第3話:やる気が出ない?
サッカー部だった頃、俺は部長との仲は置いといても楽しかった記憶が多い。
放課後は夕暮れになるまで練習三昧。
他校との練習試合も数をこなしてそれなりにうまくプレーができるようになっていたのだ。
俺は中学からサッカーをしていた事もあり、他の未経験で入ったやつよりも経験の差でチームをリードする立場でもあった。
その影響か、常に活躍するのは俺と南岡という構図が出来上がりつつあったのだ。
調子乗りの俺はヒーロー扱いされることでさらに調子に乗る。
堂本は顧問の信頼度がなぜか高く、部長に任命されてしまったのがマズかった。
あれ以来、ずっと部長とは激突しっぱなしだったのだ。
ちなみに普通はサッカー部だと部長と言わずキャプテンと言う場合が多いが何かカッコいいからムカつくので俺達は部長と呼んでやっている。
その果てに、とっ組み合いの喧嘩に発展して俺は部活をやめた。
ぽっかりと心に穴が開いた喪失感を味わうようになったの部をやめて2週間過ぎた頃。
「……ダメだ、やる気が出ない」
人生において生きていく活力がわいてこない。
「しょうがない、いつものアレを行くか」
俺はしばらくしていなかった朝のトレーニングを再開することにする。
毎朝数キロ、家の近所をランニングするのが日課だったのだ。
部活をやめてからはする必要がないと思い、やめていたのだが、身体を妙に動かしたい衝動に駆られて気がつけば再開していた。
朝5時半に目覚めた俺はそのままジャージに着替えてランニング開始。
久しぶりの爽快感、走る事をやめた事を苦痛に思う日が来るとは……。
やはり運動するのは自分の性に合っているのだろう。
最近、無気力って言うかテンションが上がらない日々が続いている。
それまでうまいこと、回っていた世界がバランスを崩したらしい。
無気力症候群に陥っている。
俺はどうしようもなく悩んでいた、というわけで南岡に相談しました。
『ここのところ、無気力なのだ。俺、どーすればいいと思う?』
『普通にサッカー部に戻ってこいや。今ならまだお前のフォワードの座は空いてるぜ。だが、夏休みになればそのうち、一年の誰かが入るだろうな。そうなりゃ、お前も部に戻りづらくなる。だから、すぐに戻れよ』
『ふっ、俺にもう帰る場所なんてねぇ。そのサッカー以外にどうすればこの無気力から解放されるのか。あぁ、情熱のあったあの頃が懐かしい』
『いや、たった2週間前の頃だろうが』
まさに2週間前、俺の輝かしい青春の日々は終わりを告げたのだ。
『なぁ、他に情熱を燃やすものを考えたらどうだ?例えば、恋をするなり、アルバイトをするなり、他にも方法はあるだろう?お前はプチ熱血タイプだからな。のめり込むものがあればその無気力からも解放されるはずだ』
そのような助言を親友からもらった俺はとりあえずリハビリとして朝のマラソンをすることにしたのだ。
恋をする相手もいないし、バイトは夏休みから始めようと思ってたからな。
朝練するだけで気だるさからは何とか逃れられた。
しばらくはこれを続ける方向で頑張るしかなさそうだ。
「そんな感じで、朝の練習を再開したんだ」
「……それで、朝からバタバタしてたいたの?」
「まぁな。ここ数年ずっとやってたからな。習慣ってのは恐ろしい。やらなきゃ逆に身体に悪いというのは何だろう。スポーツ依存症か?やめてくれ、俺。女子に依存するならいいが、スポーツバカにはなりたくない」
放課後になって俺と凛子は街中を歩いていた。
ぶらりと女の子と繁華街を楽しむ、いわゆる放課後ライフというものに憧れていたのだ。
ずっと部活漬けだったからなぁ。
凛子も俺に遊びに付き合ってくれる。
「悠クンは運動を頑張ってる方がいいよ」
ふっ、俺はいい幼馴染を持ったな。
凛子はホント、いい子だな……。
「……むしろ、運動して無駄にあまってるエネルギーを消費しておけ、元気すぎてウザいからって小桃姉さんが言ってたよ」
「その生温かい優しくも切ない言葉が身にしみます」
この毒舌さえなければ。
もうひとりの幼馴染も純粋に優しければよかったのに。
ウザいって、ウザいって……うぅ、ぐすんっ。
目指せ、小桃さんがクラっとするようないい男!(無理)
「ふぁあ、それにしても暑いなぁ。もうすぐ7月、梅雨の中休みっていうのに既に真夏日並の暑さってどういうことだ?」
「暑いの嫌い。お肌、痛い」
特にただでさえ肌の色素が薄い凛子にとっては夏は天敵だろう。
遺伝の白い肌は常に日焼け止めがなければキツイらしい。
俺の柔肌をじんわりと太陽が容赦なく照りつけてきやがる。
夕焼け空も全然、涼しさを感じさせてくれない。
「クーラーの効いたところに行きたい……じゃなきゃ、暑さで干からびるわ」
「……それなら、喫茶店にでも入る?と提案してみる」
「そうだな。入ろうか、確かこの辺にケーキが美味いっていう喫茶店が……ぶほっ!?」
それはあまりにもいきなりすぎる事だった。
俺の顔面に向けられて勢い良すぎるホースの水が発射される。
水も滴るいい男ってな、へへっ……俺、最近、こういう役ばっかだぜ。
「つ、冷たいっ!?な、何だッ!?」
俺が何とかホース攻撃から逃れるとそこにいたのはひとりの女の子だった。
可愛らしいウェイトレス姿の美少女。
おおっ、そのロングでビューティフルな髪がよく似合う。
長髪美人は好みのど真ん中なので俺はつい暑さを忘れる、ただ水で濡れたとも言えるが。
「ご、ごめんなさい~っ」
道路に水を撒いていたその子は俺に申し訳なさそうに謝ってくる。
瞳を潤ませて半泣き状態。
ちょい待て、周囲の視線が痛いっす。
逆にこちらが気にするくらい低姿勢だ。
よくある定番の事故で、悪気があってしたんじゃないんだろう。
「いいよ、いいよ。誰だってこれくらいのミスはするって」
「で、でも、服を濡らしちゃったし……え?」
彼女は俺の顔を見ると硬直してしまう。
何だ、俺があまりにもイケメン過ぎてびっくりしたか?
モテる男はつらいぜ……制服の上着が濡れて微妙に冷たいのは我慢だ。
「あのー、俺に何か?」
「う、ううん、何でもないよ。本当にごめんなさい。よそ見をしていて……そうだ、すぐにタオルを持ってくるから。お店の中に入っていて。えっと、彼女さんも一緒にどうぞ」
「……彼女って私のこと?」
そこで恋人扱いされて微妙に嫌そうな顔をしないでくれ、凛子。
お兄ちゃんもこー見えて、ガラスのハートで傷つきやすいんだぞ。
その喫茶店の中はいかにもというくらいに、洋風屋敷の内装だった。
西洋風喫茶店と言うやつだろう、内装にはかなりこだわっている。
「……ここってホントに喫茶店なのか?」
「ここの店長の奥さんがフランス人だから、西洋風の落ち着いたアットホームな雰囲気を再現した作りになっているの」
「どの辺にアットホームらしさを感じるのかはものすごく疑問だな」
日本人にとっては異空間に迷い込んだとしか思えん。
ていうか、フランスの屋敷って皆こんなのなのか?
「……アンティークものがいっぱい、この雰囲気は好き」
どうやら凛子は内装を気にいったらしい、この子は洋風物が好きだからな。
部屋も人形とかアンティークとか飾ってあるし。
俺は店員の女の子が持ってきたタオルで顔を拭く。
とりあえず、制服を脱いでTシャツ姿になる。
幸いにも、シャツはさほど濡れずに済んだ。
「その制服、今すぐコインランドリーで乾かしてくるね」
「別にいいよ。それより、注文いいかな?」
「……え?で、でも……あ、はい。どうぞ」
長髪美人だから何をしても許す。
俺は大海のごとく心の広い男なのだ、美人限定で。
「色々あるみたいだな。ここのおススメは……?」
「ケーキセットかな。お菓子職人がいるから、とても美味しいケーキを提供できるの。ケーキは5種類から一つを選んで、それにドリンクがつくよ。セットメニューの方がお得なの」
「へぇ、見た目の割には値段設定も悪くないな」
そして、俺達は注文したケーキを食べる、うむ、いい味だ。
コーヒーの匂いも味も悪くない、総合評価としてもいいお店だ。
「あっ、そう言えば……キミの名前って?」
「え?私に興味でもある?」
「……悠クン、堂々と店員さんをナンパ中。姉さんに報告する」
「違うって。そういうんじゃなくて、うーん、どこかでキミを見た気がするんだ」
デジャブっぽいのを感じるのだ、どこで会ったかは分からないけども。
彼女は戸惑いながらも自己紹介してくれた。
「私の名前は白石舞姫(しらいし まいひめ)。悠さんと同じ高校で、同じ学年なんだ。廊下ですれ違ったことはあるかな?」
「……あれ、俺、自己紹介したっけ?」
「あ、えっと、ほらっ。隣のクラスだし、名前くらいは知っていたの」
「そうなんだ。一応自己紹介しておくな。俺は速水悠、こっちは林原凛子だ」
凛子が会釈すると、彼女は「小桃さんの妹さんだよね?」と知っている様子。
さすが学園人気の小桃さんだ、知らぬ人はいないか。
気さくな感じの舞姫さんは俺に最高の微笑みを向けて言う。
「ふふっ。悠さんと凛子さん、お似合いなカップルじゃない」
「いや、まずはその辺の誤解を解こうか」
「……悠クンの恋人に見られるのは屈辱」
「おい、凛子。それはどういう意味だ、くすぐるぞ、おらっ」
テンポのよいクラシック音楽が流れる落ち着いた雰囲気を持つ店内。
この西洋風喫茶店、名前すら未だに知らぬこの店が後の俺に大きく関わることになる。
今は長髪美人の女の子と知り合いになれた事を喜ぶとしよう。