表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

三段目

 三人になってしまった。

 渡り廊下を走り抜け、どうにか教室棟に辿り着いた俺達は、出入り口の側で座り込んでいた。

 委員長の足首に、黒い痣がくっきりと付いていた。

 それは、人の手で強く握られたような痕だった。 

 


「大丈夫か、委員長」


「うん、うん。ありがとう……!」


 痛みはないらしい。

 委員長の気分が落ち着くのを待って、次に進むための方法を考えた。

 目指す職員室は、四階にある。

 そこへ行くには、階段を二つ登らなければならない。

 三階と四階の間にある踊り場には、スタンプラリーのポイントでもある、大鏡がある。

 この階段では、何度か事故が起きているらしい。理由がどうあれ、そほういう事故が起きると、校内では色んな噂が立つ。

 噂に尾びれ背びれが付いて、それが学校の七不思議へと定着していく。

 だが、今のこの状況はどうだ。七不思議なんて、そんなレベルじゃない。


「問題は、やっぱ大鏡だよな……」


「映らないように、大鏡の前を通るのは無理よね」


 佐久間が言うと、委員長が口元に手を当てて呟いた。

 何か鏡を覆える物か、もしくは、俺達の姿を隠せる物が必要だった。


「そういう物がありそうな、一番近くの教室って、視聴覚だな」


「そうね……。待って、ああ、気のせい? じゃないかも……」


 一度は頷いた委員長が、血の気の引いた顔をさらに白くした。


「どうした、委員長」


「わ、わたしたちの通った道、全部スタンプラリーのコースだわ……」


 言われてみれば、その通りだった。

 祠をスタートした俺達は、理科室に入り、二階へ登って渡り廊下へ。そして今は四階に行く為に、三階の視聴覚室へ行こうとしている。

 知らず知らずの内に、俺達は七不思議のポイントを通過していたのだ。


「おいおい、勘弁してくれよ……」


 ゲームのコマみたいに、動かされている気分だった。


「でも、俺達の目指す場所は屋上じゃなくて、職員室だ。幽霊だか妖怪だか知らないが、そいつらの思った通りにはならないさ」


 佐久間が、委員長を安心させるように、わざと明るく笑い飛ばした。

 結局、他に手はないのだ。

 ここで立ち往生する訳にもいかず、俺達は三階の視聴覚室前まで歩みを進めた。



 ここは、まず俺が先に入って、目的の物を探す事にした。

 複数で探しものをして、バラバラに影に捕まるのはマズい。

 何かあった時に、引っ張ってもらえるよう、佐久間がドアの側で待機している。

 俺は姿勢を低くしながら、慎重に中へと入った。

 目的の目星は、大型のスクリーンだ。

 薄いシートが丸まっているもので、普段はホワイトボードの横に立て掛けてある。

 映像資料を見る時だけ、天井に吊るして、スクリーンを伸ばして使用する。

 もしスクリーンが無ければ、大きな方眼用紙に予定を変更するつもりだ。

 こちらは、隣の視聴覚準備室にあると委員長が言っていた。

 視聴覚室と準備室は、教室内の扉で相互に繋がっている。

 だが、準備室には大量の物が積まれており、その中に使わない鏡も置いてあるらしいので、正直行きたくなかった。

 果たして、スクリーンはすぐに見つかった。

 だが、ホワイトボードの側ではなく、天井に丸まった状態で吊るされていた。

 俺が目線で佐久間に訴える。


「鉄の棒がどこかにあるはずだ……」


 佐久間が慎重に体の向きを変えながら、そう言った。

 そうか、あの長い鉄の棒だ。

 先生はいつも、スクリーンの上げ下ろしをこれで行っていた。

 俺は再び、辺りを見回して、今度は鉄の棒を探した。これもホワイトボードのすぐ側にいつもはあったはずだ。

 だが、見当たらない。なんでこういう時に限って上手くいかなないのだろう。

 握りしめた手のひらに、冷たい汗を感じる。


「――見えた。視聴覚準備室の扉の内側だ」


 視聴覚室後方のドアに移動した佐久間の声の通りに、視線を向ける。

 視聴覚室と準備室を繋ぐ扉の、小窓から、目的の棒が覗いていた。

 ホワイトボード前の教卓から、準備室の扉へと、ゆっくり移動する。

 扉を少しだけ押し開けて、手を伸ばす。

 背中を嫌な汗が流れる。

 そう言えば、視聴覚室の七不思議は、準備室だったんじゃないか?

 でも準備室まで人を呼び込むのは面倒だから、視聴覚室で間に合わせようという話しだった気がする。

 ああ、何も今思い出さなくてもいいじゃねーか、俺!

 やっと棒を掴めた俺は、震える手元にしっかり力を入れて、そっとこちら側に引き入れた。


 ーーガタンッ。


 くそ、何か引っかかった。

 棒に触れた何かが、派手な音をたてて、準備室の床に落ちる。


「何……?」


 何度引っ張っても、棒は取れなかった。俺は諦めて、準備室の扉を同時に締めようとした時だった。

 あの影が、床を這うように向かって来たのだ。

 全身の毛穴が開く。

 やばい、やばいぞ俺。扉を締めろ、早く!

 小窓が割れんばかりの勢いで、扉を締めた途端、視聴覚室に声が響く。


「誰かいるのか!?」


 佐久間が、後ろのドアから飛び出してくる。


「ダメ、佐久間くん!」


 委員長が、悲鳴まじりの声で叫ぶ。

 そうだ、来たらダメだ。俺は手で戻るよう、合図するが、佐久間が室内へと入って来た。

 ちょうど射影機の前に立った佐久間の影が、ホワイトボードに長く伸びる。

 何か違和感があった。佐久間の影が、異常に長く感じる。


「あ、あ、佐久間くん……、映ってる……!」


 そう、佐久間は映っていた。いつの間にかスイッチが入った射影機のライトに照らされて、ホワイトボードに体全体が映り込んでいた。

 その事実に気付いた途端、佐久間の影がうねり、本体に向かって襲いかかった。


「くっ!……委員長、逃げ、」


佐久間のセリフは、虚しく途切れた。瞬く間に全身が影に覆われ、佐久間は射影機のレンズへと消えてしまった。


「……、佐久間くん、佐久間くん!」


 委員長は、ドアの側で泣き崩れた。

 佐久間がいなくなった。俺は、思ってた以上に、あいつを頼りにしていたのだ。

 なんとか視聴覚室から出て、俺は委員長の側に座り込む。

 これからどうしたらいいんだ。

 泣きじゃくる委員長を慰める事もできず、俺は廊下を睨みつけた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ