第12話:気になる相手《後編》
【SIDE:速水悠】
舞姫さんに特定の相手がいそうな雰囲気を感じ取った俺は複雑な気持ちになっていた。
意識せざるを得ない、これもまた不思議な気持ちだ。
ここ数日の俺はいつもの調子が出ずにいる。
昼休憩に食事をしながら俺は凛子に相談をしていた。
本日のメニューはカレーパン、揚げパンの中にカレーが入っている定番の惣菜パン。
購買の新商品のひとつで、お試しに買ってみたが中々いける。
「……ふぅ、最近の俺はなんか変なのだ」
「心配しないで。悠クンはいつも変だから」
「凛子、お前の毎回微妙なフォローは俺を逆に傷つけている自覚はあるか?」
「……?」
ないんかいっ!?
はぁ、無自覚な悪意というのは常に刃にしかならない。
凛子の教育をどこかで間違えているぞ、小桃さん。
「でも、悠クンがいつも以上に変なのは、その変だという事を自覚してるところ」
「凛子も常に俺を苛めていることを自覚してくれ」
小首をかしげて、?マークを浮かべる凛子。
だから、ちょっとは自覚してくれってば。
話が進まないので俺の方が諦めて、話題を戻すことに。
「悠クンがいつもの変と違う。心配になるよ……それって、死亡フラグ?」
「たってねぇよ、そんな物騒なもの!?いくらなんでもひどすぎる」
ていうか、いつも変なのは確定なのか。
しかも、変だと自覚したら死亡フラグ、俺はどんな人生を歩んでいるのだ。
「……と、まぁ、冗談はおいといて」
「え?今の冗談じゃないけど」
「じょ、冗談はおいといて!!頼むから俺の尊厳を傷つけるのは勘弁してくれ。お願いだから冗談ですませておいてくれ、俺の人生はまだ終わりたくない」
強引に話題を俺が変という話から引き離す。
……泣きそうですよ。
「で、悠クン。何の話をしていたっけ?」
「それを忘れるな。俺が変、訂正、俺の様子が変わっているという話だ」
自分で自分を傷つける話し方をするのは嫌だな、もう諦めたけどさ。
とにかく無気力というか、様子がおかしいのは事実だ。
「そう。悠クンがいつもと変なのが違うの。最近はボーっとしてたりすることも多いし」
どうやら、凛子なりに俺のおかしさが普段と違う事には気づいているらしい。
むしろ気づいているなら余計な事はなしで話を進めてくれ。
「やっぱり、アレ?」
「そうだな。アレ以外に考えられない。どうにもアレ以来、調子が出なくて」
「ダメだって言ったのに賞味期限切れのケーキを食べるから」
「そっちじゃねぇよ。あれはあれで、俺の腹がジェットコースター並にくだったが。あの、凛子さん……そろそろ本当に俺の悩みを相談させてくれないのか」
彼女は興味なさそうにフルーツ・オレを飲み始める。
「悠クンは、舞姫さんが気になるの?そして、謎の男の子が気になって仕方がない?」
「分かってるじゃないか、ちくしょう。……端的にいえばそうかな」
「だから、舞姫さんの事は諦めた方がいいって。悠クンじゃ絶対に勝てないから」
「お前には容赦って言葉が辞書にはないのか」
俺だって、あの“西高の貴也”を相手に勝てるとは思えん。
いくら俺様が超絶人気者のエースとはいえ、アイツの人気っぷりは嫌というほど、県大会で思い知らされた。
噂ではスカウトもきてるらしいし、将来はプロ選手になれるんじゃないかと言うほど話題の相手だ。
他校からの女子からの人気もすごくて、正直言えば羨ましい。
「例え、勝ち目がなくても頑張る事に意味がある」
「頑張るつもりがあるって事は、好きってこと?」
「……総合的に見て、俺が舞姫さんに惹かれつつあるのは認めよう」
最初は美人な女の子という印象しかなかったが、今の俺は彼女に対して興味がある。
仕事を一緒にしているうちに、っていうのはよくある話だ。
あの閉店危機を乗り越えて近づいた距離。
今では舞姫さんが気になる存在ではある。
「分かった。そこまで言うなら私も悠クンの協力をしてあげる」
「マジで……?凛子が俺に協力的なのも怪しいな」
「私的には敗北してくれる方が面白いけど」
「それ、全然協力的じゃないじゃん」
凛子は 無愛想だが、控え目な性格ではない。
それとなく本人から情報を聞き出してくれるのではないかと期待する。
「それにしても、悠クンが恋の悩みを私にするなんて人選間違えてない?」
「その辺の自覚はあるのな。小桃さんにすれば笑われて邪魔されるだけだ」
「……それはないと思うけど。だって、姉さんは悠クンのこと……ううん、何でもない」
彼女は首を横に振ると何でもなかったとばかりに立ち上がる。
時計を見れば、いつのまにか昼休憩も終了の時間だった。
昼からの授業は調理実習だった。
家庭科の授業ってのはつまらないが、こればかりは楽しみになる。
女子の手料理を食べられるのっていいじゃん。
隣のクラスと合同でするらしく、舞姫さんに凛子が何か情報を引き出すように頼んであるのだ。
ついでに言えば彼女の手料理も食べたい(願望)。
ちなみに女子が調理実習なのに、男子は関係ないとばかりに家庭科の課題のプリントをさせられるという……。
あー、面倒だ、本当に面倒だ……ぐぅ、あまりに暇なので昼寝中。
そうして、俺が睡眠を終えた頃にはクラスには実習を終えた女子が戻ってきていた。
「速水君、これは私が作ったの。あげるよ」
「おぅ、サンキュー。女子の手作りってだけで俺は嬉しいね」
クラスの女子から出来たばかりのクッキーをもらう。
今日の実習はクッキー作りか。
凛子にはよくバカにされるが、こうみえても俺は女子からの人気はそれなりにあるのだ。
元サッカー部のエースの人気をなめるなよ。
「……凛子、お前も実習で料理をしたのか?」
教室に帰ってきた凛子はぐったりと疲れ切っている。
彼女は料理が下手なので、かなりお疲れの様子だ。
「頑張った、努力はした。出来上がりは……見てない」
「……その手に持っている黒い物体か。小桃さんに食べてもらえ。泣いて喜んで食う」
本当の意味で泣いてそうだけどな。
さすがにアレを食べるのは俺としては無理だ。
小桃さんなら無理しても妹の手作りクッキーは食べるだろう。
ホント、凛子は料理という作業をする事を諦めているからな。
「実際、料理なんてものは向き不向きがはっきりと分かれるものだからな。苦手なのは仕方ないさ。気にするなよ、凛子」
「悠クンに慰めてもらうようじゃ世も末、我が身の不覚……」
「慰めただけで何て言い草だ。もういい、拗ねるぞ」
「男が拗ねても可愛くないから引っこんでいて」
……最近、凛子が俺に対してまったく容赦なくなってきたのは気のせいか?
しかしながら、凛子はある情報をちゃんと手に入れてくれていた。
「あ、舞姫さんのことだけど……西高の貴也って人との関係を聞いてきた」
「何だとっ!?そ、それでおふたりはどのような関係ですか?」
まさに核心、それが俺は知りたかったのだよ。
「……何ていうか、悠クン、本気で諦めた方がいいかも」
ガーンっ、凛子に本当に同情される視線を向けられた。
舞姫さんと貴也の関係は恋人か否か。
俺的にはせめて幼馴染だったというオチを希望。
それが叶わぬのなら、中学の同級生で、せめて、顔見知り程度で……。
「覚悟完了。実際にどうだったんだよ?」
「うーん。本当の関係はよくわからない。直接尋ねたわけじゃないから間接的な意味でだけど……小さい頃から一緒にいた間柄みたい。仲がいい相手だって言葉のニュアンスから感じ取れた」
「お、幼馴染なのか?そうだ、従兄弟という可能性は?よくあるオチだろ?なぁ?」
俺が凛子に詰め寄ると嫌そうな顔をして、
「こっちに顔を近づけないで、怖いから。従兄弟とかそういう雰囲気はなし。大体、私はこの間見ただけで相手の事は知らない。そっちの方が詳しいでしょ」
俺は対戦相手としてしか知らない。
プライベートの事なんて知るわけない。
もうダメだ、これは確実にマズイ……俺の未来に可能性はあるのか!?
そんな風にしょげながら放課後を迎えてバイト先へ向かう。
失意のどん底に突き落とされつつアルバイトを続ける。
「……どうした、速水。顔が死んでるぞ、失恋でもしたか?あいにくとうちの店は失恋休暇なんてものは存在しない」
「失恋休暇ってネタじゃなくてホントにあるの?都市伝説でしょ」
店前の掃除をしていると、店長に心配されてしまう。
ギャグ抜きで心配されるとマジで凹むわ。
「まだ、終わってない。男には戦わねばならない時があるんだよ、店長」
「空元気でも何でもいいが仕事しろ。舞姫が呼んでるぞ。そろそろ、店の閉店時間だ。後片付けをしてくれ。店が忙しくなったのはいいがやることが多くてな。コーヒーの豆が切れた、これから買いに出かけてくる。舞姫に預けてるから、店のカギは閉めておいてくれ。じゃぁ、また明日」
店長はそのままコーヒー豆の仕入れに出かけてしまう。
時刻を見ると、夜の9時前……まもなく喫茶店「マリーヌ」も閉店だ。
事務所には舞姫さんが待ってくれていた。
「あっ、悠さん。その、これをあげたくて。今日、学校の調理実習で作ったクッキーなの。ふふっ、もうすでに他の女の子からもらっちゃったかな?そちらのクラスの女子で悠さんにあげたいって子が結構いたもの。さすが人気者だね。なんて、私もそのひとりなんだけど」
俺はそのクッキーを手渡されてものすごく嬉しかった。
地獄から天国へ救い出された気分だ、これっていわゆる恋愛フラグっしょ?
俺にもまだ可能性があるってことだな、とわずかな期待を抱く。
「ありがとう、舞姫さん。美味しそうなクッキーじゃないか」
まさか彼女からもらえるとは思っていなかったのでテンションMAX。
そのまま俺はさっそく一枚のクッキーを食べるとサクッという音をたてる。
「……美味しいな。程よい甘さがいいよ、舞姫さん。さすが料理も上手なんだ」
「よかった。美味しいって言ってもらえて。これなら貴ちゃんにも……」
「――貴ちゃん?」
彼女の口から思わず出た一言に俺は再び地獄行き。
何さ、その親しげな呼び名は。
「え?あ、えっと、その……何でもないよ、うん。美味しかったらそれでいいの」
彼女は慌てて否定するように俺に言うのだ。
くっ、やっぱり、貴也という男との関係を本気で突き止めなければいけないのか。
俺の中で彼女への気持ちが強くなるのと同じくらい、貴也に対してのライバル心も芽生えていく。
確実に相手に会えるのは今週の日曜日か。
南岡の話だと、うちの学校と西高とのサッカーの練習試合があるらしい。
舞姫さんと貴也の関係、そこで絶対に明らかにさせてみせる。
……マジで恋人関係だったら枕を涙で濡らすだけだ。