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第7話:「マリーヌ」閉店危機《中編》

【SIDE:速水悠】


 悲愴感店長が虫唾炎(盲腸)で倒れて入院中。

 お店は閉店危機を避けるためにリニューアルオープンという出直しに出た。

 この危機に起死回生の切り札はあるのか?

 お店は明日からリフォームの工事のために使用不可。

 なので、俺たちはそれぞれの考えをまとめるために事務所の方で話し合いだ。

 こちらは工事しないのでこれから集まる時はこちらになる。

  

「さて、話し合いって言っても俺達にできることなんて大してないよな」

 

「それでも、意見くらいは出さないとね」

 

 舞姫さんがまとめてくれた

 

 今回の喫茶店立て直しで俺たちはそれぞれペアを組んで作業をしている。

 パティシエさん達は新作のケーキ作り、他のウェイトレスの人達は新しい制服選びに出掛けている。

 今度のは可愛い系にすると意気込んでたので期待しておこう。

 少ない人員ではすることがたくさんあるので大変だ。

 話し合いの結果、ある程度の事はまとまった。

 

 その1:可愛いウェイトレスを採用すること。

 その2:新作ケーキを考えること。

 その3:店を立て直すための切り札を考えること。

 

 素人の意見なんてこんなものだ。

 そもそも、切り札なんてあれば、この店の経営は傾かないだろう。

 それでも、バイト先がつぶれるのは何とか避けたい。

 潰れかけそうな店を立て直すのが素人にできるはずがないし、店長が考えてダメだったんだからどうしろっていうんだろうか。

 

「俺もそれなりに調べてみたが、個性を出すっていうのが一番手っ取り早そうだ」

 

「店長も言ってたわよね。コンセプトを考えろって……」

 

「オリジナリティがなければダメだ。だから、ここはコスプレ喫茶にでもして――」

 

「却下。私たちはそういう事をしません。悠さんが着るなら話は別だけど」

 

「それは激しく勘弁、誰も望んでない展開だ。俺の女装を誰が見たい?」

 

 舞姫さんは意地悪な顔をして言うのだ。

 

「あら、今どきは女装男子っているから大丈夫。きっと似合うわ」

 

「ワテクシ、ノーマル趣味なので遠慮願います」

 

 そっちの道には進みたくないっ!?

 真面目な話をすると、周囲のニーズに合わせなければ意味がない。

 くつろげる空間づくりも大切だが、それ以上にどういう個性を出すか。

 ケーキが美味しい店で評判、コーヒーが美味い、値段が安い、お店の子が可愛い。

 何でもいいから個性を出すことを最優先にせねばならない。

 そうでなければリニューアルしても無駄に終わる。

 

「まずはウェイトレスの件、考えなきゃな」

 

 どれもこれも大事だが、一週間という時間が限られているのだ。

 店長不在、ウェイトレスの採用なんて権限まで丸投げされている状況だ。

 だが、結局は知り合い頼みという事になるだろうが。

 

「美人でスタイルのいい女の子を紹介してくれ、舞姫さん」

 

「……何か悠さんが言うと別の意味で聞こえるわ」

 

「それは偏見だ!?でも、中々いそうにないけどなぁ」

 

 その舞姫さんには心あたりがありそうだった。

 すぐに思い出したかのように彼女は言う。

 

「いるじゃない。とっても可愛いウェイトレス候補の子」

 

「えっと、どこに?」

 

「悠さんの幼馴染さん。小桃さんと凛子ちゃんだよ」

 

 あー、なるほどねぇ、あのふたりか。

 確かに美少女ではあるが両者ともに問題もある。

 

「小桃さんは無理だな。水泳部の夏の大会が近いからバイトしてる暇なんてない。ということは、凛子か?うーむ、アイツは人見知りするタイプではないのだが、無愛想だからなぁ。その辺がとても気になる……」

 

 凛子の可愛さは俺が保証する。

 だが、その性格を変えるのは到底無理だと思うのだ。

 幼きころからの付き合いだが、凛子をウェイトレスにするには困難だ。

 

「そこを説得するのが悠さんでしょ?」

 

「凛子をうまく説得できても、アイツには過保護に溺愛するお姉ちゃんがいるんだよ。小桃さんの説得もしなきゃいけない」

 

 しかしながら、凛子を加えることにより戦力UPは約束されている。

 学園内でもファンが多いし、彼女目当ての固定客も増えるに違いない。

 

「頑張れ、悠さん。何としても彼女をウェイトレスにしてね?」

 

「仕方ない。交渉だけはしてみるか。今から凛子のところへ行ってくる。お昼からは約束通りに駅前で待ち合わせという事で」

 

「うん。いってらっしゃい」

 

 昼からは敵情視察という重要任務があるので、午前中に何としても凛子を味方にしなければいけない。

 凛子って意外と頑固な一面があるから、無理やりはダメだ。

 機嫌を損なわないように、パティシエさんから試作ケーキをもらい家を訪れる事にした。

 

 

 

「――絶対に嫌よ、そんな店は勝手に潰れてしまえばいい」

 

 彼女の家に行き、説得開始5秒で真顔でとんでもない発言をする凛子。

 片手に持ったフォークでケーキを食べながら反対しやがった。

 こうなるのは予想通りでもあるが、はぁ……。

 ウェイトレスの説得&勧誘をしに凛子の家を訪れたのだが、猛反対された。

 

「潰れたら困るんだよ、俺が。俺を助けてくれ」

 

「悠クンがアルバイトをする事に私が協力する意味はない」

 

「……冷たいぞ、凛子。俺とお前の仲だろう?小さい頃はよく一緒にお風呂に入った幼馴染の仲じゃないか」

 

「下手な妄想はやめて。それは小桃姉さんとでしょ」

 

 そうでした……そういや、凛子とは入ったこともないや。

 小さい頃にお風呂に入るくらいに仲が良かったのは意外にも小桃さんだったりする。

 今はスタイルもよく魅力的だが、あの頃は……けふんっ、けふんっ……それよりも、凛子を説得せねば。

 

「給料はアルバイトながらもそれなりにいいぞ?」

 

「潰れかけるお店なんて未来がない」

 

「未来は与えられるものじゃない、切り開くものなんだ!」

 

「……現実って2文字を見なさい、悠クン。さっさとやめた方が傷つきにくい」

 

 逆に説得されてしまいました、まずいぞ。

 舞姫さんとも約束してるし、反対されるのは困るのだ。

 ご機嫌取りに持ってきたケーキを食べ終えた凛子はお気に入りのぬいぐるみを抱きながら、俺を諭すように言う。

 

「人生、諦めが肝心。無駄に抵抗しても疲れるだけ」

 

「そんなの人生じゃねぇよ。サッカーだってそうだ、ロスタイムまで諦めない。それが俺の信条ってものなんだ。いいか、凛子。お前もそろそろ自分を変えるべき時に来ているんじゃないか?社会と繋がるのも悪くないはず」

 

 凛子は内気な性格が問題なんだと考えている。

 彼女を変えるきっかけにもなってほしいんだ。

 それには悩み考え込む凛子、おおっ、何だかいい感じか?

 

「前に凛子も言ってたよな。小桃さんみたいになりたいって」

 

「うっ……悠クンはずるい」

 

「ずるくないさ。俺はこう見えても本気で凛子の心配をしてるんだ。少しでも変えられるきっかけになるならいいと思うがな。人間関係も悪い人間はいない。職場環境は潰れかけそうって以外はいい店だぞ」

 

「……それが一番マズイ問題と思うの」

 

 そりゃそうだ、ごもっともな意見です、はい。

 ここで諦めるわけにもいかず、しつこくくいさがり、数十分における説得の結果、「そこまで言うのなら、やってみてもいいかも」と凛子が折れてくれた。

 幼馴染の優しさに感謝感激だ。

 頑張ったよ、俺……さぁ、次の問題はどうかな。

 俺はその件を隣の部屋にいた小桃さんに報告する。

 すると、今度も予想通り大反対の様子を見せた。

 俺の襟首をつかみながら彼女は怒鳴りかかる。

 

「――あん?私の愛らしい凛子ちゃんに何をふざけたことをさせつもりなわけ?」

 

「く、苦しい、落ち着け。アルバイト先は怪しいお店じゃないってば」

 

「悠ちゃんがアルバイトをするような、いやらしいお店でしょ?裸エプロン着用とか、水着で接客とかさせるんでしょ。信用できないわ」

 

「そんな店なら俺も働いてみたいです」

 

 俺の存在の全否定ですか、ひどすぎる。

 殺意を持って首を締めにかかる小桃さんの細い指を何とか引き離して俺は説明する。

 ちゃんと説明すれば分かってれくれると信じて。

 

「つまり、普通の喫茶店。怪しいお店ではありません。OK?」

 

「……姉さん、私もお店に行ったことがある。普通の喫茶店で怪しいお店ではなかった」

 

 凛子の証言によりお店自体はいかがわしくないと納得してもらえたようだが、アルバイトすることには難色を示す。

 

「凛子ちゃんがアルバイトなんてしなくていいの。部活はどうするの?」

 

「園芸部の月曜日と木曜日以外は……できると思う」

 

「俺には凛子が必要なんだ。お願いします。ほら、よく言うじゃないか。獅子は我が子を千尋の谷へ落とすって」

 

「私はそれを拾い上げるわ。そもそも、凛子ちゃんを落としたりもしない」

 

 何とも溺愛しすぎて試練を与えられないタイプだ。

 こうなれば奥の手を使うしかない。

 これだけは使うまいとしていたのだが、状況が変わらないのなら仕方あるまい。

 俺は小桃さんの耳元に近づいて小声でささやく。

 

「……ここで耳に息をふきかけたら、悠ちゃんを潰す。覚悟しておいて」

 

「昔から耳が弱いもんな。ここで小桃さんが悶える可愛い姿を見たいのは山々だが死にたくないのでやめておこう。あのさぁ、ここだけの話だけど……凛子のウェイトレス姿を見たくないか?今度の新しい制服はマジでやばい可愛さだぞ?」

 

「か、可愛い……凛子ちゃんのウェイトレス姿……」

 

 小桃さんの頬が赤くなる、効いたな、これは効果は抜群だ……。

 多分、ただいま、その光景を妄想中、彼女が落ちるまで残り3秒、2秒、1秒……。

 

「凛子ちゃん。人生には試練が必要なの。ごめんね、でも、これもいい経験だと思うのよ。お仕事、頑張ってね(はぁと)」

 

 ……ふっ、落ちたな、さすがにそれには小桃さんも弱かった。

 妹を溺愛するシスコン姉だ。

 あっさり手のひらを返したように凛子の肩に手を置きながら言う彼女。

 凛子は困り果てた顔をしつつも、「私も姉さんみたいになりたいから」と頑張る姿勢を見せてくれた。

 本当にこの姉妹の仲の良さには負ける、いい姉妹だよ。

 ……俺にもちょっとは優しさを与えてくれ。

 

「いい?変な客が来たら私を呼ぶのよ。すぐに●●してあげるからね……?」

 

「おーい、店内で殺人事件を起こす気か!?」

 

「やぁねぇ、そういう単純発想する子は嫌いよ。凛子ちゃんに不愉快な思いをさせた客はこの世界から消えるべきだと思い知らせてあげるだけ。徹底的にぶちのめし、生まれてきてごめんなさいと叫ぶまで許さないわ」

 

 やはり彼女はどこかの世界からきた悪魔、いや、魔王なのだろうか。

 にやっと笑みを浮かべる小桃さんに背筋がぞっとする。

 実際にやりかねないから怖いんだよ、この小桃ってお姉さんは……。

 

「まぁ、いいや。とりあえず、よろしくな……凛子。お前がいてくれれば心強い。一緒に頑張ろう」

 

「……うん。出来る限り、やってみる」

 

 小さく頷く凛子、俺は彼女という優秀なスタッフを手に入れる事ができた。

 なんとか一名確保だが、まだ最初にすぎない。

 今度はお店の事を考えなきゃいけないんだよな、どうすりゃいいんだろう?

 

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