暗い森の中で
旅猫が旅をしていました。
旅猫だから旅をしているのか、旅をしている猫だから旅猫なのか、それは誰にも分かりませんでした。
ある夜、旅猫は森の中を歩いていました。本当なら旅猫は夜が来る前に森を抜けて次の町に到着する筈だったのですが、この森は深く深くどこまでも深かったので旅猫は昼間の内に森を抜ける事ができませんでした。
旅猫は暗い森の中で耳を澄ませながら歩いていました。例え猫の目でも暗い中では日中にくらべるとあまり役に立ちません。ですから暗闇にいる時、耳を澄ましているようにしていました。
この森の中には旅猫よりも鋭い牙と爪を持つ大きな虎、その敏感な鼻だけで獲物を察知する狼の群れ群れ、噛まれたら半日で死んでしまうような恐ろしい毒を持つ蛇など様々な獣たちが住んでいるらしい…そう聞いていた旅猫はいつもよりずっと真剣に耳を澄まして歩いていました。
(早くこの森を抜けなくてはいけない。)
旅猫がそう思いながら歩いていると、あまり役に立たない筈の目に何かが映りました。それはぼんやりと淡く緑色の光を放っていました。それは一つ二つではなくたくさんありました。淡い光ではありましたが、まるで地上に星空が落ちてきたようでした。
よく見ると一つ一つの光は一本のキノコでした。長さは4センチくらい。旅猫は今までいつくか光るキノコを見たことがありましたが、それらが光るのは傘の部分だけで、目の前にあるキノコは傘の部分だけではなく柄えも根元も光っていました。そんな美しさに見惚れた旅猫は無意識にそのキノコに手を伸ばしてしまいました。
パチン
何かに手を叩かれました。
「いて!」
旅猫は叩かれた手を猫舌で舐めながら先ほど手を伸ばした光るキノコの方を見ました。そこにはキノコと同じように光る妖精(のような者)がいました。緑に光るショートヘアに同じ色に光る瞳、身体を覆うのは白いロングドレス。ドレスは下の方になるほど緑色が濃くなるグラデーションが華やかで、最下部には緑の綿毛が飾られています。
その妖精は両手にランタンを持っていましたので、旅猫はこれで手を叩かれた様です。
旅猫は妖精に尋ねました。
「貴方、森の妖精さん?」
妖精のような者は首を横に振りました。
「じゃあ…そのきのこの妖精さん?」
妖精のような者は片手の人差し指をこめかみに当て少し考えた様子を見せてから頷きました。
「そうなんだ。さっきはごめんよ。綺麗なキノコだったものだから、つい採ってみたくなってしまったんだ。」
キノコの精霊は少し顔を赤くして仕方なしといった仕草をしてまた頷きました。
「ありがとう。許してくれて。」
精霊は、また言葉を発さずに頷いて答えました。その様子を見て旅猫は尋ねました。
「ねぇ。きのこの妖精さん。君は喋れないのかい?」
妖精はぶんぶんと首を振りました。
「う〜ん。まぁ動物だってあまり喋ったりしないものさ。本当は喋れるのに。ニンゲンに聞かれたら大変だからね。君もそんな理由があるのかい?」
妖精は首を振りました。
「そうなんだ…じゃあその理由は、いつか聞くにして無口な妖精さん。一つ頼みがあるんだ。」
きのこの妖精は、ぱちくりの瞬きをしながら猫を見ています。どうやら話を聞いてくれるようです。
「今日はもう遅いしこの森を抜けられる気がしない。この淡い光はきっと獣の姿を照らしてくれる。だから今晩ここで寝ても良いかい?」
妖精は笑顔で頷きました。
「ありがとう。恩に着るよ。」
そう言うなり旅猫は「ふわぁ」と大きなあくびをすると、すやすや眠ってしまいました。
それを見ていた妖精もなんだか眠くなってきたようで、隣にあったキノコに腰をかけて寝てしまいました。
次の朝のことです。
猫は、朝の匂いに気が付くとすぐ身体を起こして辺りを見渡しました。獣の姿はありません。どうやら無事に一晩を過ごせたようです。
そして次にあることに気が付きました。光るキノコがありません。よく見ると光っていたキノコのところには、ただの茶色いキノコが生えていました。これが日中の姿のようです。
ふと次に旅猫は、またあることに気が付きました。妖精がいません。自分が眠っている間にネズミか蛇かに襲われたのかもしれません。
「妖精さん!」
旅猫は声を上げました。そしてきょろきょろ辺りを見渡しました。さっきも見渡したので見つかるとは思えませんが旅猫は、それでもきょろきょろしました。
すると昨日、旅猫が採ってしまおうとしたキノコの影から同じ色のキノコが顔を覗かせました。
「妖精さん?妖精さんだ!」
旅猫は安心しました。妖精が無事だったからです。
妖精は顔を出しただけですぐ引っ込めてしまいました。
「あれ?妖精さん。ふふ。その姿を気にしているのですか?」
妖精の姿を旅猫は見ることは出来ませんでしたが、妖精が頷くその姿が旅猫の目には浮かびました。
「大丈夫ですよ。いえ寧ろ安心しました。四六時中光っているような妖精さんって派手で僕は苦手です。そんな姿もあって良いと思いますよ。」
旅猫がそう言うと妖精はキノコの影から出てきました。
旅猫は褒めるのが下手でしたが、その気持ちは少しだけ妖精に伝わったようです。
「うん。とっても素敵です。」
きのこの妖精は旅猫の言うことを疑いましたが、その声音があまりにも無邪気だったのですぐに疑うのをやめました。
「おっと。今日も日が短いんだった。ごめんよ。妖精さん。急ぎの旅なんだ。話したいことがたくさんあるけど。失礼するよ。」
旅猫はスタスタと歩き出しました。
すると後ろから
「行ってらっしゃい。」
と声が聞こえました。
「ふふ。初めて声を聞かせてもらったね。いい旅のお土産だよ。じゃ、行ってきます。妖精さん。」
そう言うと一匹の旅猫はまたスタスタと歩き出し、その姿を一人の妖精が見送っていましたとさ。
おしまい。
※この作品は、「oso的 キノコ擬人化図鑑」の二次創作です。
oso的 キノコの擬人化図鑑とは…
(ざっくり作者なりに説明しますと)
遅 スギル先生によって生み出された、キノコを妄想という想像力で擬人化してイラストを書いて図鑑化したものです。(何言ってんだ?私…)
大体は当たっているハズです。
それですから
このキノコの妖精は、実はその擬人化されたキノコ。通称「キノコの娘」。名前は椎野 灯さんです。ちゃんと名前があります。旅猫が名前を尋ねなくて、さらに灯さんが名乗らなかっただけです。
他に私が大賞を狙う作品が二つ投稿しておりますので是非他の作品も読んでみてください。
誤字脱字はお知らせください。
それではみなさん良い一読を。