零段目
初めまして。
いつもはファンタジー作品を書いております、鬼他と申します。
(※こちら討伐クエスト斡旋窓口というタイトルです。そちらもよろしくお願いします!)
ホラー初挑戦です。
七話構成で淡々と投稿してゆきます。
途中で「あれ、なんかおかしいな? これって、こういう事?」って気がつかれましたら、他の方にネタバレはせず、感想にどうぞ!
よろしくお願い致します。
俺の高校の、中庭の片隅には、小さな祠がある。
中庭の隅にひっそり建っている祠を、普段は誰も気にも留めない。
夏休みが始まって数日。
部活動のざわめきと、蝉の鳴く声が遠くに聞こえる中庭で、俺は例の祠の前に立っていた。
朝方まで降り続いた雨が上がり、蒸し暑さがぶり返している。俺は首筋の汗を手で拭った。
祠の周りは、少しだけ空気が冷えている気がする。
九月に行われる文化祭の下準備のために、俺はクラスメイトを待っている。
文化祭の時だけ動けばいいと、安易な考えで文化祭実行委員会を選んで、今は後悔している。
肝試しと言っても、この学校の階段をモチーフにして、スタンプラリーをするだけだ。
今日はそのルートの確認をする事になっている。
「ちゃんと来てるわね!」
「来ないとお前がうるせぇだろ」
同じ文化委員の、若葉だ。
彼女は今時、珍しいくらい綺麗な黒髪を後ろでひとつに結っている。
左の目尻にホクロがあって、本人はそれをシミみたいだと気にしている。
昔、俺がからかったせいだ。
若葉とは幼稚園の時からの付き合いだ。若葉は明るく活発な性格でで、俺は無口であまり大勢と話したりしない。
俺達二人が話している所を見ると、他のクラスのやつは驚いたりする。
それくらい正反対の俺達だが、高校生になった今でも、なんだかんだ話をする。幼馴染みの腐れ縁だ。
「よう!」
「佐久間」
佐久間は、高校に入ってから仲良くなった。俺の友達で、有志の協力者だ。
「遅れてごめんね……!」
「大丈夫よ、委員長!」
我らが委員長は、ヒトコトで言うと、小さいリスみたいな人だ。
肩に着くくらいの、ふわふわした栗毛に、大きな瞳。授業中だけ眼鏡っ子。
小さな体で、何事にも全力で取り組む姿勢は、男女共に人気で、クラスのアイドルだ。
佐久間は、そんな委員長が好きらしい。それもあって、今回手伝いに来たんだろう。
運動部で身長も高い佐久間の隣に立つと、委員長はますます小動物じみて見える。
さて、これでメンバーは集まった。
「それで、コースはどうするんだ?」
佐久間の声に答えて、委員長が校内の見取り図を拡げる。
校舎は上から見ると、Hの形をしている。
左の棒が技術棟で、美術室や理科室がある。
右の棒が教室棟で、教室や職員室、視聴覚室などがある。
真ん中の横線は、渡り廊下だ。
中庭に降りなくても、二階の渡り廊下から、技術棟と教室棟を行き来出来るようになっている。
「まずここで、台紙を配るわ。技術棟に入って、理科室でひとつ目のスタンプを押す。次に二階の渡り廊下の手間。そんで教室棟に入って、視聴覚で三つ目のスタンプ」
「次に四階の階段の踊り場ね。そのまま屋上に出て、そこで五つ目のスタンプ。最後にまた、この祠に戻って来て、終わりよ」
「夜に光る理科室の窓だっけ?」
佐久間が言っているのは、スタンプの設置場所に関する噂話だ。
「誰かが守衛さんの懐中電灯の明かりにでも、目が眩んだんだろ」
他にも、「無人の渡り廊下に響く足音」や「変なものが映り込む四階の大鏡」など、学校の七不思議らしい噂話のポイントが選ばれた。
言い方は変かもしてないが、普通すぎてインパクトに欠ける七不思議だ。
唯一、これはマジらしいのが、屋上の七不思議だ。
二つ上の先輩から聞いた話しだ。何代か昔、屋上で事故があったらしい。
それがどういう事故なのか、誰も詳細は知らない。だが、そんなに昔ではないのに、誰も語らないのが、逆にリアルだ。
教室棟の屋上に、四時四十四分に立って、技術棟を見ると、誰かが手を振っているのが見えるとか。
先生にスタンプラリーの話しを持ちかけた時、屋上の話しをそれとなく聞いてみたが、上手くはぐらかされた。
結局、屋上は解放させてもらえず、その手前のちょっとしたスペースに、ハンコを置く事になった。
「てゆーか、全部で六つしかスタンプ無いの?」
「何かね、七不思議は全部知っちゃうと、良く無いんだって。だから、六つまで集めてもらって、最後のひとつは、自分で想像してねって事にしたの!」
平和すぎて何もない学校なので、正直、七不思議のネタが足りなかったのだ。
委員長が、それらしい事を台紙に書いてくれるらしいので、すごく助かった。
「じゃあまあ、とりあえず行ってみるべ?」
「そうだな。委員長、時間測ってくれ」
「今、四時五分前です」
「じゃ、スタートね!」
若葉が、技術棟に向けて、一歩踏み出した時だった。
視線を何かが横切っていったかと思ったら、ガシャン!という何かが割れる音がした。
「ごめーん、大丈夫?」
「やべぇ、弁償かぁ」
クラス一の馬鹿ップルじゃねーか。彼氏の部活が終わった迎えってところか?
音のする方を見れば、そこには割れた鏡があった。
祠の神棚に飾ってあった、丸い鏡だ。
馬鹿ップルと一緒に、皆で鏡を覗き込む。
鏡は、カットされたピザのように、無残にも七つに割れていた。
側には、馬鹿ップルのどちらかが投げたのであろう、ボールが転がっていた。
これ、やばくないか?
俺が若葉と目を見合わせていると、委員長がか細い悲鳴を上げた。
委員長と同じように、空を見上げる。
「空か、ない……」
誰かが呟いた。
この光景を見ていなければ、意味が分からないだろう。
先程まで、晴れ渡る青空が広がっていたというのに、異様なマーブル色をしていた。
曇り空とかそんなレベルじゃない。
校舎の上全部が、よく、わからない渦に巻き込まれているようだった。
「な、なんなんだよコレェ……!」
馬鹿ップルの片割れ、橋本が腰を抜かして叫ぶ。
彼女の三峰ミカは、そんな橋本の腕に声も無く、すがり付いていた。
何なんだ、俺達、夢でも見てるのか。
「何なのよ……私、夢でも見てるの……?」
「わ、若葉ちゃん……」
呆然として、若葉がつぶやく。
若葉も同じ事を考えていたらしい。だが、委員長の震える声で我に返った。
「も、もしかして、鏡を割っちゃだたから……?」
委員長が、ペタリと座り込んで言った。佐久間が、それを支える。
「なら、俺達はこいつらに巻き込まれてたわけだ」
佐久間が、馬鹿ップルを睨む。
「そ、そんなの、勝手にミカ達のせいにしないでよ! あんた達だって、七不思議とか調べてたんでしょ! 呪われたのは、あんた達なんじゃないの!?」
ミカがヒステリックに騒ぎ立てる。
心霊スポットを暴いたわけでもないのに、呪われるなんて大げさだ。
そう思ったが、三峰の言うことを否定できる程、誰もが冷静ではなかった。
「とにかく、先生を呼ぼうぜ」
「……なあ、なんか変じゃないか?」
「変って、変に決まってるじゃない!」
「違うって! そうじゃねえよ。なんか、誰もいなくね?」
校舎は静まり返っていた。中庭はおろか、教室棟にも人影がない。
こんなおかしな事があれば、異変に気付いて、みんな窓から外を見るだろう。
それどころか、あれほどうるさく聞こえてていた蝉の声も、部活動の掛け声も聞こえない。
「嘘……」
「あいつら……どこいったんだ……」
「さっきまで、さっきまで人がいたのに……」
女性陣が、涙を浮かべて震える。
「なんとかしなきゃ……鏡、神様に謝ってみるとか……」
若葉が祠に近づき、手を合わせて謝る。
「ごめんなさい! 私達、わざとじゃないんです! 鏡も修理します!」
若葉が必死に訴える。委員長が続こうとして、佐久間に抑えられた。
――なんだ。なんだアレは!
祠の奥から、黒い何かが出てきて、若葉に向かって行く。
目をつむる若葉は、それに気付かない。
「若葉、下がれ!」
「だから、元に戻して下さ、キャアアアア……!」
「若葉ちゃん!」
一瞬の出来事だった。黒い影のようなモノが、若葉を包み込んで、そして消えた。
祠の奥へと、スッと引っ込んで行ったのだ。
「やだやだ!何なのよぉ……!」
橋本が三峰と一緒に後ずさる。
委員長と佐久間は、蒼ざめた顔で突っ立っている。
俺は一歩も動けなかった。飛び込んで、若葉を助けるなんて、考えられなかった。
「本当に、何なんだよ……」