第20話:3年越しの恋
【SIDE:白石舞姫】
はじめて私が悠さんの存在を知ったのは中学2年の夏の頃。
双子の弟、貴也のサッカーの試合を応援しに行った時のことだった。
うちの弟は少年サッカーの選手としては有名で、中学の時からかなりうまかった。
その日の大会は順調に勝ち進んで、決勝戦まで来ていたの。
「貴也、今日の試合もいい感じじゃない。あと1勝で優勝よ」
「……そう簡単に行くかな?何か、相手校に強い奴がいるらしいんだ」
別の中学の選手が強いと評判で、私も噂を聞いていた。
どんな子が出てくるんだろう。
でも、別に誰が出てきても心配していない。
それぐらい、弟の強さを私は信じていた。
「貴也と皆なら大丈夫よ。これに勝って優勝を決めてきて」
「それ、根拠ないよなぁ。まぁ、いいけど……頑張ってくる」
貴也を見送ると、試合開始寸前にその噂の男の子が出てきた。
「へぇ、彼が噂の子なんだ……?」
最初は容姿がカッコイイからいいなぁって思ってた。
でも、それ以上選手としての彼がすごかった。
貴也の応援でその場に来ていたはずなのに私はそんなことを忘れてしまう。
「うわぁ、足がかなり早いのね」
足が速い選手って目立つし、試合において重要な存在なの。
それに彼はフォワードでもあったので、常に今回の試合の中心にいた。
貴也も彼に負けじとついていくけど、うまい具合にかわされてしまう。
テクニック重視の貴也と正反対の機動力重視の男の子。
「……あの貴也が押されてる?」
普通の中学レベルじゃ今のあの子に敵はいない。
そう思っていたのに、彼は貴也と同等の力があるようだ。
激しい戦いの末、結果は貴也のチームの勝利だった。
1点差、最後の最後に何とかリードできた。
でも、試合終了後の貴也はかなり不満そうだ。
彼はタオルで汗をぬぐいながら私に言う。
「最悪だ、負けた。試合に勝ったけど、個人で負けた。アイツ、何者だよ」
「ホントにカッコよかったよ、ものすごく足が速いの。貴也も何度も抜かれたもんね。それにちゃんとリーダーシップもとれていたし、彼を中心に今回の試合は動いていたわよね。負けちゃったけど、いい試合だったわ。……ん、貴也?」
弟がジーッと私の方を見ているのに気づく。
彼のその視線にどことなく気まずさを感じた。
「あのさ、姉ちゃん。もしかして、俺の試合の応援してなかった?」
「ギクッ、そ、そんなことないよ?」
「……おいおい、まさか、相手校の相手選手の応援してたのか?うわっ、この姉、何のために俺の試合を見に来てたんだよ。最後の最後で相手チームの選手の応援とかありえないし。あれか、一目惚れってやつか?」
彼は呆れつつも、「姉ちゃんも女なんだよな」と納得した様子。
私はすごく動揺しながらそれを否定する。
そりゃ、途中からは彼に夢中になっていたけど、弟の応援をないがしろにしていたわけでは……ないような、あるような?
「ち、違うの、彼がカッコよかったから見惚れていただけで……ね?」
「何が、ね?なのかはさっぱり分からない」
「ホントだってば。カッコよくて、サッカーも上手で、ただそれだけのこと。見惚れてただけで、他に意味はないんだって」
「にやけた顔で言われても説得力ねぇよ。はぁ、俺の試合で一目惚れするとかやめてくれよ。しかも、俺が負けたアイツか」
一目惚れ、その言葉に私は顔を赤らめる。
だって、言われて初めて気づいた事だから。
確かに一目惚れなのかもしれない、この気持ちは……。
「ち、違うってば。そんなんじゃないのっ」
「はいはい、顔を赤らめて言うと真実味増すぞ。姉ちゃんってああいうのがタイプなのな」
彼はそう嘆きにも似た声で言いながら、
「そうだ、アイツの名前、教えてやるよ」
貴也は私に彼の名前を教えてくれた。
どうやら、弟も彼の事は選手として気になっていたみたい。
「速水悠って名前らしい、俺もさっきに気になって他の奴に聞いてきたんだ」
「……速水、悠。悠さんって言うんだ」
速水悠、それが私が見惚れた選手の男の子の名前。
それから3年間、ずっと私は彼のファンになることになる。
中学では他校だったけど、偶然にも悠さんと私は同じ高校に入学した。
クラスが同じではないけども、よく学内では見かける……。
つい目で追ってしまうこともあって。
私は彼に恋をしていた。
……真剣にサッカーしてる彼を見ていると、ならないはずがない、
彼は放課後になればいつものサッカー部の練習をしている。
「次、フォーメーションを変えていくぞ」
彼が指示をして、仲間たちと一緒にサッカーの練習をする。
彼らは2年の時には県大会の決勝戦まで進めるほどのチームになっていた。
そうやって、一生懸命になってる彼を見るのが私は幸せだった。
「……あれ、またキミ?白石さんだっけ?」
「あっ、南岡さん……」
練習光景を見ていると、南岡さんという同じ部活の男の子に話しかけられた。
悠さんの親友らしく、私が練習を見ているとたまに声をかけてくる。
「毎日、大変ですね。もうすぐ試合が近いんでしょう?」
「あぁ、県大会もいいところまでいけそうだからな。皆して必死だ。そうだ、この前のミサンガ、速水のやつ、喜んでいたよ」
「そうですか?よかったです、本当に……よかった」
それは私が彼経由で悠さんに渡してもらったものだ。
今時、ミサンガって思うかもしれないけど、弟に頼まれて作ってたら、悠さんのためにも作ってあげたくなったの。
実際に渡すのは勇気が行ったので、顔見知りでもある南岡さんに渡してもらったんだ。
本人を前にするのって、無理……ホントに緊張するもの。
一度だけ、話したことがあるけど、緊張しすぎて何を話したのか覚えていない。
「……あの、悠さんに伝えてくれます?県大会、応援してますって」
「別にいいけど?本人に直接言えばいいのに。ああみえて、案外、普通に話せる奴だし」
「い、いえ、その、何ていうか、緊張しちゃうので」
「いいねぇ。俺も彼女以外の女の子のファンが欲しいものだ」
無理だってば、本人相手に何を話せばいいのか。
そういうのは慣れていないから無理。
それに私は別に遠くから見ているだけでいいんだ。
自分の中にある気持ちがファン感情と恋愛感情が入り混じっていると気づいてからは余計に、直接話すのが怖くなったの。
数日後の県大会は貴也の所属する高校のチームが優勝した。
残念ながら応援していた私たちの高校のチームは決勝戦で敗北。
全国にはいけなかったけど、無名校だったチームの快進撃はどこの学校のサッカー部の話題になっていた。
「悠さんは……またいない?」
ここ数日、彼をサッカー部の練習で見かけない。
病気で休んでいるわけでもないみたいで、私は嫌な噂を聞いてしまった。
悠さんがチーム内で揉めてサッカー部をやめてしまった。
そんな悪い噂を信じたくない、嘘だよね?
だって、あんなにも楽しそうに練習していた光景を見てきたから信じられない。
「はぁ……ホントにどうしちゃったんだろ」
「ホントにどうしちゃったのかはお前の方だろ、舞姫」
私はハッとすると目の前には男の人がこちらに顔をのぞかせていた。
今は私はアルバイトをしている時間だった。
高校に入り、放課後になると喫茶店でバイトを始めるようになった。
サッカー部の応援したいので金曜日と、たまに他校との練習試合をする日曜日はシフトからはずれている。
でも、金曜と日曜以外はほとんど、この喫茶店「マリーヌ」でアルバイトをする毎日だ。
そして、私の前にいるのはこの店の店長である深井店長。
最近、目に見えてお客が減り始めているお店に頭を悩ませている。
「どうした、ボーっとして?そりゃ、別に客が少ないからいいけどさぁ……」
「店長、さびしい事を言わないで下さいよ」
店内を見渡すと時間帯にもよるけど、2組程度の寂しいモノだ。
静かな空間を楽しむという意味ではいいかもしれないけど、お店の経営的にはものすごくマズイ状況がここ数ヶ月続いていた。
私がバイトを始めた頃はこの時間帯なら普通に5、6組はいたのに。
ずいぶんと店のお客が減ったのには理由がある。
「ちくしょー、メイド喫茶やケーキバイキングごときにうちの店を潰させてたまるか。マリーヌに怒られないためにも起死回生の一打が欲しい」
本当にこのお店は潰れそうなの。
大ピンチと言ってもいいくらい。
きっかけはライバル店が増えたという事なんだけど、常連客も減ってきているし、長年勤めてきたベテランの先輩たちは他店に移っちゃったし、泣きっ面に蜂状態。
「……というわけで、せめてうちの看板娘の舞姫には笑顔でいて欲しいワケだ。そうだ、外の水まきをやってきてくれ。ついでに客よせも頼む。適当に客に声をかけてきてくれ。そのウェイトレス姿で何人か引っかかるだろ」
「客よせって、私なんかが外に出たくらいでお客は増えませんよ。しかも、その言い方は怪しいお店みたいです」
そう言いながらも、店長命令なので私は水をまきに外へと出る。
春も終わり、初夏を迎えた外はすごく暑くて、ムッと来る。
暑いのは苦手なので、適当に水を巻いてクーラーの効いた店内に戻ろう。
私はホースで水をまきながら、店内に戻ろうとする。
けれど、私は運悪く水を通行人にかけてしまったのだ。
「――冷たいっ!?な、何ごとだッ!?」
気付いた時にはもう遅い、彼は頭から水をかぶり顔がびしょ濡れだ、
私は「ごめんなさい」と謝りながら水をかけてしまった男の子の方へ行く。
けれど、彼は私を見ると優しい顔をして言うんだ。
「いいよ、いいよ。誰だってこれくらいのミスはするって」
「で、でも、服を濡らしちゃったし……え?」
私は思わず止まってしまう、だって、そこで顔を水に濡らしていた男の子は……。
速水悠、私の憧れる彼だったんだから――。
何かが動き出す、そんな予感を抱かせる私たちの出会いはここから始まる。