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三話目です。
工房でしばらく過ごした後、ナレアとリュウリは街をぶらついていた。
「ん~たまには外でご飯でも食べましょうか?」
「いいでね~?なんか面白いもんでも見つかりそうだし」
彼らは基本外食をすることが少ない。
何故ならば料理をしているのがミリノであるからだ。
彼女の料理が美味しいのもあるが、食べないともなると彼女は静かに怒る。
それはもう怖いぐらいに怒る。
具体的に言えば周りのメイドが見ただけで泣く程である。
だがそれは目の前にして食べなかった場合。
たまに外食をする程度ならば彼女は不満げになる程度で済んでいる。
「あっ!ナレアさ~ん!」
「ん?」
何処か良いお店はないかとキョロキョロしていたナレアに遠くから声をかけてくる女性がいた。
「珍しいね、ナレアさんがこんな所にいるなんて」
「え、ええ。偶々ね」
「・・・もしかして名前忘れてる?」
「そんな事ないわよ。ギンサン・ツリー、でしょ?」
「おおっ!ナレアさんに名前覚えてもらってる!アタシってば凄い?」
「何言ってるのよ?友達の名前を覚えるのは当然でしょ?」
ナレアの言葉にギンサンはキョトンとしていた。
「どうかした?」
「いやぁ~ナレアさんに友達だと思ってもらえて嬉しいなぁ~って」
「まぁ貴方くらいだからね。私に普通に話しかけてくれるのは」
「おりょ?そういやそうだね。皆ナレアさんを神格化しすぎだよね~」
「全くよ」
規格外の才能を持つナレアに気軽に話しかけられるギンサンは実はスゴイのかもしれない。
「それで?こんな所で何してたの?」
「ああ、昼食でも食べようかと思ってたんだけど・・・」
「どのお店がいいか決めかねていたと」
「そういう事」
「因みにどういう料理がいいとかあるの?」
「私は別にないわ」
「私はって・・・ナレアさんが決めないでどうするのさ?」
「リュウに決まってるじゃない」
「へ?」
「貴方に話した事あるでしょ?弟のリュウリよ」
「それは聞いたけどなんで今・・・!?」
「ども」
ギンサンが視線を下げると、ナレアの胸に埋まっていたリュウリと目があった。
「ビックリしたぁ~」
「驚かせてすんませんね」
「いやいいんだけど・・・なんでそんな体制なの?」
「いや姉ちゃんがこの体制好きだから」
「じゃあ今まで黙ってたのは?」
「姉ちゃん友達少ないから珍しかったのと、邪魔しちゃ悪いかな~って」
「・・・なんて良い子!!」
リュウリの説明を聞いたギンサンは薄ら涙を見せながら口元を抑えていた。
「にしてもお姉ちゃんが甘やかしてると思ってたけど違ったみたいだね」
「ちょっと、どういう意味?」
「?だってどう聞いてもナレアさんがリュウリ君に甘えてるようにしか聞こえないもの」
「うぐっ」
「まぁ俺も甘えてるからどっこいって事で」
「みたいだね~でも羨ましいなぁ~私一人っ子だから弟とか妹に憧れてるんだ~」
話しながらリュウリの頭を撫でているギンサンだが、リュウリは相変わらずナレアの胸の中である。
「・・・一日だけも私の弟にならない?」
「私を前にしていい度胸ね、よっぽど死にたいのかしら?」
「ちぇ~じゃあお姉さんの許可が出たら是非来てね~」
「絶対出さないわ!!」
「むぅ~あんまりベタベタしてるとリュウリ君だって嫌になっちゃうよ?」
「あり得ないわ!ね?リュウ?」
「ん~まぁな~」
「ほら見なさい。私はリュウのお嫁さんになるんだからこれくらいでちょうどいいのよ」
「アレ本気だったんだ・・・因みにリュウリ君はどうなの?」
「まぁ俺も姉ちゃん好きだしいいんじゃねーかなーって」
「ダメだこりゃ。自警団でも敵わない相手の場合どこに通報すればいいんだろう?」
「ほっといた方がいいと思いますけど?」
「・・・だね!」
「だいたい家族だから結婚できないなんていう法律がおかしいのよ。愛した人が他人だとは限らない
のに・・・こうなったらまた王族に・・・」
「お姉さんがなんか物騒な事言ってるけどいいの?」
「いつもの事ですし、それに・・・」
「それに?」
「俺がくっついてりゃそうそう暴れませんから」
「・・・これがバカップルならぬラブラコンか!」
ナレアに近しい者同士、早速仲良くなったようである。
「というかそもそも目的を忘れてるような気がする」
「そう言えばなんだったかしら?」
「おぉい!お昼御飯のお店でしょぉ!?」
この娘、ギンサンはどうやらツッコミ体質のようである。後天的なものだろうが。
「そういやそうだった」
「それで、ギンは良いお店知ってるの?」
「フフン!よくぞ聞いてくれました!この近辺のお勧めはぁ~・・・!」
「早く言いなさい」
「デデン!其処の角を曲がった先にある焼きシウ屋さんだよ!」
誇らしげに慎ましやかな胸を張るギンサンに二人は無反応だった。
「ちょっと!さすがに無反応はないんじゃない!?」
「胸を張るならもうちょっと量が欲しいわね」
「ヒドイ!気にしてるのに!?というかナレアさんの大きさが大きすぎるんだよ!」
「焼きシウって普通に焼いたやつとどう違うんだろう?」
「そしてリュウリ君は無かった事にした!?そっちの方が傷つくよ!?」
「じゃ、そういう事で。教えてくれてありがと」
「またどこかで~」
「放置しないでぇ~!」
その後結局慰めてからギンサンとは別れた。
「此処か」
「此処ね」
二人はギンサンに教えてもらった店の前に着くと、そこは煙がもうもうと立ち込めていた。
「これってボヤとかじゃないわよね?」
「違うと思うよ?焦げたような匂いはしないし」
リュウリの言う通り焦げ臭さよりも香ばしい匂いが漂っていた。
「いらっしゃ~い~ってあら~?」
「?」
「もしかしてぇ~ナレアさんだったりしますぅ~?」
「ええ、そうだけど?」
「やっぱりぃ~本物ですぅ~」
やけに間延びした口調の女性はナレアと分かるとピョンピョンと飛び跳ねた。
「・・・」
「デッケ」
リュウリが思わず口に出したのは無理もない。
何故なら彼女の胸はナレアのソレを大きく上回っていた。
垂れ気味のせいもあってもはや身体の一部とは思えない見た目と動きをしていた。
「申し遅れましたぁ~この店の店主のギュウホ・センジュと申しますぅ~」
「あ、どうも」
「というかどうして私の名前を知ってるんですか?」
「それはもう!有名人ですからぁ~」
クネクネと動くギュウホの言葉にリュウリは冷たい視線をナレアに向けていた。
「俺の知らない所で何してんの?」
「誤解よ!リュウリと母さんにこっぴどく怒られてからは特に何もしてないわ!」
「いやでもこのお姉ーさんの反応は・・・」
「ちょっと貴方!私の名前は何処で聞いたの?」
「それはですねぇ~常連の子から聞いたんですよぉ~」
ナレアにガクガクと揺さぶられながらギュウホは呑気に答えた。
「常連・・・ですって?」
「ああ、なるほど」
それを聞いた二人はすぐにその下手人を思いついた。
答えは明白。
だってリュウリ達にこの店を紹介したのは他ならぬ彼女なのだから。
「とりあえず中で詳しく聞かせてちょうだい?もちろん食事もいただくわ」
「わぁ~ありがとうございますぅ~ではお二人様ご案内~」
ナレアの表情は笑顔である。
しかしその笑顔は特定の人物にとってどんな怪物よりも怖いものだとはギュウホは知らない。
尚下手人であるギンサンは得体のしれない悪寒に数日悩まされる事になった。
「それでぇ~注文はどうしますぅ~?」
「そういえばギンからは焼きシウとしか聞いてなかったわね」
「どんな料理があるんですか?」
「それはもぉ~シウを使った料理満載ですよ~」
「それじゃ貴方のおすすめでお願いするわ。それと話も聞きたいのだけれど?」
「畏まりましたぁ~お話も大丈夫ですよぉ~今はそんなに忙しくないですしぃ~」
「ええ、ではお願いします」
ウキウキとスキップしながらギュウホは厨房へと戻っていった。
「中々良いお店ね」
「そだね~つーか姉ちゃん」
「何?」
「外ではって母さんに言われてるっしょ?」
「むぅ~!」
「むくれんなって。ちゃんと隣にいるからさ」
「……しょうがないわね」
スリように頬を膨らませるナレアは正しく子供だった。
「はぁ~い!お待たせしましたぁ~」
そんな中にギュウホがお盆を複数持って現れた。
「これが家の自慢のご飯でぇ~す!」
「おお…」
「これは…!」
目の前に広がるはシウ、シウ、シウ。
まさにシウ料理のフルコースといった所である。
「こっちは生シウ肉のリオオルあえでぇ~こっちはシウの骨を煮込んだスープですぅ~」
「骨を煮込むとこうなるのか・・・」
「確かにね・・・」
「それからそれからぁ~これはシウ肉の一部を表面だけ炙ったものでぇ~そしてぇ~!!」
「「?」」
「これが家の自慢の一品!!名付けてシウ!焼きぃ!」
でで~んとギュウホが指し示した料理は書籍一冊分の大きさのシウ肉だった。
だがただのシウ肉では無い!
焼き色、立ち上る香ばしい香り、そして触れれば弾力のありそうな見た目。
その全てが人の食欲を叩き起こす物だった。
「・・・じゅる」
「姉ちゃん、よだれよだれ」
「ハッ!思わず見とれてしまったわ・・・」
「姉ちゃん肉好きだもんな」
「ええ、早速食べていいかしら!」
先程までの不機嫌は何処へやら。
今では瞳を輝かせ、まるでお預けをくらった子犬のように小刻みに震えている始末。
下に恐ろしきはこの店の料理か店主か。
「どうぞどうぞぉ~ああでもぉ~」
「何!?」
「折角だからシウ焼きから食べてみてぇ~出来立てで一番美味しいのはコレだからぁ~」
それを聞き終える前にナレアはシウ肉を切り分け、その口へ運んでいた。
才能の無駄遣いとは良く言ったものである。
「~~~~!!!」
「あらあらぁ~喜んでもらえて良かったですぅ~」
もはや語るまでもない。
それほどナレアは歓喜の表情と動きをしていた。
その後、料理を尋常ではない速度で食べるナレアにギュウホはホクホク顔で接客していた。
因みに隙間をぬって食べていたリュウリがその美味しさに何やら考え込んでいたのは誰も知らない。
この世界の一部の名前は、ひっくり返しただけの物があります。
具体的には食べ物になると思います。