フィオナアップル
徹は耳にヘッドホンを当て、持っていたミントのタブレットを口に放った。そして、息を鼻から深く吸って吐いた。冷たい外気と口の中で溶けるタブレットが混ざりあって、頭の裏を強く刺激する。再び全身が粟立ったが、それは先ほどの寒々しさよりもむしろなにか解放された気分に喚起された現象だった。
夜の静けさがフィオナアップルのメゾソプラノの声の輪郭をよりはっきり伝えるのを感じながら、徹は自分の足に身を任せていた。
やがて、四丁目公園に辿り着いた。四丁目公園はこの辺りでは一番広く、木々の豊かな場所である。徹は様々な色の石のタイルに沿って木々の葉で弱められた電灯の光に導かれるように歩き、卓を挟んで二つ並列している屋根付きベンチにそっと腰をかけた。
しばらく、何を思考するわけでもなくただ当てもない視線を無闇に放っておいた。どの景色も漠としていた。そして、電灯の向こうのその場所も他のと同じく蜃気楼のようにぼやけていて不安な感じがあった。しかし、徹は全く別の不安が押し寄せてくるのをその場所に視線が無意識に集中され始める中で感じた。できるだけ、意識を明瞭にするためにミントのタブレットを口に放った。
じっと見つめる先には、公衆トイレがあった。午前の一時を過ぎているのに、人の気配がした。酔っ払いか不良かとも思ったが、なにかそのような尋常ではない不気味な感じを徹は持った。
しばらく公衆トイレに視線を集中させた。身体中の神経が防禦の構えを取っていた。数分経ったであろうか、トイレから人が出てくる影が見えた。
じっと目を凝らしてその影を追った。その緊張した視線に気づいたようにこちらを向いた。電灯の光に微かに映し出されたのは、女だった。いや、女というよりかは少女である。しかし、徹とほとんど変わらないであろう年頃のその少女は「少女」と呼ぶには似つかわしくない妖しさを確かにまとっていた。その妖しさは、彼女の顔が電灯の微かな光に照らし出されてあまりに蒼白に映ったためか、自分を見返す物憂げで投げやりな眼差しによって醸成されたものなのかどうかはわからない。
とにかく、その少女は不気味さに対する緊張とは異なる体温が上がって脈のゆっくり重くなるような緊張を徹に強いた。いともたやすく壊れそうな人形、やせ細って痛々しい小鹿、色々な比喩が浮かんだが最後に徹はフィオナアップルみたいだなと思った。そして、「Criminal」のミュージックビデオの映像が脳裏に浮かんだ。