うたかた
クラムボンは死んだよ。
懐かしい一節が、徹の脳裏に浮かんだ。
さっき追い焚きをしたにも関わらず、すっかりぬるくなった湯船の中に徹はその身を小さくしていた。
その一節を、口に出して頭の中で反芻させた。
すると、小学校のときの、クラムボンという鮮やかな言葉をクラス中で楽しんでいた記憶がまざまざと甦ってきた。
あとに続く、死んだよ。という残酷な述部さえ気にも留めていなかったよう気がする。
ぬるま湯にくちびるを当て、息を長く吐くと泡がぷくぷくと立った。明かりの一つ壊れた薄明かりの中で、泡が水面を走り出してはすぐに弾け消えるのを眺めていた。
死んだ、死んだよ。述部だけが、息を吐くと同時に立つかすれた口笛のような音の中で、はっきり意識された。
友人のサクが死んでから、三週間が経っていた。
高校の空き教室で、首をくくっての自殺だった。サッカー部の先輩のいじめが原因らしく、学校が目下その概要を調べている最中だった。
平凡であった。なんと、月並みな人生の幕引きかと徹は思った。確かに冷淡かもわからない。しかし、許せなかった。徹は、いじめた連中よりもむしろサクにその怒りを向けていた。自分はサクに何もかも劣っていた。勉強、スポーツ、社交性、身長、何もかも。サクは優秀で人気者だった。そんな人間の終わり方が「いじめを苦にした自殺」だなんて。
「無様だな、サク」低く呟いて、風呂場を出た。洗面所で鏡を見ると、髪の毛が縮れていて、肋骨の浮き出た病的に白い肌の冴えない少年が立っていた。
「いじめられっ子みたいだな」また低く呟いた。鏡の少年は自嘲的に笑い返した。
台所の時計を見ると、短針が零時をまわって長針がちょうど時計盤に描かれたピエロの不細工な鼻の穴を指していた。コップに水をなみなみと注いで一気に飲み干した。
その所為かは分からないが、胸に何かつっかえたような感覚が残った。
部屋に戻って、明かりをつける。大型の中古物販店で購入したフィオナアップルのファーストアルバムが無造作にベッドの上に投げ出されていた。
ウォークマンに曲を入れるためパソコンにCDを読み込ませる間、古文の宿題を進めようと教科書を開いた。
方丈記の冒頭の写しと訳が宿題の内容であった。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし。
徹はここまで読んで深い無力感にとらわれた。そして、死というものがまるですぐ側に横たわっているかのようなそら寒い心地になって、自然と肌が粟立った。できる限り何も考えないように、ただの作業として宿題を終わらせたのだが、自分の鬱屈した気分はどうやら部屋中の空気に感染してしまったらしい。読み込んだデータを移し終えたウォークマンを手に取り、逃げるように部屋から出た。それから居間には行かず、サンダルを履いて家から出て人影のほとんどない夜を歩き始めた。