第14話:残り時間は3分間
【SIDE:速水悠】
因縁の西高とのサッカー部の試合、部長が負傷退場して試合が終わろうとしていた。
だが、そんな中で俺の前に現れたのは俺の目的の相手、貴也だった。
俺の気になる女の子、舞姫さんと特別な関係らしい男だ。
「……アンタ、速水悠だろ?アンタが何で今回の試合に参加していない?」
「有名人に顔と名前を知ってもらえていて光栄だが、俺にも事情ってものがあるんだ」
こいつには聞きたい事がある。
舞姫さんとどういう関係なのか。
実際に会って話すのは緊張するが、逃げるわけにはいかないのだ。
「事情?……そうか、本当だったんだな。サッカー部をやめたってのは」
「そんなことまで聞いてるのか?ワケあってサッカー部をやめた、今日はただの応援だよ。この試合は終わりだな。こちらには選手交代する予備選手がいない」
だが、貴也はにやっと嫌な笑みを浮かべる。
「いるじゃないか。俺の目の前に……速水悠っていうプレイヤーが」
「俺か?悪いが、俺は戦うつもりはない。サッカー部を辞めた人間が参加できるはずもないしな。試合は終わる。向こうではそれを話し合ってるんだろ」
勝負したい気はあるが、それを決めるのは俺じゃない。
南岡は冗談で俺を予備選手と言ったが、実際にそうするつもりはないだろう。
「つまらんな。この程度のチームが俺たちの全国行きを阻止しかけてたっていうのか。アンタがいた頃はまだそれなりに強かったが、今は弱小に過ぎない。たったひとりの優秀なプレイヤーが抜けて終わるような雑魚チームだ」
「事実だが、それを他人に言われるのは腹が立つな」
挑発的な彼の物言いに俺は反抗する。
俺一人が抜けて弱くなったとは思えない。
士気力低下など複合的な理由がある。
「……だが、事実だ。ここで無効試合にしてみろ、お前らのチームは恥をかくだけだ。予備の人数も集められないって?」
「今日は偶然、調整つかずに来れなかっただけだ。そこまで切迫したチームの事情じゃない。それに今回の件だってそちらが負傷退場さえさせなければ……いや、アイツを病院送りにしたことはどうでもいいんだが」
悪いが部長の負傷を気遣う気持ちは微塵も持っていないのだ。
試合に関しては部外者の俺はそこでその件について話をやめてついでに尋ねた。
「それよりも、俺も聞きたいことがある。白石舞姫って女の子を知ってるだろ。その子とどういう関係なんだ……?」
「……は?何で、いや、そうか。そういうことか。ははっ、何だよ、それ」
彼はなぜか失笑すると、俺にわざとらしい視線を向ける。
何を自分で納得したのか知らないが、さっさと答えろ。
「教えてやろうか?舞姫との関係ってのを。あの女は俺の女だよ。違うか、今は……元カノって言った方がいいか。今でもしつこく俺の周りをうろちょろしてるがな。それがどうした、まさか、アンタはあの女に惚れてるのか?」
嘘でしょう、貴ちゃん疑惑。
それが事実だったの……マジでショックだわ。
舞姫さんが貴也の元恋人関係、それは考えなかったわけじゃない。
事実を知って、俺はショックを受けるが顔には出さない。
「アンタの名前を舞姫の口からきいたことがあるけどさ。もしかして、舞姫のことが好きって言う感じ?マジかよ、笑える」
「……その言い方は気に入らないな」
「そうだ、舞姫の事が気になるんだったら、俺との関係を切ってやってもいいぜ?ただし、俺に試合で勝てたらだけどな」
安っぽい挑発だが、乗せられる。
嫌な相手だと確信した、こいつだけは許せない。
「その言葉、忘れるなよ」
舞姫さんの気持ちを踏みにじるような奴は許せん。
人の気持ちをどうこういうつもりはないが、彼女もこんな男に……。
貴也に対する怒り、こいつに勝ちたいと強く思う。
俺は彼から背を向けて南岡に近づくが、それより先に彼の方が口を開く。
「……悠、ちょっといいか?悪いんだが、試合に参加してくれないか?向こうと話し合いで試合は続行になった。お前が入ってくれればこちらも問題ない。練習試合だし、向こうも認めてくれている。どうだ、参加してくれないか?」
「ちょうどよかった。俺も今、乗り気になったところだ。貴也をぶっ潰すってな」
「ふっ。何があったかは知らないが、今日一番の顔をしてやがる。最近のお前にはなかった顔つきだ。ようやく本気になったのか」
そうかもしれない、俺の中で不完全燃焼中だったもの。
やる気が出なくて、くすぶり続けてきたものが爆発する。
「――今日こそ本気出してやるよ。絶対に勝つ」
俺は試合準備をするためにベンチに入ると、舞姫さんが驚いた顔でこちらを見ているのに気付いて近づいた。
「ど、どうして、悠さんが?え?あの、何で?」
「貴也との関係、全部、聞いたから。俺が舞姫さんを救ってみせる」
「……救う?貴ちゃんとのお話って?よくわからないけど、またサッカーの試合をするってことでいいのかな?」
俺は頷くと、舞姫さんにお願いをする。
それはどうしても今の俺には必要な事だから。
「舞姫さん。俺の応援をしてくれないかな?貴也じゃなくて、俺を応援してほしい」
「……悠さん、それって?」
「今日は自分のためじゃなくて、舞姫さんのために試合をしたいんだよ」
どうしても負けられないものがある。
貴也みたいな奴から舞姫さんを解放するために。
「……うん。分かった、悠さんを応援する」
彼女はそう言って笑みを見せて「頑張って」と応援してくれる。
それだけで十分だ、何としても勝ってやる。
俺が皆の元に戻るとすでに予備のユニフォームとスパイクが用意されている。
「……おい、これはどうみても部長のだろ」
「心配せずとも予備だ。あの人、無駄に予備とか持ってるからな。気にしないだろ」
部長は金持ちのボンボンだから無駄に予備を持っているし、それは別に構わないが、同じサイズってのも嫌だな。
こういう所も、アイツが気に入らない理由のひとつなのだ。
「ほら、文句は言わずに準備してくれ。向こうとの話し合いで、この試合停止の時間はロスタイムに含まずに試合続行をすることになっている」
「となると、本気で25分で逆転しろってことか。最低でも3点、こちらもこれ以上は1点も点はやれない。かなり厳しい状況には違いない」
西高相手に逆転劇をしてみせろっていうのは難度が高いぜ。
しかし、今日はそれをやってみせる。
残り時間もないし、まず一点をいれるのが先決だ。
「両サイドからの攻撃で守備を崩す。相手チームはレッドカードでひとり足りない。そこを狙う」
今回抜けたのが厄介なMFの選手だったので、こちらにもチャンスはある。
「相変わらず無茶を言いやがるな。だが、お前が加わってくれれば俺たちも試合をやりやすい。見せてくれよ、久々にお前のフォワードの仕事を。皆、行くぞ。ここから逆転してやる。できるはずだ」
南岡の言葉にチームメイトは応えてやる気を見せてくれる。
こいつがキャプテンをすればチームもまとまるのに。
俺の参加がどうチームに影響を与えるか。
自分の右腕に巻いていた色鮮やかなミサンガに目を向ける。
……これは俺の幸運のお守りだ、俺を見守ってくれよ。
試合は再開、さっそく俺たちはフォーメーションを変更して相手を翻弄する。
意表をついたこともあり、開始わずか2分で俺達は相手を攻め込み、コーナーキックという絶好のチャンスを迎えていた。
それをうまく合わせて南岡がヘディングシュート、逆転への狼煙はあがった。
「ナイスシュート、南岡。まずは1点目。あっさりと入ったな。驚きだ」
「……俺も驚いてるよ。さすが、悠だな。あの速さに追いつけてないぜ」
「今みたいに勢いで攻めるのは何度もできることじゃない。ここからが本番だ」
俺達は突破力を活かして、敵陣に攻め込む。
いいタイミングでセンターの俺へパスが回ってくる。
「近藤、走れっ!右ががら空きだ」
すぐさま仲間にパスを決めて、敵の陣形を崩す。
俺自身、正直言えば身体がなまってないか心配だったが、サッカー部をやめてからもマラソンをしていたせいで、鈍りはほとんどない。
貴也がテクニック重視のプレイヤーなら、俺は機動力を活かしたプレイヤーだ。
敏捷性で言えば貴也たちを圧倒する。
彼らにも足の速さじゃ負けない。
「チャンスだ、南岡、こちらに回せっ!」
サイドから攻め込んできた南岡は精度の高いセンターリングがうまい。
ちょうどゴール前の俺にボールがパスされてくる。
いける、この位置なら……シュートをすれば決められる!
いけ、入れっ!
俺の足から放たれたシュートはゴールキーパーの手をかすめて、ゴールに吸い込まれる。
「いよっし!これで2点目、残り時間は10分。あと1点で同点だ」
「それはどうかな。あの貴也の表情を見ろよ。かなり本気モードだぜ?」
「もう1点もやれないんだ。アイツのマークは俺に任せろ。今日の俺はかなり強い。女神の応援もあるしな」
俺の視線の先では舞姫さんが応援してくれている。
彼女の応援があれば、俺は負けない。
「勝ちに行くぜ。悪いが、今日の俺は勝ちしか興味がないんだ」
「……普段のお前なら1点入れただけで、自慢しまくるくせに。何だよ、本気モードってこういうことか。楽しいじゃないか、そんなお前と試合できて嬉しいぜ。そろそろ西高も対応してくるだろう。次も通じるほど甘い相手ではないだろうが、やってやろうじゃないか」
南岡も他のチームメイトもいいリズムに乗ってきている。
相手はこちらにうまい具合に翻弄されてきている。
だが、いつまでも通じるはずもない。
それが強豪校という奴だ。
やがて、攻守が激しく変わる、どちらも負けられない意地がぶつかり合う。
練習試合だから負けてもいい?
はっ、そんな考えで試合やってたらいつだって勝てない。
それに今日の試合はこちらにも負けられない事情ってのがあるんだ。
そして、今日の俺は……いつもと違ってやる気に満ちてるんだよ。
フィールドを駆け回り、ボールを蹴ることの楽しさ、これがサッカーだ。
「――最初に言っただろ、今日の俺は本気モードだって」
俺はゴール直前、ディフェンスをフェイントで華麗に抜き去り、そのままシュートを放つ。
ループを描くようにしてボールはゴールに入り、試合時間ギリギリで五分に戻した。
「……これで同点だ!」
「チームの流れが変わった。チームメイトも良い感じに機能してる」
「やっぱり、サッカーは楽しいな。逆転劇、やれるんじゃないか」
「なんとか同点になったが、残り時間は……」
ようやく3対3だが、残り時間はロスタイムの3分だけ。
練習試合だ、引き分けの場合はそのまま終了。
それじゃ、貴也に勝ったとは言えない。
「勝つよ。最後の3分が残ってる、まだ試合は終わっていない――」