第11話:気になる相手《前編》
【SIDE:速水悠】
喫茶店の経営状況は好調に盛り返して、バイト開始から1ヶ月を無事に経過。
7月も中旬になり、あと少しで夏休みが近付いていた。
「ふわぁ、凛子。まだ服は決まらないのか」
「あと少し。これとこれで迷い中。悠クンはどちらがいいと思う?」
「ゴスロリ系の服装って白と黒が基本だろ。俺から見ればどちらも同じ服に見える」
本日は日曜日、凛子とふたりで繁華街へお買いものをしていた。
店の人員が増えたことで余裕ができ、俺たちも今週は日曜日が休みだった。
初めてのアルバイト代が入ったのでそれぞれ服を買いに店に入ったものの、凛子が悩み中なのだ。
元々、凛子は好んでゴスロリ系と呼ばれる服装を着る。
他人から見れば同じようなデザインの服でも違うという事らしい。
「悠クン、決まった。どちらも買うことにする」
「それなら、さっさと店から出よう。どうにも女性の服屋っていうのは男には視線等で居心地が悪くてな」
俺は荷物持ちも兼ねているので、買い終えた服を持ってやる。
服選びに時間をかけたわりには結局、二つとも買うとは凛子らしい。
「それにしても、暑いなぁ。この天気だと外を歩くのも辛い」
「……あれ?」
「どこか店にでも入りたいのか?言っておくが、喫茶店マリーヌはやめてくれ。休日まで店長の顔を見るのは微妙な気分だ」
凛子が何かに気づいたらしく声をあげるのでそちらを向いた。
「……違う、アレを見て」
彼女が指をさした方向には某有名ドーナツ屋がある。
繁華街にあるお店の一つだが、それがどうかしたのか?
「何だ、ドーナツでも食べたいのか?100円セールだっけ。それとも新作ドーナツでも出てたか?あの店のドーナツは時々、方向性が分からないものがあってな」
「違うってば。そのお店の中、左端の席の方を見て」
彼女に言われるがままに視線をずらしていく。
ガラス張りのお店なので、店内がよく見える。
その左端の席には見慣れた人が座っていた。
「あれは舞姫さんか?彼女も休日何だから遊びにきていてもおかしくないだろ」
お店の中にいたのは舞姫さん、私服姿もよく似合う。
美少女は何をしても絵になるねぇ。
近くに来たついでに声でもかけていこうか。
俺が近付こうとすると凛子が俺の服を引っ張る。
「待って!ストップ、止まれ、動くな、停止せよ」
「言葉の意味が重複しまくってるな。で、何だよ?」
「……彼女、男の人と一緒にいるからやめた方がいい」
「――ナンデストッ!?」
慌ててそちらの方を確認、確かに誰か男性がいるようだ。
ハッ、もしや彼氏とか……いや、交際している相手はいないと言っていたはずだ。
となると、一体どこのどなただ?
密かに舞姫さんに対して興味&好意を抱きつつある俺としては非常に関心がある。
仲よさそうにお話しするふたり。
昨日、今日出会った相手ではなさそうだ。
相手の顔が見えないので分からないが、同世代の男のようだ。
うーむ、これは気になるぞ。
「よしっ、もう少しだけ近づいてみるか」
「人の恋愛事を邪魔するのはダメでしょ」
「恋愛事って決まったわけじゃないだろ。ただの男友達かもしれない。もしくは……いや、この考えはよそう。男友達、中学の同級生、そうに決まっている。舞姫さんに限って恋人などでは……」
「何で、悠クンがそんなに強く否定するの?」
ごもっともな意見だ、心中複雑って事にしておいてくれ。
ここからではよく見えないので近くまで移動する。
そして、ようやく相手の顔が見える位置まできて、俺は男の顔を見てさらに驚かされた。
「アイツは確か……」
「ん?相手の男の子の事を知ってるの?」
「知ってるも何も、サッカー部だった時の相手校のエースだよ。県大会の決勝戦で戦った観郷西高校のエース。西高の貴也(たかや)って呼ばれていた。俺と同じくイケメンで女子に人気だった男だよ」
俺も戦った事がある男で、決勝戦では彼の実力に俺はわずかのところで敗北している。
同い年でテクニックがかなりある相手で、個人レベルならば全国クラスではなかろうか。
「……残念ながら悠クンの負け」
「なぜに敗北宣言!?俺、まだ勝負もしてないよ?」
「だって、容姿も性格も存在すらも相手の方が上っぽいから」
あー、俺の心を平気で折る台詞を……。
可愛い顔してやること荒いお姉さんと姉妹だと嫌でも思い出させてくれる瞬間だ。
俺は軽く拗ねつつも、凛子に責められる痛みに耐える。
「舞姫さん、何だか楽しそうだし、長年の付き合いのある相手じゃない?」
「だろうなぁ。……あっ、も、もしかして、あれか!?」
俺にはひとつだけ心辺りのある男を思い出す。
舞姫さんの片恋相手、前の潜入捜査で元マリーヌ店員が話していた奴だ。
情報を整理すると、舞姫さんには片恋相手がいて、その相手を何年も想っているということ。
それこそが、あの“西高の貴也”と恐れられるエースストライカーだったのか。
ちくしょー、ムカつくが実力を知っているだけに反論できねぇ。
「……悠クン、行くよ。悪い事は言わない・舞姫さんの事は諦めなさい」
「凛子に慰められると余計に辛い。まだ交際してるって決まったわけじゃない」
「諦めの悪いこと。悠クンは無駄に自分のハードルをあげる恋をするね」
「何事もあきらめないが信条だからな。ていうか、まだ恋っぽいってだけで、舞姫さんが好きだというわけでは……はぁ」
さすがに幼馴染だけあって、俺の気持ちなど丸わかりといったところか。
実際に好きかどうかはまだ自分の中では未確定なのだけど、気になる相手なのは確かだ。
「……悠クンの恋はどうでもいいから、別のお店に入ろう」
「俺って本当に凛子の中の評価が低いんだな。今のは普通にへこむわ」
凛子にいじめられながらも俺たちはその場を移動することに。
俺は去り際にもう一度彼らを見ると、舞姫さんは笑顔をその男に見せている。
「恋はハードルが高い方が燃え上がるってか。貴也はサッカーのライバルでもあり、恋のライバルにもなるのか」
「……サッカーをやめてる時点でライバルじゃなくない?ライバルだとしても、負け確定な気がする」
「い、言うな。言葉にされると傷つくんだぞ」
気になるところだが、実際はどうなのかが不明だ。
俺たちはそのままその場を去り、しばらく繁華街で遊ぶことにした。
舞姫さんに明日にでも聞いてみるとしようか。
翌日、俺はバイトが一緒だった舞姫さんに話しかけてみる。
いつもと変わらない様子、ここはどう切り出すか。
「なぁ、舞姫さん。サッカーって興味ある?」
「サッカー?あ、うん。見るのは好きよ。私の弟がサッカー部だから少年サッカーの応援に行ったこともあるし。それが何?」
「そうなんだ。ちなみに聞くけどさ、舞姫さんって……彼氏とかいないの?」
「えっと、前にも言ったような気がするけど、恋人はいないよ。付き合うとか、まだ私には早いと思うから。こ、この前の先輩が話していた事は気にしないでね。あの人の冗談だから。気にしちゃダメよ」
うまい具合にはぐらかされてしまって、貴也とどういう関係なのか分からずじまい。
しかしながら、凛子がいい情報を手に入れてくれた。
それは西高のサッカーの試合が来週の日曜日にあり、舞姫さんが応援に行くらしい。
ますます怪しい、片恋相手なのは確実なようだが、実際はどうなのだろう?
うーむ、知りたいような知りたくないような。
俺は複雑な心境を抱いたまま舞姫さんの横顔を見つめていた。