どうせ連中の耳に入っているだろうから、すぐに酒をたかられるだろう。
ゴードン・スタンリーは、滑走路から飛び立ち、どことも知れないところへ飛んでいくSu-30SMを機影が見えなくなるまで見送っていた。
「さて、我々も出発しよう。目的地は、ナポリ・カポディキーノ国際空港だ。そこに着陸し、機を降りた時点で休暇とする。さあ、あれだけ働いた後だ。ゆっくり休むといい」
"ウォーバーズ"のメンバーたちは、手を叩き、口笛を吹いたり囃し立てたりしながら、それぞれ飛行機へ向かった。どうせ、この後は何もないインド洋の辺境の島へ帰るだけなのだ。こういうときくらい、楽しみがあってもいい。
今日も世界中で傭兵たちが、自分たちの権益のため、そしてお金、土地、資源のため、様々な理由で戦っている。それに対して、国家が介入する余地は最早無くなってしまった今、戦争は経済構造の一つとして機能することになった。それは、世界に多大なる犠牲を与えてはいるが、それを微力ながらも、食い止めようとして戦っている人々がいる。彼らは、陰ながら、この脆い砂上の楼閣のような世界構造を、ギリギリのところで守っているのだ。




