六段目
『――委員長? やっと繋がった!』
「若葉? 今どこにいるんだ?」
『ちょっと、なんであんたが委員長のスマホに出てるの? ……ああ、もう、とにかく屋上に出て』
でも鍵が、と言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。
屋上への扉。いつもそこに掛けてある、開放厳禁と書かれたプレートが落ちていたのだ。
俺は若葉の声に導かれるように、ドアノブに手を伸ばした。
「若葉、実は委員長が、」
『そう! 委員長! あのね、七つ歌の事なんだけど、あの歌には続きがあったの!』
委員長までもが消えてしまった。俺がそう言い切る前に、何やら興奮気味な若葉に遮られた。
慎重にドアノブを開き、辺りを見回す。
『中庭が見える方に来て!』
「え、ああ……」
相変わらず、空は気持ちの悪い色で覆われている。
パッと見回してみた限り、全身が映り込みそうな物はない。
一応、気をつけながら、俺は中庭側のフェンスへと、一歩足を踏み出した。
『「てんへとのぼって かみのもと ここにねむるは ななつのこ」 これが、七つ歌の続きよ』
屋上の鍵を取りに行って、若葉はそこで七つ歌の新しい資料でも見つけたのだろうか。
七つ歌には続きがあった。だが、結局なんの事なのか俺には分からない。
『大昔ね、この辺りで水害があって、七人の子供が犠牲になったらしいの。その子達の魂を鎮める為に、祠が建てられたんだって』
そんな悲しい歌だったのか。
中庭側のフェンスから、ちらりと例の祠が見える。
他に誰もいないか、無意識に目が人を探す。
そして、反対側の校舎の屋上に、若葉の姿を発見した。
若葉は、俺に気がついたのか、しきりに手を振っている。
なんであっち側にいるんだ?
俺は背筋がざわつくのを感じた。
若葉の声が聞こえる、このスマホだけが、俺を現実に引き留めている。
『校舎の建設予定地あった祠を、どうしても移動させないといけなくなって、今の場所に移転させたんだって』
鏡が奉納されていた理由は、複数あるらしい。
鏡と言うのは、あの世とこの世を互いに映しだすもの、らしい。
幼くして亡くなった子供が、あの世からこの世を眺めて、さみしくないようにする為だとか。
『あと、合わせ鏡で道開くっていうのは、この地方に伝わっていた何かの儀式みたい。そうする事で、無事に子供の魂を天国へ送るっていう』
じゃあ、あの影はなんだったんだ?
俺は今、あの世とこの世の狭間にいるのだろうか。
鏡を壊してしまったせいで、その子供達を怒らせた。影に捕まると、あの世へ連れて行かれるとか?
なら、なんで若葉は戻ってきたんだ?
『……っと、…ぃ…てる?』
「おい、若葉?……くそ、ノイズが」
サザッと、耳障りな音が、若葉の声を隠す。
また繋がらなくなってしまうのだろか。
スマホを握りしめながら、俺はフェンスに近づき、反対側の屋上にいる若葉を見た。
若葉が、何か大声で叫んでいる。声が聞き取れず、俺も聞こえないと叫び返した。
『……、聞こえた!それで、委員長は?っていうか、誰も来ないんだけど?』
「良かった、……は?」
何が。いや、誰も来ないってどういう事だ?
『集合場所が変わったんなら、教えてよね! さっきから待ってるのに、祠に誰も来ないのよ! さっきから見上げてるけど、あんたの姿、見えないわよ?』
何かが、決定的に食い違っている。だが、その何かがよく分からない。
「な、何言ってんだよ。お前、技術棟の屋上にいるだろ……?」
反対側の屋上へ目をやる。
若葉が手を振って、何かを訴えている。
下を指差しているようだ。俺は、身を乗り出して、祠の近くを見ようとした。
『私はずっと祠の前にいるわよ! 誰と私を見間違えてんの?』
――ガシャン!
俺は、その瞬間、スマホを取り落とした。
先程まで、体を支えていたフェンスが、屋上から真っ逆さまに落ちて行く。
――ああ、もう少しだったのに……
俺はハッとして、転がるように後ずさった。
反対側の屋上に、誰かがいた。アレの声だ。
こんなに離れているのに、やけに近くで声がした。
あと一歩、踏み込んでいたら。若葉の声が無かったら、俺はフェンスと一緒に、屋上から落ちていただろう。
例の事故、生徒Bのように。
アレは、あの職員室で会った若葉は、若葉じゃなかったのだ。
今思えば、髪型も違うし、顔も思い出せない。
生徒Bとしか書いていないのに、若葉のフリをしたアレは、『彼女』と言っていた。
校舎の距離は離れているのに、反対側にいるアレを、すぐに若葉だと判別できたの、今思えばおかしい事だ。
俺は、地面に落ちたスマホを見た。通話が切れて、待ち受け画面には、大きな文字で時計が表示されている。
時刻は、四時四十五分を差していた。
ひとまず、乗り切ったのか?
そう、思った。油断した。
スマホの画面が真っ暗になり、鏡面に俺の蒼ざめた顔が映り込んだのだ。
影がぬるりと伸びて来た。
俺はとっさに、自分のスマホを影にかざした。
それからは覚えていない。
目が覚めたら、自分の部屋だった。
どうやら、昼寝をしてしまったらしい。
なんか、すごい怖い夢を見た気がする。
ぼんやりしていると、若葉から電話がかかって来た。
『ちょっと、今どこにいるの?!』
「若葉……お前、大丈夫か?」
『何、寝ぼけた事言ってるの? 今日は委員会の集まりで、学校に集合する予定でしょ!』
俺もどうして、そんな事言ったのか分からない。
だが、言っておかなければならない気がしたのだ。
若葉に謝って、一度電話を切る。
急いて支度をすませ、炎天下の中、学校へと向かった。
「悪い、遅れた……」
「おっそーい!」
集合場所には、若葉が待っていた。
相変わらず、高い所で髪を結っている。
セーラーの襟なら覗く、うなじが涼しげだ。
特徴的な右目の目尻にあるホクロも、可愛いと思う。
委員会も可愛いけど、俺はやっぱり、若菜が好きなんだろう。
これだけ長い間、ずっと幼馴染をやっていて、今更だとは思う。
祠の側には、佐久間や委員長も来ていた。
空はいつもの様に、絵の具をぶちまけた様にカラフルに輝いてる。
文化祭が無事に成功したら、若菜に告白でもしてみようか。
俺はプリプリ怒る若葉をなだめるため、彼女の立つ祠の側へと歩き出したのだった。
お読みいただきありがとうございました。
初のホラー話に挑戦しましたが、いかがでしたでしょうか。
結局よく分からなかった、という方に、ヒントをいくつか。
1,主人公は、鏡の世界に行ってから、若菜とスマホで話すまで、ひと言もセリフがありません
2,若菜のホクロって、左右、どちらの目尻にありましたっけ?
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ありがとうございました。