第8話:「マリーヌ」閉店危機《後編》
【SIDE:速水悠】
アルバイト先の閉店危機、俺達に今できることをする。
午後になってから、俺は敵情視察という名目でライバル店の視察をすることに。
実際、敵がどういうものか分からなくては店の立て直しもできまい。
「お待たせ、悠さん。ちょっと遅れてごめんね」
「いや、メールもらってるからいいけど。何かあったのか?」
「えっと、一応……髪型とか変えるのに時間がかかって」
駅前で私服姿の舞姫さんと合流、何だかデートみたいな雰囲気だな。
問題の敵情視察だが、ケーキバイキングのお店にはかつて「マリーヌ」で働いていた店員が数名いるらしいので変装をせねばならない。
彼女も髪型を変えていつものストレートから可愛くまとめている。
バレてもいいように俺たちは「恋人」というシチュで攻める。
演技とはいえ舞姫さんみたいな人と恋人役ができるのは嬉しいぜ。
と、その前に我らはもう一つのライバル店、メイド喫茶を訪れる。
「とりあえず、今回は恋人ってシチュエーションでいいんだよね、悠さん?」
「恋人か。その甘い響きの相手を得るのは2度目の事だな」
「……そ、そうなんだ。前の恋人さんとはどうしてダメになったの?」
俺の前の恋人は中学のサッカー部時代のマネージャーだった。
関係自体はうまくいってたんだが、お互いに高校が違ったんで別れることになったというだけで険悪な別れ方ではない。
「中学時代の事さ。高校が別で別れただけ。それだけだよ」
「高校が違っても付き合い続ける選択肢はなかったの?」
「俺はサッカーを続ける気満々だったし、中学時代の交際って、恋にあこがれる時期であって、そこまで真剣じゃなかった」
その辺の微妙な事情を曖昧な言葉で俺は濁しておく。
思い返して後悔する恋愛じゃなかった、それだけのことだ。
お互いに恋に興味を持って、恋人のような行為をしていただけ。
「今は恋人を作る気はないの?部活もやめてしまったんでしょ」
「いい相手がいればいつでも。ただし、そういう相手に出会えていないだけさ」
もしも、舞姫さんがそういう相手ならば話は別だが。
「俺の過去の恋人話はここまで。目的地に到着。メイド喫茶に潜入してみますか」
初メイド喫茶に俺の気分はちょい緊張気味。
この店ができて以来、喫茶店「マリーヌ」は若い男性客を持っていかれた。
扉をあけると迎え入れてくれるのは可愛らしいメイドたち。
「――おかえりなさいませ、ご主人様♪」
おおっ、これがメイドというものか!?
メイド服を着飾り、美人揃いの魅惑の空間、ここが夢にまで見たメイド喫茶というものかーっ!?(大興奮)
席に案内されても俺の視線はメイドにくぎ付け。
ちくしょー、衣装が可愛すぎる、これは男客にはたまらなく、マリーヌも負けるわ。
今までこういうのはオタクちっくな野郎しか興味がないと思っていたが、俺の考えを改めさせられることになるとは……。
「……悠さん、これは一応敵情視察なんだけど」
「視察だからこそ、相手の行動を見ているんだ」
「物は言い様……悠さんも男の子なんだね」
半ば呆れた感じの舞姫さんが白い目で俺を見てます、その視線が痛いっす。
すみません、男の子は難しいんですよ。
敵情視察なのでメニューのリサーチ、お店の雰囲気やサービスなどを事細かく調査。
相手の弱点をさぐる、それが今回の視察の役目だ。
しかしながら、この店は結構厄介そうだ。
「徹底的に店員はサービスに関しては教育されてるみたい。中には金銭のいるサービスもあるくらいだもの」
「なるほどねぇ、ただ可愛いコスプレしてるお姉ちゃんのいる店じゃないってことか」
「当然ながら、値段設定も高め。サービスに比例して、という意味では分かるけど、この値段ならうちでも考えようによっては対処のしようがあるかも。でも、そもそも、コンセプトが違うから対処とは違うのかな。うーん、お店の経営って本当に難しい」
「……お、俺もお仕事をちゃんとするから無視しないでくださいっ」
何か、舞姫さんに俺は普通にスルーされている気がする。
いけない、ここで好感度をさげるわけにはいかないぞ、俺。
「いいのよ、悠さん。可愛いメイドさんに見とれていて。その方が私も相手のチェックをしやすいから。気にしないで続けて」
「……ごめんなさい、変な目で見ないから許してください。舞姫さんの方が可愛いって」
「そ、そういう事を言ってるんじゃないの。もうっ、口だけはうまいんだから」
何だかんだで舞姫さんも嬉しそうだ……褒めてみるものだな。
女心とは本当に難しいものである。
メイドに見とれずに俺もお仕事しなくては。
コスプレ喫茶とは基本的に“雰囲気タイプ”のお店だ。
それはうちのマリーヌが西洋風喫茶という雰囲気タイプのお店と同じ種類である。
俺は注文していたケーキとジュースを飲み食いしながら気づく。
「味は普通すぎるな。この値段設定のわりには……なるほど、これがこの店の弱点だ。商品はメイドであって食べ物は微妙。この店に来る客のお目当てが食べ物ではなく人であるという事か。なるほど……これは要チェックだ」
一応、それなりに敵情視察を終了、メイドさんとおしゃべりもできて充実でした。
「いってらっしゃいませ、ご主人様」
メイドたちに送りだされて、俺たちは店外へと出る。
「うーん。特別な空間を思う存分満喫したぜ」
「……お仕事する、お仕事。まさか何も収穫なしってわけじゃないよね?ん?」
舞姫さんが不機嫌なご様子、後半の挽回もならず。
やっぱり、最後までメイドさんのお尻を見ていたのがいけなかったんでしょうか。
仕方がないじゃないか、可愛いんだからさ(開き直り)。
俺に名誉挽回のチャンスはくるのか、こないのか。
「次はケーキバイキングのお店だな。ここは設定通りに行くとしよう」
「……はぁ、このお店はあんまり行きたくないっていうのが本音なの」
「マリーヌを見捨てた元スタッフに会いたくないから?」
「まぁね。出来ればずっと避けたい店だったの。何だかんだで初めて入るわ」
ケーキバイキング、お店に入ってすぐに目を引くのは食べ放題の看板。
値段設定は1200円、一応、ケーキのメニューは固定で18種類、制限時間は1時間、フリードリンク制……よくあるケーキバイキングのお店だな。
「いらっしゃいませ、あら……?」
しかも初っ端から元店員らしい人と舞姫さんが遭遇。
苦笑いをする彼女に元店員のお姉さんは気さくに話しかけてくる。
「舞姫ちゃんじゃない、久しぶり。元気にしていた?」
「え?あ、はい、先輩。元気ですよ、私は……」
「今日は彼氏とデート?舞姫ちゃんが彼氏作るのって初めてじゃない?前の片恋相手は諦めちゃったの?ずいぶん、相手の子に夢中だったみたいだけど片恋はやめたの?今度は同じ学校の子で同い年くらいかな?」
「ちょっと、先輩!?その話はやめてくださいっ」
慌てて否定する彼女、俺の方を見て気まずそうにみている。
「もうっ、先輩っ!変なことは言わないでくださいよ」
「ごめんって。これは口が滑ったわ。彼氏さん、気にしないでね?」
その店員さんに悪気はない様子、からかわれてるなぁ。
それにしても……片恋相手、つまり彼女には片思いしている相手がいるらしい。
どうしよう、何だか微妙にショックだわ。
……ぐすん。
淡い期待が失速するのを感じつつ、俺は「知り合いなのか?」と彼氏を装いながら舞姫さんに話しかけてみる。
「あ、うん。前に同じバイト先だった先輩なの」
「へぇ、そうなんだ」
恋人同士を装いながら店内に潜入、調査開始とする。
俺はケーキを適当にとってきて食べることにする。
舞姫さんも人気のあるケーキを選んで持ってくる。
「このショートケーキが人気みたい。ケーキバイキングって、当たり外れが多いの。悪質なお店もあるし、そういうお店は即潰れちゃう。このお店ができてマリーヌがピンチになったという事はそれだけ質の高いお店だという事よ」
「なるほどねぇ……。ケーキの味はまぁまぁだな。特別に美味しいってわけじゃないし、サイズも小さい。これがバイキング制のケーキか。質より量、メイド喫茶が雰囲気を楽しむだけのものならば、こちらは食べることを目的にしている。どちらもマリーヌの敗北材料になるだけのことはあるな」
「人気の種類はすぐに売り切れになっても、新しい商品が入るわ。ケーキの種類も18種類あるから全部食べたくなるわね」
おしゃべりしながら味チェック、値段とケーキの味等を考えればバランスが取れている。
接客の方も、悪質な店とは違いしっかりしている。
これは手ごわい相手だ、ただの西洋風喫茶店で対抗するのは無理がある。
「――舞姫さん、実は俺……次のアルバイト先を探してるんだ」
これは敗北宣言するしかあるまい、勝ち目はどこにある?
「ちょ、ちょっと待ってよ。やめないで、お願いだから。はい、これあげるから。あーんっ」
彼女はフォークでチョコレートケーキを俺に食べさせる。
うむ、これは中々いい味だ……って、これってどういうシチュエーション!?
恋人設定効果というのか、女の子からケーキを食べさせてもらうなんて夢みたいです。
その行為に彼女も無意識でしたものらしく、すぐにハッとした表情で言う。
「……あっ!?ち、違うの、今のは雰囲気でそうしちゃっただけで。別に他意はないっていうか、辞めないでほしかっただけ、というか。その、えっと、わ、私、フォーク取り替えてくるからっ!ごめんなさい!!」
顔を真っ赤にさせて立ち去る彼女。
……関節キスでフォーク取り替えてくるって微妙に傷つくわ。
「ケーキひとつで一喜一憂できるとは俺もまだまだ若いな」
それでも俺の中には嬉しい気持ちもあるのだ。
美人な舞姫さんとその後は照れ臭い雰囲気で会話を続ける。
これっていわゆるデートと思ってもいいのでは?
俺の中で舞姫さんに対する興味がわいてくる。
彼女の片恋相手とか、彼女自身の事とかもっと知りたいとも思う。
……だが、恋愛よりも職場の危機だ。
結局のところ、素人の高校生に打開策など見つけられるわけがないか。
「しょうがない……切り札、使いますか」