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第16話:試合終了と真実

【SIDE:速水悠】


 延長戦もPKもない練習試合なのでロスタイムが終われば試合終了。

 最後のチャンスでボールを奪取して、策なしの中央突破を試みる。

 真正面にいるのは貴也だ。

 これで決めれば俺の勝ちだ。

 だが、行く手を阻む彼に死角はない。

 右、左も到底、楽には抜けそうにない。

 立ち止まれば時間切れ、ボールを奪われても、その時点でこちらの勝ちはない。

 やるしかない、1対1で貴也を抜き去るしかない。

 

「――最後の勝負だ、貴也!」

 

 真っすぐグラウンドをかけて貴也と俺は衝突する。

 フェイントしても相手に通じないのは前回の県大会の試合で嫌というほど思い知った。

 彼に中途半端なテクニックは通用しない。

 通常ならこの位置まで来ていたらキックフェイントでもかますが、無理だな。

 それなら、俺の長所であるスピードを活かす。

 貴也に俺が勝てるのはスピードのみ。

 ふたりがクロスする瞬間、貴也の足がボールへ伸ばされる。

 向こうの方が反応が早く、俺は一歩出遅れた。

 マズイ、このままだとボールをとられる!?

 

「やるなら今しかないっ」

 

 俺は咄嗟にボールを浮かせて、そのまま貴也を抜き去る。

 かなり強引な抜き方だが貴也はそれを止めきれない。

 一度抜けば、こちらの勝ちだ。

 スピード勝負なら負ける気はしない。

 

「くっ、速水っ!?」

 

「ここで終わるわけにはいかないんだよ」

 

「こっちも同じだ。抜かせるかよ」

 

 相手の足がボールをとらえる。

 ここで取られたら試合が終わる……!

 

「させるかよっ!!」

  

 貴也からボールを奪い返して、かろうじてキープする。

 わずかな瞬間、俺は貴也の横をすり抜ける。

 

「知ってるだろう、貴也。スピードなら俺の方が早いんだ!」

 

 最後は強引に貴也を抜き去ると全力ダッシュで駆けた。

 

「くっ、速水に抜かれた。ディフェンス、守りきれっ!」

 

「もう遅い。この勝負……もらったぁ!」

 

 こうなればこちらの勝ちだ。

 最後のDFをかわしてゴールポストにシュートを放つ。

 理想的な軌道を描いてボールはキーパーの頭上を越えてゴールポストに吸い込まれた。

 ホイッスルが鳴り響いてから、さらに数秒後には試合終了のホイッスルが鳴った。

 

「俺達の勝ちだっ、よしっ!!」

 

 俺は思わずガッツポーズ、チームメイトも喜びにわく。

 3対4、県大会の借りはこれで返せたかな。

 まさかの逆転劇に西高の連中はショックを隠しきれない。

 勝利目前での逆転劇に動揺している。

 しかも、ホームでの敗北程の屈辱はない。

 

「何ていうか、奇跡ってあるもんだな。逆転できるとは思いもしていなかった」

 

 南岡が嬉しそうに言うのを俺は「奇跡じゃない」と否定しておく。

 皆がやるべきことをした結果だ、奇跡ってのとはまた違う。

 俺の中に充実感みたいなものがある。

 本気を出して戦えたこと、この満足感こそ俺がずっと望んでいたものかもしれない。

 

「……さぁて、挨拶も終えたし、帰り支度でもするか」

 

 俺はさっさとユニフォームを脱いでひとり帰り支度を始めた。

 正式な部員でもない俺は試合が終われば、すぐに解放だ。

 そのまま、俺は舞姫さんの所へ向かうが、その途中で貴也に呼び止められる。

 俺は試合前の事もあり警戒するが、意外にも彼は気さくに話しかけてくる。

 

「よぅ、速水。まさかの展開だ。うちが逆転負けをするなんてな。練習試合とか、手を抜いてたとか、そんな言い訳をするつもりはないさ。完全敗北、たった20分でこうまでされると素直にへこむ」

 

「ふんっ、弱小チームなんて言わせない。チームメイト全員が団結した結果だ」

 

「そのチームをまとめたのはお前だろう?同点にされた時は悔しかったが、逆に負けた時はお前をすごいと感心したよ。すごいな、指揮力もそうだが、何よりも感心したのは諦めないって執念だ。それはうちのチームも学ばなければいけない」

 

 西高に弱点と呼べるものがあったとするなら、絶対に勝てるという思いこみだけだ。

 通常ならば点差をひっくり返すのは困難ゆえに、展開が変わった事に動揺した。

 それが向こうの敗北理由といえるだろう。

 

「……とはいえ、最後の中央突破には正直、呆れもしたがな。あそこでああくるとは、思いっきりがいいと言うか。負けた俺が何を言っても意味はないが、どうしてあそこであの選択をした?他にも選択はあっただろ?」

 

「あんなバカみたいな正面突破なんて少年サッカーぐらいしか通用しないってのは理解してるさ。当然だ、あれで突破できるなら作戦なんていらないしな。だが、時間配分を考えればあの時点で最善の策はあれしかなかった」

 

 貴也を避けるという選択がなかったわけではないが、時間を考えればパスをする事でロスする時間も考慮すればあの作戦は良かったと思う。

 最後に貴也を抜けたのは運の要素も強かったのは事実だ。

 

「フェイントもせず、真っ向勝負で負けるってのは俺もまだ鍛錬が足りない。いい練習になったよ。速水はいいプレイヤーだ。サッカーを続ける気はないのか?」

 

「……さぁな。でも、楽しい試合ができたぜ。本気を出して戦えたこと、俺としては感謝もしている」

 

 お互いにプレイを通じて分かりあったことがある。

 それは相手が強いと認めうからこそのもの。

 真剣になれたからこそ、言えることもある。

 

「……と、それはそれでいいんだが、ひとつ速水に言っておく事がある」

 

「言っておきたいこと?」

 

「舞姫と俺との関係についてだ。あれなんだが、実は……」

 

 彼と舞姫さんが元恋人同士。

 彼女への思いが恋心に変わった俺は、勝負に勝ちたいと思って、本気を出したわけだが。

 

「悠さん、貴ちゃん……?」

 

 俺たちに気付いた舞姫さんがやってくる。

 彼女の応援があったからこそ、俺は頑張れたんだ。

 恋の始まりを感じつつ、その前に乗り越えるべきものがある。

 そうだ、貴也と舞姫さんの関係のことだ。

 元恋人同士というが、その辺をきっちりしないと前には進めそうにない。

 彼女は貴也の隣に立つと俺に可愛い笑みを見せてくれた。

 

「今日の試合、すごかったわ。悠さん」

 

 褒められるのは嬉しいが貴也の隣でさも当然とばかりに立たれるとこちらは凹む。

 グサっとくる痛みに耐えて俺は話を続ける。

 

「貴ちゃんも負けちゃったし。悠さんの方が一枚上手だった」

 

「敗者は素直にそう認めておきますか。さすが、“姉ちゃん”が認めてる相手の事だけはある。改めて、そのすごさを体験した」

 

 ……はて、今、何だかおかしな言葉を聞いた気がする?

 貴也は俺の顔を見て「本題に入らせてもらおう」と切り返す。

 

「えっと、何ていうか。ひとつだけ言っておきたいことがある」

 

「言っておきたいこと?(2回目)」

 

「申し訳ない、試合前に言ったのは全部、嘘だ。実は俺達は元恋人でも何でもなくて、双子の姉弟なんだよ。すまん、許せ。適当な事を言って、お前のやる気を引き出したかっただけなんだ。悪ぶって悪役キャラを演じてみたが安っぽいキャラだったしな。俺の本来のキャラじゃない事だけは言っておく」

 

「……はい?」

 

 頭を下げてくる貴也に俺はポカンっとさせられる。

 突然のことに頭が混乱中、姉弟ということは姉と弟……家族?

 

「はて、双子の姉弟とか聞いたのだけど……冗談?」

 

「本当。つまりはこれ、俺の実姉だから。血の繋がった姉だよ」

 

「これってひどいよ、貴ちゃん。もうっ。悠さん、生意気な“弟”でごめんね。普段からこうなの。私もよく意地悪されるし」

 

 何という事だ、彼が舞姫さんの弟かっ!?

 しかも、双子だと!?

 彼女にサッカー好きの弟がいるのは聞いていたが、それが貴也とは思わなかった。

 ていうか、少年サッカーしてるって言ってたから小学生くらいだと思ってたし。

 あれは、小学生の頃からサッカーをしていたの応援してたという意味か。

 真実とは明らかになれば拍子抜けすることも多々あるわけで。

 呆然とポカンとした俺に貴也は笑いながら、

 

「……というわけで、速水が心配するような事は何一つないから。これからも姉ちゃんと仲良くしてやってくれ。こーみえて、気が強い方だから大変だけどな。それに嫉妬深く独占欲も強いときてる。付き合う男は大変だな」

 

「貴ちゃんっ!余計なことは言わないのっ」

 

「おおっ、怖っ。やれやれ、そろそろ退散するか。速水、また機会があればな」

 

 そのまま彼はチームメイトの方へと戻っていく。

 貴也が去っていくのを見て、舞姫さんに質問する。

 

「貴也と姉弟って本当なのか?」

 

「うん、双子だよ。おかげで姉としてじゃなくて、妹みたいに扱われる時もあるのよ。貴ちゃんが何かしたの?話を聞いてもよく分らなかったけど?」

 

「……い、いや、何でもない。本当に何でもないから」

 

 苦笑いをするしかできない俺に彼女は「?」と疑問を抱いた顔をする。

 何だよ、この展開……。

 俺ってものすごく恥ずかしいうえに、くたびれただけじゃん。

 貴也と敵対する意味もなければ、舞姫さんに対して危機を抱く事でもない。

 いや、でも、待てよ……それじゃ、彼女がずっと前から好きな相手って誰?

 貴也ではなかったわけで、噂の片恋相手はまだ他にいると言う事なのか?

 いかん、まだ何も解決していないではないか。

 一難去ってまた一難的な展開に俺はため息をついた。

 今回の事件で得たものは、俺の気持ちが舞姫さんに向いているという事だけ。

 俺は彼女が好きだと確信してしまった。

 舞姫さんも去ってしまった後、ボーっと燃え尽き症候群になった俺に南岡が声をかける。

 

「ん?まだ帰っていなかったのか?どうした、燃え尽きたって顔をしてるぞ?試合に本気になったのも久しぶりだからか?」

 

「違う、そういうんじゃなくて……これはまた別の意味で燃え尽きたのだ」

 

「よく分からんが、お前もやるじゃないか。例の彼女と急接近、ファンとの交流ってか。いい子だよな、わざわざ出るか出ないか分からないのに試合まで見に来てさ。一途というか、むしろアレはお前に惚れているかもな。ははっ、羨ましい奴め」

 

 南岡にからかわれるが、俺は意味不明で「何の話だ?」と素で返す。

 ファンとの交流、いい子って何の話だ?

 

「ん?何を言ってるんだよ、お前をずいぶん前から応援してくれるファンの子だよ、ほら、ミサンガくれた女の子がいただろ。速水もひどい奴だな、忘れるか普通。その子と話していただろうが」

 

「いや、その子は知ってるけど。俺、一度も直接会ってないし」

 

 その子が美少女かどうか気になるところでもある。


「……待て、ちょっと待て、今、何と言いました?(本日数回目)」

 

 南岡は俺の態度に呆れた様子を見せて言う。

 それは本日、もっとも驚くことになる衝撃的な事実。

 

「お前、それマジで言ってるのか?さっき、お前の隣にいた女の子がいるだろ。あの子だよ、例のファンの女の子って……?お前の中学時代から応援してくれた子だぞ?かなり親しげに話してたろうに。まさか、知り合いだったのにそれに気づいていなかったとか?」

 

「……えっ!?う、嘘だろ、舞姫さんがっ!?」

 

 舞姫さんが俺のファンってどういうことだぁ!?

 ずっと気になっていたファンの子=舞姫さんだと?

 試合終了と明かされた真実に俺は思考停止に陥っていた。

 

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