パンツを被ったヒグマの話
https://kakidashi.me/novels/324の自作品を転載したものです。
洗濯物を取り込もうとベランダに出たら、ヒグマが居た。ヒグマと目が合った。私は硬直した。何故なら、ヒグマは私のパンツを被っていたからである。
「いや、あのこれはその」
硬直状態から戻ったヒグマは手振り身ぶりを交えて、私に何かを伝えようとした。大きな爪で頭をかきながら、目はひたすら動いている。
「あのですね、えーっと、こういうとき何て言えば良いのか……やっぱりパンツは最高ですね?」
「は?」
この状況でクマからそんな言葉が出るなんて。そう思考できる状態まで、私は自分を取り戻していた。
「いやいや、何言ってるの?パンツ返してよ」
「は?」
今度はヒグマが困惑した様子でそう返す。
「これが人間の挨拶だと伺ったんですが、すみません。慣れないもので。……勢いが足りなかったかな。やっぱりパンツは最高だぜええええ!!」
頭のパンツから黒い丸い耳が出ているのを見上げる。何だか逆に冷静になってきた。
「とりあえずそれを脱いでくれませんか?」
「え、あ、はい。やっぱり勝手にお借りしちゃまずかったですよね。でも、あまりに素敵なパンツだったもので」
「はあ、そりゃどうもご丁寧に」
大きな手を器用に使ってヒグマはパンツを畳んでこちらに差し出してきた。黒い下着が、同じように黒い大きな掌にちょこんと乗っている様子が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。
「あの、もしかして僕また粗相でも……?」
「いや、そんなことないよ。笑ってごめん」
心配そうに首を傾げるのもまたシュールな光景だ。頭の上の耳が世話しなく動く。
「そんな心配そうな顔しなくて大丈夫。何か吹っ切れちゃったし、やっぱりそのパンツ、君にあげるよ」
「え!申し訳ないですよ!こんな立派なパンツ!」
恐縮するヒグマに私はパンツを押し付けた。いずれにせよ、ヒグマが被ったせいでパンツは伸びきっていて使い物にならない。それに、楽しい出会いの記念としてとっといてもらえるならそれはそれでいい気がした。
「ありがとうございます。大事にします」
ヒグマは大きな胸にパンツを抱いた。
「以前の住まいが食糧難だったもので、新居を探していたのです。山からはるばる足を運んでみましたが、ここは素晴らしいところですね」
「そうだね。ここら辺なら安い家賃でいけるよ。貧乏大学生でも住めるくらいだしね」
無論、その貧乏大学生とは私のことだ。
ヒグマが嬉しそうにスキップしながら去っていくのを、私は微笑ましく思いつつ見送った。
改めて見てみると、ヒグマの頭にそのトランクスはとても似合っていた。
ヒグマが男物の下着を被っているというのは本当に不思議な光景だったけれど、また彼がここに来てくれたら、今度は酒でも酌み交わしたいなんてことも思うのだ。
さあ、洗濯物を入れるとしよう。
私は物干し竿に干しておいたバイト道具の熊の着ぐるみを手に取った。
fin.