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第1話:憧れの人《前編》

【SIDE:速水悠】


「はぁ、面倒くさいなぁ」

 

 翌日、部室に荷物を取りに行った帰りに顧問に部活退部届けを出した。

 何とも嫌な書類だ、退部理由……部長との軋轢あつれきと確執と記入してやろう。

 それを渡した顧問からも「やめないで頑張れよ」と言われるが断った。

 人間、どこかで区切りをつけなきゃいけないんだよ。

 俺は自分が不完全燃焼でいる事に気付きつつもその気持ちを抑え込む。

 来年こそは優勝を狙う、それがいつもの俺のはずなんだがそんな気にはなれない。

 負けたという敗北と部員との争いが俺にサッカーをする気力を萎えさせた。

 昼休憩、のんびりと俺は屋上で昼飯のパンを食べていた。

 本格的に夏間近なこの季節の屋上は暑い。

 だが、この学園の屋上は草木を植えているのでものすごく心地いいのだ。

 その花の手入れをするの園芸部の仕事、その園芸部員はのんびりと食事している。

 紙パックのフルーツ・オレをストローで飲むのは幼馴染の凛子だ。

 実は基本的に昼飯は二人で食う事が多い。

 俺に友達がいないとかそういう事情ではないのだぞ(念のために言う)。

 ただ、小桃さんが昼休憩だけは来ないので、俺が代わりに見守っているのだ。

 凛子は小さな頃から俺にとって妹のような存在だ。

 常に誰かが守ってあげなくちゃいけない感じがある。

 物静かで大人しい凛子とテンションで生きている男の俺。

 一見、ミスマッチにも思えるこの組み合わせだが、意外と仲は良い(と思う)。

 

「ホントにサッカー部をやめてよかったの?」

 

「凛子までそれを言うか。やめて正解だ、と俺は思う」

 

「どうして?せっかく中学からずっとしてきたのに」

 

「……まぁ、俺も思う所があるのさ。部長との揉めごと以外にも、あっさりとやめたのには理由があるってことだ」

 

 俺は袋からホットドックを取り出す。

 今日の昼飯は購買部で買ったホットドッグとクリームパンだ。

 それに飲み物はマンゴージュース、この風味はお気に入りだったりする。

 

「悠クンはそれでいいの?スポーツ大好きなのに……」

 

「別に?いいんじゃないのか。スポーツなら適当にできるし、ずっとやらないわけじゃない。次は何をするかなぁ」

 

 俺はまだ痛む頬を気にしながらホットドックを食べる。

 口の中もやってるので痛みがあるな、あの部長、いつか背後から襲ってやる(性的な意味でではない)。

 

「あむっ、うおっ、辛い!?このホットドッグ、めっちゃ辛いっ!」

 

 だ、誰だ、舌が焼けるほどの辛さのこんなものを作ったのは!

 購買部の試作ホットドック(税込120円)の思わぬ辛さにすぐに飲み物に手をのばす。

 新商品だと迂闊に手を伸ばしたのが間違いだった、口の中の傷にしみりゅぅ……。

 慌てて飲み物を取ったので間違えて凛子の飲んでいた方を飲んでしまう。

 

「……あっ、私のフルーツ・オレ」

 

「ん?あ、すまん。許せ、俺のマンゴージュースをやるから」

 

「そういう問題じゃ……。はぁ、悠クンはデリカシーが足りない」

 

 凛子にため息をつかれてしまった。

 彼女は渋々、未開封のマンゴードリンクにストローを刺す。

 もしや、間接キス……とか気にしてました?

 今さら、俺と凛子にそんなものを気にされても困る。

 

「めっちゃ辛かったんだからしょうがないだろ。一口食うか?」

 

「いらない。辛いのは苦手」

 

「だよな。知ってるよ……ん、慣れてきたら意外と美味いかもな」

 

 初めの舌を刺激する辛さを乗り越えたら美味い。

 これが辛さの壁を越えた味というやつか?

 ……口の中に傷がある場合は痛みにも耐えなければいけないが。

 

「それより、凛子、お前はもっとご飯を食べろ。そんなサンドイッチで腹が足りるのか?しかもタマゴサンドって具もないし、せめてハムサンドにしなさい。中身が足りないぞ」

 

 凛子はチマチマとハムスターのように小さな口でサンドイッチを食べている。

 彼女は小柄な体型で食も細い、さらに色白美人だ。

 まさに小動物みたいな魅力を感じるのはいいのだが、幼馴染としてもっと成長して欲しいと思う、特に胸のあたりが切に願いたいほどだ。

 

「……無理」

 

「そういうなって。食べるものを食べないと大きくなれないぞ。ほら、俺のカスタードクリームたっぷりのパンを半分やろう」

 

「……いらないってば。あっ、んんっ!?」

 

 ちょっと無理やりにだが、口に入れてみる。

 凛子は強制するくらいがいい、とここに小桃さんがいないからこそできる行為だ。

 あの人を前にすれば俺はヘビに睨まれたカエルのように行動を制限される。

 不満そう顔をこちらに向けながらも、彼女はクリームパンを食べた。

 

「よく貧血で倒れるみたいだし、栄養つけなきゃならんだろ」

 

「クリームパンに栄養はない。あるのは無駄なカロリーだけ」

 

「謝れっ!せっかく朝早くから頑張って手作りパンを作ってる業者さんに謝りなさい」

 

 パン屋ってパン1個の値段のワリに手間がかかるんだぞ。

 それを頑張って作る人の大変さを感じながら食べなくちゃいけない。

 

「んんぅ~っ。けほっ」

 

「健康な女子の一日に取るべきカロリー摂取量に全然、普段から届いてないんだからいいだろう。もっと大きく育てよ」

 

「……悠クンは強引過ぎるの。いつか、仕返しするわ。姉さん経由で」

 

 あんまりいじると後が怒られるのでこの辺でやめておく。

 

「それは怖いから無理やりはやめよう。どうだ、美味いだろ?」

 

「……まぁまぁ、普通」

 

 そう言いつつも分け与えた分は食べるようだ。

 うーむ、小食というのを大食いに変えるのは簡単ではなさそうだ。

 俺は凛子と交換したフルーツ・オレを飲みながら運動場の方を見た。

 昨日まで俺が駆け回っていた運動場。

 今日からはもうあの辛い基礎練習をせずに済む。

 口うるさい部長ともいい争わずにすむのならそれでいいじゃないか。

 

「……はぁ」

 

 なのにどことなく未練があるのだ。

 何が未練だと口に出してはよく説明できないのだけど。

 あえていうなら不完全燃焼だったのが問題なのか。

 夏を前に俺は気分がいつものテンションに乗りきれずにいる。

 

「――ねぇ、悠クン。小桃姉さんのこと、好き?」

 

「ぶはっ!?い、いきなり、何だ!?」

 

 突然のストレートすぎる発言に思わず飲みかけのフルーツ・オレを噴き出す。

 危うく鼻に入りそうだったじゃないか。

 俺はすぐに口を拭くと、凛子の額に手を当てる。

 

「熱はないようだ、この夏の暑さにやられたか?」

 

「……違う。ただ聞いてみただけ。どう、姉さんの事、好き?」

 

「うーーむ。それは非常に難しい質問だぞ」

 

 見た目は最高、スタイル抜群……その性格が小悪魔的でなければ惚れているね。

 

「世間一般がどう思うか知らないが俺は幼馴染としては好きだが、女性としてはちょっと、と言う感じかな。どうしてそんな質問をしてくる?」

 

 普段、恋愛ごとに疎く、発言も滅多にしない彼女だけにびっくりしている。

 彼女に告白した数多くの男は「恋愛に興味ない」と一蹴され続けているのだ。

 それだけに、俺はずれ落ちかけたベンチに座りなおしつつ、

 

「はっ、もしや、俺が好きでその反応を確かめようと……」

 

「それはないから。悠クンは私にとってのお兄ちゃんだもの」

 

「迷う事なく言い切られた。うぅ、悲しいわ。俺はこんなにも凛子を愛しているというのに。この気持ちは片思いだって言うの?私のことを弄んで捨てる気なのね、ぐすんっ」

 

「……悠クン、素で気持ち悪い。よくそういう台詞がすぐに出てくるね」

 

 哀れな生き物を見る冷たい瞳で見ないでください、反省。

 まぁ、実際に俺達の関係は恋愛に発展しそうにもないけどさ。

 

「と言う冗談は置いといて。何で、小桃さんが好きとか聞いてきたんだよ?恋愛に興味を持ちだしたのか?好きな子でも出来て、彼に『俺、実はキミの姉の小桃さんが好きなんだ』とか言われちゃったのか?」

 

「……誰にも告白してないし、する予定もない。ただ、クラスの男子が姉さんの話をしてたから気になって。姉さん、男の子に人気でしょ?」

 

 そりゃ、あれだけ胸が大きくて美人なら嫌いになる人はそうはいない。

 学年を問わず、学園の男子諸君は彼女に憧れている。

 

「それに姉さんって誰にでも気さくに話しかけられるじゃない。ああいうの、羨ましいなって思うの。私にはできないもの」

 

 そうだなぁ、凛子には積極性が足りない。

 そこが彼女の可愛さでもあるのだが、本人は大人しい性格であることが不満のようだ。

 

「すぐにあの人になれというのは無理だぜ?まずはスタイル……ぐはっ!?」

 

 空になったマンゴジュース(果汁3%)の紙パックを放りなげられる。

 地味に痛いっす、ゴミはゴミ箱へお願いします。

 

「……何か?」

 

「いや、何でもないです。こほんっ、一応、姉妹なんだし、なれない事はないだろ」

 

「別になりたいわけじゃない。自分の性格は変えられない、って分かってる。姉さんは憧れでしかないもの。でもね、少しはあの人に近づきたいの。憧れ以上のものがあるの」

 

 凛子もそれなりに姉に思う所があるらしい。

 彼女には彼女の可愛さがある、個性があるって言うのはいいことだ。

 だが、目標を持つっていうことも悪くはない。

 

「小桃さんみたいねぇ」

 

「どうすれば近づけるのかな」

 

「まぁ、何となく監視でもしてみるか?」

 

 そんなわけで俺達は小桃さんの監視をして見る事にした。

 小悪魔と言われるだけあって、どんな行動をするのかは分かり切ってるんだけどな。

 

「私に協力してくれるの?」

 

「どうせ、部活をやめて暇だし。大事な幼馴染の力になろう」

 

「ありがとう……悠クン」

 

 たまには幼馴染の力になりたいじゃないか。

 というわけで、放課後、小桃さんの秘密に迫ることにした――。

 

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