五段目
誰もがしばし、口を閉ざした。
それでも、この話しが何のヒントになるのかという疑問が、頭をよぎり始める。
「それで、どうしてこのお話がヒントなの?」
「七つ歌よ」
七つ歌って、あの祠にまつわる、よく分からない文の事か。
『ななつこへ くものはざまに ひかりある あわせかがみで みちひらく』
佐久間が、鏡がキーワードだと解読して、それは当たっていたようだが、他の部分はちんぷんかんぷんだ。
「『雲の狭間に 光有る』つまり、空よね。そして、『合わせ鏡で 道開く』合わせ鏡をすれば、道は開く。ここから出られるって思わない?」
そう説明されても、いまいちピンとこない。だが、委員長は違うらしい。
若菜に会えて、少しだけ、いつもの自分を取り戻した彼女は、目を輝かせた。
「分かった! 空は鏡ね。空に向かって、合わせ鏡をするのよ。そうすれば、影は出て来られない? あ、でも、七つ越えって、結局何なの?」
「そこは私も引っかかったわ。例えば、段階を七つ踏むとか」
祠、理科室、渡り廊下、視聴覚室、大鏡、屋上。
段階を踏むというのが、怪異の試練を七つクリアするという事なら、一つ足りない。
それとも、合わせ鏡で影を捕まえれば、それが一つとしてカウントされるのだろうか。
「ここで考えてても、分からないわ。最後の怪異の場所に、行ってみましょう?」
「でも……怖いし、危ないよ。もしかしたら、ここで待ってれば、他の人が来るかもしれない」
若菜は、怖くないのだろうか。
これまでに起こった事を、話しでしか知らないとは言え、一度あの影に取り込まれただろうに。
「私だって怖いわよ。それでも、このままずっと、この世界に閉じ込められている事の方が、私は怖いわ」
委員長は、若菜の言葉に、うつ向いていた顔を上げた。
「私ひとりでも行くわ。ここにいて、待ってて」
「い、嫌! ひとりで取り残されるのは嫌! わ、分かった、わたしも行く……」
若菜は、確かに活発な方だが、根は優しいやつだ。
だから、少しだけ強引な感じがした。
まあ、こんな所で、誰しもいつも通りではいられないよな。
全員で、屋上への階段を、慎重に登る。
もう少しで着くというのに、突然、若菜が歩みを止めた。
「いけない。鍵を忘れたわ。ここで待っていて。私、職員室から屋上の鍵を取って来る!」
「ま、待って!」
若菜は、委員長の言葉が聞こえていないのかのように、素早い動きで階段を駆け下りて行く。
委員長が追いかけようとして、俺の体ににぶつかり、カバンを取り落とした。
中身が階段のあちこちに散らばる。
そのひとつを拾おうと、伸ばした委員長の手が止まる。
「あ、ああ、いや……消えたくない……」
委員長の手の先には、折りたたみの鏡があった。
合わせ鏡に使おうとしていたものだ。
取り落とした衝撃で、カバーが外れていた。
鏡は、ぽっかりと口を開けたような、深い闇がどこまでも続いていた。
ヒュッ、と喉の奥から息を漏らし、委員長は、自分の鏡に吸い込まれてしまった。
若葉は帰ってこない。何かあったのだろうか。
委員長の折りたたみの鏡の上には、彼女のカバンでフタをさせてもらった。
職員室に行くべきか、すれ違いになるの可能性を考えて、ここで待つべきか。
委員長の消えた階段で、俺は考えた。
一分か、もっとだったもしれない。
静まり返る階段で、緊張を和らげようと息を吐いた。
―――ピロリロリン!ピロリロリン!
肩がはね、吐いていた息が、喉につまった。
唐突に鳴り響く電子音。それは、散らばった委員長の荷物のひとつ。使えなかったはずのスマホが、けたたましい音をたてている。
委員長に罪悪感を覚えつつも、すがる思いでスマホを手に取る。
着信は、若葉からだった。
俺は迷わず、通話をオンにした。