第13話:助っ人参戦
【SIDE:速水悠】
舞姫さんに好きな人がいるというのは確定情報だ。
しかしながら、彼女と親しくする男、貴也との関係は分からずじまい。
気になりながらも、俺はついに日曜日を迎えてしまった。
俺たちの北岡坂高校から少し離れた隣街の観郷西高校。
県内最強のサッカー部があるその高校とは数ヵ月に一度程度の練習試合を行う。
うちの高校もサッカー部は強いのだが、西高に勝てる事はほとんどなく、それなりに実力差がある。
俺はその日の朝からわざわざ西高校に出向いていた。
ちょうど、部長が相手のキャプテンと話し合いをしているうちにサッカー部の馴染みの連中と会話をする事にする。
俺の友人である南岡はすぐに俺に気づいて声をかけてきた。
「よぅ、悠。本当に来たんだな、お前も暇しているならサッカーしろよ」
「今日はサッカーとは別件で来た。悪いが、応援するためにわざわざ来たわけじゃない。だが、頑張ってくれよ」
「……因縁の相手だからな。それも最近の戦績で言うなら2勝5敗、こちらが負け続けている。そろそろ連敗記録も止めなきゃ意地があるから。はぁ、さすがにマジで勝ちたいよなぁ」
チーム全員、それぞれが西高にはライバル視をしている。
県大会準優勝、それは素晴らしい功績ではあるが満足していない。
この西高を倒すというのはチームとしての目標でもある。
「なぁ、西高の貴也って今日も来ているのか?」
「当然、出してくるだろう?西高は2軍まであるが、うち相手に2軍で対応させることはしないさ。1軍なら貴也も出てくる。彼がいる限り、うちが楽勝に勝てることはないってな。それ以外にも西高は強いが、中心的人物は彼だ」
存在力も大きいが人気も実力も高い。
現に今日の練習試合にも応援する女子が多くみられる。
この中に舞姫さんもいると思うと正直言えば気が滅入る。
「……で?お前がここに来た理由ってのは?」
「それは聞くな。強いて言うなら戦うためかな?」
「サッカーで戦うって意味ではなさそうだ、やれやれ……。まぁ、適当に応援していてくれ。そうだ、今日は人数が足りてないんだ。もし、誰か怪我でもしたら助っ人を頼んでいいか?予備のユニフォームくらい貸すからさ」
「……あんまり俺を当てにするなよ。俺はもうサッカー部を辞めた人間だぜ?」
「とか言いながら、さっそくウォーミングアップをするお前はなんだ」
俺としては貴也と対決したいという気持ちが薄れているわけではない。
今もそうだ、本気で彼と勝負したいと思う。
けれども、サッカー部をやめた俺はもうフィールドでは戦う事はできない。
今の俺は舞姫さんとの関係を知りたいだけさ。
この試合を応援席で眺める事にする。
辺りを見渡すが、舞姫さんはいない。
となると、向こうの相手側の応援席だろうか。
探してみると彼女は応援席ではなく、相手校のマネージャーたちのいる席にいたのだ。
「げっ。ホントに貴也と話しているし」
ちょうど、貴也と舞姫さんの会話シーンを目撃してしまう。
何やら他のチームメイトにも囲まれて貴也と一緒に笑い合う。
何だ、この雰囲気……周知の事実って感じは……。
「貴ちゃんか。……ホントに恋人?俺、帰ろうかな」
気力を失い、俺は帰りたくなる。
凛子の言うとおりかもしれない。
これ以上の詮索は俺自身を傷つけるだけかも。
「試合に参加しないのか?……お前はホントに何をしにきてるんだ?」
試合直前、南岡は俺の姿を見てそう言う。
「自分でも分からん。だが、真実を知りたくて突き動かされる。隠されたら知りたくなるのは人の本能だろ。仕方ないんだよ」
「まぁ、どうでもいいが。あんまり相手校の女の子をジロジロとみるな。怪しい奴に見えるぜ」
それはそれで困る展開になるから自重しよう。
試合開始のホイッスル、ついに西高との戦いが始まる。
うちのチームの持ち味は攻撃的なスタイルだ。
守備はいいDFがいなくて薄いが、攻撃力ならば他のチームも圧倒する。
1点いれられたら、2点入れ返せば勝つ。
そういう素人考えのチーム性は無能な部長の方針だけどな。
だが、このスタイルに関しては俺も文句はなかった。
なぜなら、そこにはとあるチーム事情が関係している。
残念ながらうちのサッカー部は俺たちが入るまで廃部寸前だったくらいだ。
ずいぶん前の先輩たちが若さゆえの過ち(タバコや暴力沙汰)を起こして問題になったらしくて、それ以来は部として衰退気味だった。
俺や南岡が入ってから部として立て直し、今に至る。
かなりメンバーが限られている中で攻撃も防御も万能なチームは作れない。
県大会準優勝ってのは本当に必死の努力をした奇跡の結果だ。
「だからこそ、西高には負けたくないんだよなぁ」
1軍と2軍にまで分かれる人数を要する強豪校。
貴也以外にも優秀なプレイヤーが何人もいる。
オフェンスも優秀ながらディフェンスも完璧、欠点もほぼない。
理想とするチーム編成で、俺もサッカー部にいた頃はかなり意識していた。
「……全国で活躍できるチームってのはそれだけの実力を持つんだよ」
悔しい事だが、圧倒され続けて負けることも多々ある。
試合にもならず、完封勝利されたこともあるくらいだ。
観郷西高校っていうのはそれだけ強い。
今日は俺が抜けたあとのチームがどうするか見物だ。
南岡がうまくまとめているようだが、部長が無能なのは相変わらず。
うちは顧問が別の部も兼任しており、監督という立場の人間もいないので、さらに不利。
……指揮する人間は部長だが、あいつの指揮は腐ってるからなぁ、まるでダメだ。
言ってるうちにディフェンスラインをあげすぎて、敵にカウンター攻撃をされた。
「あー。まずは1点か……これで終わるはずがないけどな」
前半戦は敵の攻防が続き、防戦一方で対応している。
これじゃ、ダメだ……見ているのもハラハラする。
「……南岡だけじゃ、チームの攻撃力を引き出せない」
ツートップのひとりである南岡はプレイヤーとしては俺も認めるくらい優秀だ。
しかし、サッカーはひとりでするものではなく、いくら優秀なフォワードがいても、チームメイトの活躍なくして点には結びつかない。
チーム本来の動きが出来ず、徐々に追い込まれていく。
前半戦に2点いれられ、さらに後半戦で1点追加。
後半15分の時点で0対3で向こうの圧勝だった。
「マジかよ。全然ダメじゃん。試合にすらなってないぞ、これは……」
それぞれが持ち味を殺してしまっている。
たった1ヶ月前に県大会で暴れまくったチームとは思えないひどさだ。
俺がいないとか、そんなレベルじゃねぇ。
「……チームの士気の低下か。あの部長の下じゃ当然だが、これはひどすぎる」
元チームメイトの俺もこれには幻滅だ。
当然ながら相手校の運動場というアウェーの空気もあるだろう。
周囲からはうちのチームに対する失笑すら聞こえる。
しかし、勝負は最後まで分からないもので状況は一変する……。
相手校の選手がミッドフィルダーである部長を後ろから強引にボールを取ろうとしてファール行為をした。
その場に倒れこむ部長、彼と敵対している俺は他人事のように思う。
「衝突事故発生。部長がやられたか。こりゃ、終わったな」
そんなに焦る内容の試合じゃないのだが、もつれてしまった事で部長が負傷。
打ち所が悪かったようで、ベンチに運ばれていく。
相手選手はレッドカードで退場処分。
これには運動場内がざわめく、試合が停止したためにすぐに俺も南岡のところへと行く。
チームメイトを含めた皆が部長の負傷退場に騒然としていた。
「おい、部長は死んだのか?あれ、足をやってるだろ」
「あぁ。捻挫らしいが一応、念のために今から病院に行くってさ。ちっ、まだ25分残ってるのに」
南岡は悔しそうに時計を見る、負傷交代する選手がいないので試合は終了か。
こちらは今日は都合が悪くて予備の選手がいないのだ。
すると、向こうのキャプテンらしい男と貴也がこちらにくる。
「すまないな。負傷した彼はこちらが責任もって病院に運ぼう。大事に至らなければいいんだけど。それで試合はどうする?練習試合だから無理はせずに、ここで終わっておくか?それとも……」
それはそちらの勝ちで、という事ではなく無効試合として終わらせるってことか。
南岡がその協議をしているうちに、貴也が俺に話しかけてきた。
彼はこちらを見つけた時、意外そうな顔をする。
互いに存在は知っているが、挨拶以外の会話をするのは初めてかもしれない。
「……アンタ、速水悠だろ?アンタが何で今回の試合に参加していない?」
「有名人に顔と名前を知ってもらえていて光栄だが、俺にも事情ってものがあるんだ」
「事情?……そうか、本当だったんだな。サッカー部をやめたってのは」
「そんなことまで聞いてるのか?ワケあってサッカー部をやめた、今日はただの応援だよ。この試合は終わりだな。こちらには選手交代する予備選手がいないんだ」
だが、貴也はにやっと嫌な笑みを浮かべる。
「――いるじゃないか。俺の目の前に……速水悠っていうプレイヤーが」
挑戦的な視線を向けて貴也が俺に言い放つ。
……俺に試合に出ろって、本気かよ?