~前田 しゅんすけ編①~
俺が あんな…中村あんなと出会ったのは、小学三年生の時。父親の仕事の関係で引っ越して来た転校先の小学校でだった。
俺は昔から人見知りをしない子供だったため、新しい学校にはすぐになれクラスには友達が沢山出来た。
でもクラスで一人だけ、 一ヶ月経っても一度も話したことがない奴が居た。
それが転校初日から隣の席だったあんなだった。
当時のあんなはクラスでは誰とも話さず、休み時間にはずっと一人本を読んでいる、なんというか ゛暗い゛少女だった。
しかも話しかけても言葉を返さず、ただ頷くだけの彼女へ、クラスメイトからは「あの子とは関わらない方が良い」とまで言われる始末だった。
そしてそのうち席替えがあり、 隣の席ですらなくなって、更に俺とあんなの関わりはなくなった。
でもそんな俺達の関係に転機が訪れたのは、俺が転校してから丁度四ヶ月
位が経った夏休みあけのことだった。
+++++++++++++++++++
二時間目にやった夏休み明けテストで酷い点数を取って、俺は今、課題の算数のプリントをクラスに残ってやらされている。もうはじめてから一時間半も経っているけど、ほとんどわからなくて半分も終わってない。
「あぁっ!もうわけわかんねぇ!!」
俺がそう叫んだ時、ふとドアの方に気配を感じ振り返った。
「うわぁっ!!」
そこには黒髪の女子が立っていて、俺は思わず
叫び声を上げてしまったが、よく見ると゛あの゛
中村だった。
「…よっよう!」
叫んでしまった事に恥ずかしくなった俺は、おもいきって声をかけた。
「………」
返事はなかった。でもその代わりと言うように、 中村は何故か無言で近づいて来て、俺がやらされているプリントを覗き込んだ。
「…算数?」
「っ!?そっそうなんだよ。テストで良い点とれなくってさぁ…ハハハ」
中村の声が聞けたことへの驚きもあったが、それ以上に俺は、クラスメイトに自分は勉強が出来ないということがバレたことに対して焦った。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、中村は無表情のまま首をコテンと横に倒した。
「私…勉強とくい。教えて…あげようか?」
「えっ?…教えてくれんの!?」
「うっうん」
「ヨッシャア!!」
やっとこの算数地獄から脱け出せる!!
俺の頭にはもう、先程の焦りや友達の忠告は消え失せていた。
・・・・・・
それから俺は中村に教えて貰いながらプリントを解いていった。中村が来てから四十五分程で俺は全てを解き終わった。
「終わったっ!」
「うん…お疲れ様」
中村は俺にもわかりやすいように教えてくれて、
俺ははじめて勉強が面白いと思えた。
「ありがとうな。中村の教え方メッチャわかりやすかった!面白かった!
…俺が勉強をこんな風に思えたのは中村のおかげだよ。お前スッゲーよ」
少し恥ずかしかったけど、俺はそう言ってニカッと笑った。
中村は驚いたように少し目を見開くと、ボソッと聞いてきた。
「私が…すごい?」
「おうっ!」
「…そんなこと、言われたのはじめて。…こちらこそ、ありがとう」
そう言って中村は笑った。
「っっ!?」
その笑顔はキラめいていて、可愛くて、俺は思わず息を呑んだ。
中村はそんな俺の状態に気付かず「じゃあね」の一言を残し、帰っていった。
それから復活した俺の顔は、きっと真っ赤に違いない。と、小学生の自分でもわかる位俺の顔は火照っていた。
+++++++++++++++++++
今思えばあの日、彼女の笑顔を見たときから俺はあんなの事が好きだったんだ。
でも当時の俺はまだ子供で、自分の気持ちが何なのかすら判らなかった。
俺はあの日以来、彼女に毎日話しかけるようになった(今思うとそのまとわり様は、最早ストカーレベルだった)。
あんなも最初は、いきなり話しかけるようになった俺に警戒してか、あの日が夢なのかと思えるほどの塩対応だった。でもそれも、一ヶ月と経つと段々言葉を返してくれるようになり、三ヶ月になると世間話をしてくれるように、半年経つと彼女の表情がわかるようになってきた。
あんなはよく本を読んでいるだけあって、様々なことを知っていた。
彼女は口下手で話し方はゆっくりだが、例えそれが勉強の話でも俺にもわかりやすく話してくれ、
彼女との会話は一日の楽しみになった。
彼女と話すようになって良いことがもう一つあった。
それは、俺の成績が徐々 に上がってきたことだ。
50点も取れてなかった成績が、半年後になると百点を全部と言えなくてもそこそこ取れるようにまでなった。(もちろんあんなは全て百点だ。)
成績がダメダメだった俺が百点のテストを持って帰ったときの母さんの顔と、あんなに見せたときの彼女の笑顔は今でも覚えている。
それはまぁ今でもそれは同じで、周一のあんなとの勉強会で俺の苦手を潰している。(お陰さまで学年五位をキープしている。そしてもちろん一位はあんなだ。)
そんなこんなで転校してから一年が経ち、俺達は五年になったが、あんなとはクラスは変わらなかった。まぁ正直に申しますと、めちゃくちゃ嬉しかった。(しかもあんなまで俺と同じクラスで良かったって顔をしていたから、更に嬉しかった。)
五年が終わる頃には俺達二人はお互いを名前で呼ぶようになり、六年が終わる頃にはあんなのお母さんとも話すようになった。
中学生になっても、俺達の関係に変わりはなかった。…様に見えたが、実際は少し変わってしまった。
正確に言えば、あんなの方は何も変わらなかったが、俺はあんなとクラスが替わってしまった事により、あんなへの想いに気付いてしまって今までの様に接することが辛くなってしまったのだ。… が、あんなはそんなことは露知らず、小学生の時と同じような接し方をしてくる。
言外に゛好きだよ゛アピールしてみても本人以外にしか伝わらないしで
俺は思いきって外堀から埋めることにした。
自分の両親はもちろん、 あんなの両親とも交流を深め (あんなのお母さんとは最早メル友)、あんなの進学する高校もリサーチしてもらい、なんとか今在校している『内緤[ないせつ] 高校』 にあんなと一緒に合格した。
そして、中学からの友人に誘われて見学に行ったのが今の演劇部だった。
面白そうだと思ったものの、あんなの事を思い出し、その時は保留にして次の日にあんなを連れて訪れた。
まぁ、結論を言うとあんなはメッチャクチャ食い付いたのだが。
+++++++++++++++++++
彼女は演劇部を見て、今までに見たことがないくらい頬を染め、目を輝かして楽しそうだった。
「連れてきて良かった」
「ハハッ。連れて来られて良かったよ」
「あんなはどうする?入 りたいか?」
「うん。入りたいっ!」
「そっか。俺も面白そうだと思ってたし入るわ」
「じゃあこれからもよろしくね。しゅんすけ」
「おうっ!!」
+++++++++++++++++++
ってな感じで俺達は演劇部への入部が決まった。
俺はまぁ何時もと同じくすぐに先輩達と仲良くなれたが、あんなはその無表情さで最初は距離を開けられていた。でも俺の努力のかいあってか、まず同級生のゆきが、あんなと話すようになって、 それからは皆とも話せるようになった。
そしてあんなの事で一つ新発見があった。それは役を演じているときは、 表情が豊かだということだ。しかも演技も上手い。
でもあんな自身は裏方が好きらしく、一.二年のときは舞台には上がらなかった。
そして、三年の春 ー
+++++++++++++++++++
「えっ!私が魔女役をやるの!?
「おう。だってほらもう三年生だし、あんなはずっと裏方やってたから最期ぐらいはさぁ」
「そうよ、最期なんだし良いじゃない」
「そういう問題じゃないのよ。しゅんすけとゆき
は度胸が有るけど私にはないの。…まぁ最期ぐらい役をやった方が良いってことは賛成だけど、でももっとモブッぽい役で良いのよ。何でいきなり主軸三人のうちの一人を抜擢するかなぁ」
「「それは上手いからに決まってるだろ」じゃない」
「そんなぁ」
まぁ、俺としては姫をやってほしかったんだけどな
なんて思っているのはおくびにも出さず、ゆきがあんなに了承させる技術をのほほんと見ていた。
結局あんなは魔女役をすることになった。
俺達三人は二年時にクラスが同じになったこともあって、相談をスムーズに終わらせ、俺達三年最期の大会へ向かって練習をスタートさせた。
・・・・・
そして、大会当日