序章 リオの独白
今日、俺がすべきことは街に砂糖と醤油、万年筆を1本買いにいくことだけだった。
正直それだけを買いにいくだなんて俺も気が乗らなかったが、娘がそれでは困るというし昨日の買い出しで買い忘れてしまった後ろめたさもあって素直に街へ出向いた。
そして今、俺は帰路についている。手元には砂糖と醤油しかない。もちろん買い忘れたわけではなく、急いで帰らなければならない事情ができたのだ。
全く、何故砂糖と醤油なんて重いものを先に買ってしまったのだろう。久しく運動をしていなかったせいで荷物を持って走るのがキツい…。
切羽詰まったこの状況でそんなどうでもいいことを考えながら風をきる。
そんな事より…まずい事になった。まさか今更勘付かれるとは…
娘、シナになんて説明すればいいのだろう。シナ自身のことも、使命のことも、説明しなくてはならないことがたくさんある。だが、説明する時間なんて無に等しい。
とりあえず、あいつらからシナを遠ざけなければ…
森の奥の人目に触れない場所に位置する我が家は、俺が慣れない大工仕事に骨をおりながらこそこそと作った小さなウッドハウスだった。
素人が何年も前に作った家だ。あちこちがい
たんでいる。
「シナッ!!」
そんな脆い家と分かっているにも関わらず、木で出来た扉をぶち破る勢いで開けて娘の名を呼んだ。
「ちょっ…お父さん!扉が壊れちゃうじゃないか!」
案の定そう怒る娘を無視して肩をつかむとようやく「何かあった?」と緊迫した状況を察したようだ。
「お前…ヒスイの事はわかるな?」
「えっ、うん。お父さんの妹で…ボクの叔母さん…だよね。会ったことないけど。」
「そうだ。ちょっとまってろ。」
俺は自分の机の一番下の引き出しからメモと手のひらサイズの石板を取り出し、シナの手に押し付けた。
「このメモに書いてある場所にヒスイはいるはずだ。今直ぐ荷造りをしてヒスイの所に行け。この石板を見せれば俺の身内だってわかってくれるだろう。」
「えっ…?な、なんで急に?お父さんは行かないの?」
いきなりの事で頭がついていかないのか、若干涙目になっている。それも仕方ない事だ。
「振り回してすまない、シナ。お前には沢山話していない事がある。今はこれだけ言おう。お前は国軍に追われている。」
「な、なんで…。」
「悪い事をしたわけじゃないが…今はそれを一から説明する時間もない。すぐそこまで奴らは来てる。一刻も早くここを出ろ。俺はここでやりすごしてから後を追うから。…頼む。」
「…うん。わかった。」
まだ涙目のまま、下を向いて聞き分けよくそう言った娘に強い罪悪感を感じた。
…でも、今はどうしようもない。
「ありがとう。また会う時に、全てを話すよ。」
「…荷物、纏めてくる。」
「ああ、すまない。」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「ああ」
「これって、なんなの?」
シナは手に持った石板を指しているようだ。
それは…
「宝物だよ。絶対に他人に渡すなよ。」
シナは俺の言った通り、3分という速さで荷物を纏めて扉の前に立っていた。
「国軍には、気をつけろよ。それだけじゃなくても世の中には危険なものがたくさん…」
「もう!!お父さんはボクを世間知らずと思って…心配しないでよ!」
…驚いた。
たった3分で気持ちに整理をつけたのか、もしくは我慢しているのか、シナはいつもの笑顔でいた。
「行ってきます!お父さんこそ気をつけてよ!!」
本当、お前は母親によく似てるよ。
こんな状況なのに、つられて口角が上がる。
「もちろんだ。またな。」
「うん!」
「…なぁ、シナをずっと見守るって約束、まもれなかったよ。」
かけていくシナの後ろ姿を見送りながら、呟く。
シナの姿が見えなくなった頃、ちょうど幾人かの兵隊がこちらに歩いてきた。
「失礼します。マジア国軍の者ですが、リオ・コルナールさんですね?」
…来た。なんとか誤魔化しきらないとな。
でも、まあ、
ずっとそばで見てやれなくても、俺がシナを守るから。
お前は心配しなくていいからな、ルリ。