第18話:フラグブレイク
【SIDE:速水悠】
フラグブレイク。
ここまで多々問題はあったものの舞姫さんとの関係を築きあげてきた。
順調に進めてきた舞姫さんルートフラグ。
それなのに、ここにきて最大の危機到来。
Eカップの悲劇、魔王の抱擁は悪夢の始まり。
お使い先のお店で小桃に出会った俺はいきなり抱きつかれてしまった。
その胸の柔らかな感触を味わう前に修羅場が……。
天国から一気に地獄に突き落とされる。
というか最初から天国なんてなかったのかもしれない。
舞姫さんは俺が小桃さんに抱きつかれている光景に呆然とした顔でこちらを見ていた。
「……悠……さん?」
やられた、罠にはめられてしまった。
やけに今日は小桃さんが甘いと思っていたんだ。
後悔しても遅いし、意味はない。
小桃さんは魔王のごとく、俺にこう言い放つ。
「――悠ちゃんに恋人なんて作らせない」
ホントに彼女は魔王だよ、やり方がえげつない。
俺は慌てて離そうとするが小桃さんは離してくれない。
そーいうことは普段からしてくれ。
歓迎してない時にされると嫌がらせ以外の何物でもない。
「頼むから離してくれ、小桃さん」
「私に抱きつかれるのがイヤなの?」
悪魔は斜め右上の視線で俺を見やがる。
可愛いが今はマジでまずいんだって。
「ま、舞姫さん。どうしてここに?」
「店長が追加のリストを渡してきてって言われて」
そんなのメールでしてくれればいいのに。
アレか、やっぱり俺だけじゃ不安だから舞姫さんにも来てもらったのか。
悲愴感店長めっ、余計なことをしやがって……。
一番いらないことをしてるのは小桃さんだけどな。
「ねぇ、悠ちゃん。この子は誰?」
「彼女は白石舞姫さん。俺のバイト先の同級生なんだ」
「何だ、ただのバイト仲間なの」
ただの、という言葉に妙なアクセントを置く小桃さん。
次は何を企んでいるんだよ。
舞姫さんは複雑そうな顔をしている。
いかん、冗談抜きでフラグブレイクしてしまうぜ。
そんな俺に容赦なく追い討ちをかける小桃さん。
「初めまして、凛子ちゃんの姉で小桃と言うの。貴方が舞姫さんね、聞いているわ。いつも“私の悠ちゃん”がお世話になってるわ」
「「――私のって何!?」」
思わず舞姫さんと声がハモってしまった。
そりゃ、誰でも所有物扱いされたらびびるだろ。
「違うの?悠ちゃんと私は特別な関係じゃない?」
「……いつ、そんな甘い言葉の関係になってるんだよ。俺には覚えがないです」
「私と悠ちゃんの関係は、ずっと前から特別なのに」
それこそ、ただの幼馴染でしかないぞ。
ていうか、言っとくけど、俺と小桃さんはマジで何も関係ないからな。
そりゃ、過去に彼女にあこがれていた時期はあったが、それも昔だ。
「ひどいわ、悠ちゃん。私のことを弄んでいたのね」
「今、弄ばれているのは俺の方だが」
そこまでして俺を潰しにくるか、このお人は。
「特別な関係って言うのは嘘ではないじゃない。将来を約束した間柄だし」
「……うぐっ!?」
「ふふっ、世の中、忘れたい記憶ってのもあるのよね?」
そ、それは幼き頃の過ちといいますか。
忘れてくれ、本当に忘れてください。
思い出したくない過去の過ち。
ホント、幼馴染とは厄介な相手でしかない。
「あ、あの、小桃さん。悠さんと……その、どういう関係なんですか?」
真顔で尋ねる彼女に俺は冷や汗をかく。
お願いだから俺にもフォローさせてくれ。
それを言えないのは俺が何か言っても効果なしという状況に追い込まれているからだ。
下手に俺が動けば小桃さんに狙いうちされる。
「私と悠ちゃん?さっきから言ってるように、特別な関係だけど、それが何か?」
「……そうなんですか。仲よさそうですもの」
「うん、本当に仲はいいわよ。文字通りにね」
さびしげに答える舞姫さん、にやりと笑う悪魔が憎たらしい。
くっ、ホントにフラグブレイクされる前に言い訳をしておく。
「違うから、舞姫さん。俺と小桃さんは、そんな関係じゃ……ぐはっ!?」
いきなり見えないところからのひじ打ち、ホントに小桃さんは何をする気だ。
彼女はそのまま今度は俺の腕に抱きつく。
「ねぇ、悠ちゃん。バイトが終わったら、いつもみたいに私の部屋に来て。待ってるから」
「確かにいつもだが……それ、何か違う意味に聞こえる」
彼女の部屋なんか、たまにしか遊びに行かない。
どちらかと言えば、俺の部屋に襲撃してくるのは小桃さんの方だ。
いきなり俺の部屋にゲーム機を持って対戦させようとするのだ(マジで真夜中が多い)。
しかも無駄にゲームもうまいので、俺はカモ同然にやられまくる。
夜中の部屋で男女が集えば、もっと違う展開にならないかねぇ?
「わ、私、もう行くね。これ、追加のメモだから。じゃぁね」
舞姫さんはショックを受けた顔をして去ろうとする。
俺はそれを引き留めようとするけど、小桃さんに無言で手を掴まれた。
その手はどこか震えているようにも感じる。
「――行かないで、悠ちゃん。行っちゃダメ」
え、何だよ、小桃さん……そんな真面目な顔してさ。
冗談だろ、いつもの悪ふざけならここで止めないでくれよ。
分からん、小桃さんの気持ちが……もしかして、本当に俺の事が?
悩んでる間に舞姫さんを止められず、彼女は店から出ていってしまう。
俺はゆっくりと手を離した小桃さんに向き合う。
「……どうして、止めたんだよ。小桃さん」
「どうして?分かってるくせに……」
ふと、彼女は俺の真後ろを指差した。
そこには先ほどメモを渡した店員が事の騒動を気まずそうにみている。
……あっ。
「店員さんが放置されてめっちゃ困ってるから。ここで去られたら可哀想でしょ?」
「――な、何というオチだ!?」
店員さんは修羅場を見せられて非常に困り果てておりました、ごめんなさい。
俺はついでに追加の材料も探してもらい、最後に謝罪してから店を出る。
荷物を抱え、外に出ると小桃さんが待っていた。
「悠ちゃん~」
笑顔の彼女にムッとした俺は拗ねて無視しようとする。
「もうっ、怒らないでよ、悠ちゃん。ただの冗談じゃない」
「ホントに舞姫さんとの関係を邪魔しないでくれ。俺は彼女の事が好きなんだからあんな冗談もやめてくれ」
舞姫さんが好きなんだ、本気なんだからやめて欲しい。
その気持ちを伝えるとさすがの小桃さんも視線をうつむかせて、
「何よっ、ちょっとからかっただけなのに。そんなに怒んなくてもいいじゃない!」
この状況で逆ギレされた!?
「そっちが私に他の女の子と一緒にいるところを見せつけるから悪いんでしょ」
俺が悪いのか、本当にここは俺が悪いというのか、違うだろう?
「……いや、だから、俺と小桃さんって恋人関係じゃないし」
「ひどいっ。私の生まれたままの姿を見ておいて、そんなことを言うなんて……私との関係は遊びだったというの?」
「だから、子供の頃の話を“過去”という“くくり”をなしに話すのはやめてくれ!?世間的にものすごく誤解を与える」
小さな頃に一緒にお風呂に入ったとか、その程度のことですから!!
本当だってば、それ以外は……いや、思い出さない方が俺のためだ、うん。
「悠ちゃんのバカっ、浮気者!ひどいよ。小桃、拗ねちゃうからねっ」
誰だよ、アンタ、キャラがちげぇ。
でも、何だか小桃さんの表情が本当に暗いように見えるのは気のせいか?
小桃さんは俺に「器が小さい」やら「甲斐性なし」やら散々暴言を吐いてさる。
「つ、疲れるわ、あの人と一緒にいると……はぁ」
悪魔は暴れるだけ暴れて去ったが、俺にはフラグブレイクという結末だけが残された。
神様、お願いだから時間を戻してください。
俺はガックリとうなだれながら店へと荷物を抱えて戻ることにした。
店に戻るとすでに舞姫さんは急用ができたという理由で帰宅していた。
店長に「何かあったのか?」と聞かれたが「何も」と答えるしかできない。
何とか誤解を解かないと……俺は明日、学校で話す事を決めた。
はぁ、小桃さんのせいで余計な面倒を背負わされたぜ。
でも、何で小桃さんはあんな風に俺に嫌がらせをしたんだ?
一応、付き合いは長いが冗談で済まない事はしないタイプだ。
ワケが分かんない、乙女心ってやつですかね。
とにかく、今は明日に備えて言い訳を考えておくことにしよう。