一章 気をつけなきゃね
「なぁーシナ…これ以上進むの明日にしよーよ。」
隣の男は空を見て気だるそうに呟いた。
釣られてボクも背の高い木々の向こうの空を見る。
夕焼けのオレンジと夜の紺が混ざった色。もうカラスの鳴き声も聞こえない。
確かに灯りなしじゃ何も見えなくて道に迷ってしまう。
「でも、ここで休んだらそれこそ危険じゃないか…夜の森は夜行性のモンスターとかいるし。寝込みを襲われるよりはずっと動いていた方がいいんじゃないかな。」
「…でも夜の森とか進むの怖いじゃん…。」
それが本音か。
「もー男なんだから『守ってやる!』くらいのこと言って欲しいよ…。」
「そ、そんなこと言えるかよ!俺はビクトゥースの中で1、2を争う小心者なんだぞ!?」
「そんなムキになって主張すること!?」
この男はジャンヌ・サファイア。この森に入ろうとした所で呼び止められ出会ったばかり…とはいえかれこれ6時間以上一緒に駄弁りながら歩いている。
この通り小心者のようだがとても話しやすくてすぐに打ち解けてしまった。
話によれば、ボクと同じマジア国の街外れの出身らしいがボクの家とは真反対に位置するビクトゥースの村に住んでいたらしい。
どんな村かと聞いたら「田舎すぎてなんもないや」と返ってきた。
でも剣術が盛んな地域のひとつらしく「俺、剣術だけは誰にも負けねーから!」とドヤ顔で語っていた。ビビリのくせに。
「なぁシナー…やっぱり暗くてあんまり辺りが見えないよ。」
「そうだね…」
「だろ!?だから…」
「じゃあ速く森を出ないとね。安心して!ボク灯りになるくらいの火魔法はできるから。」
「えっ…。」
今日はこれ以上この森進めない理由がなくなりジャンヌは途端に顔色が悪くなる。
なんか面白いなこいつ。
「なんでそんな急ぐんだよ…。なんか理由でもあるのか?」
ジャンヌが不満そうに呟く。
理由、かぁ…。
正直にいえば、ボクが焦っているのは国軍が追ってくるかもしれないという危機感からだ。
父から聞いただけだから実感は湧かないものの、なんだかわからないことだらけで妙な恐怖がずっと心の中にある。
そのことを他人に簡単に言うわけにいかないからとりあえずジャンヌにはまだ「知り合いがフェイリーランドにいるから会いにいく」としか言っていない。
フェイリーランドは、父の妹さん、つまりボクの叔母にあたるヒスイさんが住んでいるらしい国だ。
マジアから2ヶ国は越えていかないとならないので、マジアを横断しただけで5日もかかっているボクにとっては途方もない旅である。
ジャンヌはその途中にあるトルシェ王国に用があるらしく、そこまで一緒に行く事になった。
話が逸れてしまったが、今ならジャンヌに事情を話しても平気だろうか。急な用事でフェイリーランドになんて行く人はボク以外ではきっと稀なんだろう。このまま黙っていたら逆にあやしまれてしまう。
「うーん、自分でも自覚ないんだけど、ボクなんか追われてるらしくて…なんかしたわけじゃないけど、ボクもよく把握できてなくて…」
しまった、自分でもわからないことなんて人にわかるわけないじゃないか。ジャンヌの頭の上にクエスチョンマークがいくつも見える気がする…
「んー、とりあえずフェイリーランドに行く事になった過程を聞いてくれるかな。」
ボクは苦笑いを浮かべながらそう言って今までのいきさつを話した。
「国軍相手にかー…大変だな…。」
「なんだかわかんないことばかりだけど追われてるし早く行かないといけない気がして。」
「ああ、この森はマジアとトルシェの国境だから国軍の自由に動ける範囲内だ。急いだ方がいいな…」
冷や汗をかきながら緊張感のある面持ちで言う彼にひとつ疑問が生まれた。
「ここまで一緒に来てくれてなんだけど、ボクがそんな立場って分かって関わらない方が良かったとか思わないの?」
「えっ俺そんな非情な奴に見えた!?」
「いや、なんか臆病者イメージだから国軍相手なんて怖くないのかなーと思っただけど…」
ジャンヌにため息をつきながら「一応男だぞ…そもそも俺が声かけたんだから。」と言われて、自分は彼を過小評価しすぎていたなと反省した。
「ごめんよ。」
「そんな謝ることじゃないって!寧ろよく話てくれたよな、まだ出会ったばかりだっていうのに…でも、多少は気をつけろよ。」
確かに信用できそうだとはいえあまり話すべきじゃなかったかもしれない。
「うん、気をつけるよ」とボクは答えようとした。
その時だった。
「そーそー!気をつけなきゃー!」
頭上からいきなり聞こえたのは、
暗い森には場違いな明るい女の子の声だった。