第10話:新装開店、反撃開始!
【SIDE:速水悠】
喫茶店「マリーヌ」が新装開店することになった。
店長も無事に退院してから次の日にはリニューアルオープン当日だ。
その日は土曜日、朝から俺たちは全員が集合していた。
昨日の夜遅くまでかかった準備も終わり、今日はついにマリーヌは生まれ変わる。
親父のおかげでパティシエ達の腕は抜群に向上、出来上がった新作ケーキの味もいいレベルにまであげることができた。
ウェイトレスの凛子は接客練習も無事にこなしており、態度の面において少し課題が残るが、それも経験で何とかなる。
店内の改装も終了、新装開店の告知も数日前からの駅前のビラ配り等で済んでいる。
やるべきことは全て終えた、あとはこの店がどうなるのか楽しみだ。
「――準備完了、反撃開始と行きますか」
珍しく悲愴感を背負わずやる気をみせる深井店長。
「やる気だねぇ。店長、普段からそのやる気をもっと見せろと言いたい」
「うるせっ、速水。僕は今まで本気を出していなかっただけだ。本気を見せてやるさ」
「……それ、負け犬のセリフだから」
相変わらずの店長だった。
それにしてもこの店内のイメージががらりと変わった。
「元々この店は先代のオーナーの趣味で作られた店だったからな。それを僕が引き継いたんだ。そろそろリフォームするつもりではあった。しかし、改めて店の雰囲気を変えると10年の月日を過ごした店だけにさびしくもあるな」
内装のリフォーム予定が近日中だったこともあり、すぐに工事も開始できたわけだ。
新しくなった店内はフランス風をイメージした内装のコンセプト自体はあまり変わっていない。
だが、照明は格段に明るくなったし、壁紙を変えたこともあり、古臭いイメージも払しょくしている。
以前に比べればこちらの方が段違いにいい。
前の店はこだわり過ぎて、人を選ぶような雰囲気だったからな。
「なぁ、店長。何でウェイターの服は変わってないんだ?」
「予算の都合で、そちらにかけるお金がない。野郎の服装なんて誰も気にしてない。気になるのは女性陣だろ?」
さも当然と言われるがちょっとだけ気にしてます。
別にいいけどさ、気分の問題じゃんかよ。
女性用のウェイトレスの衣装は対メイド喫茶用にと可愛い系の服に変わっている。
「メイドやら、コスプレやらで相手に媚びる接客に興味はないが、これくらいなら許容範囲内だろう。可愛いウェイトレスってだけならお前の案も採用した。過剰なサービスは禁止だが、これくらいは許容範囲だ」
……本当ならここで接客スタイルもメイド喫茶風にしたかった。
それは女性陣の大反対により、提案して即却下されました。
まぁ、そういうお店じゃないから仕方ないけどね。
問題は客入りなんだよなぁ。
これだけ準備万端でも、いざ来てくれるかといえばそう単純な話ではないわけで。
「まもなくオープンだ。期待しようじゃないか」
意気揚々と挑む店長、起死回生となるか。
喫茶店「マリーヌ」の運命を決める一日が始まる……。
新装開店、西洋風喫茶店「マリーヌ」の反撃開始……あれから1週間が経過した。
喫茶店マリーヌがどうなったか、というと……。
「……いらっしゃいませ。3名様ですか?席にご案内します」
凛子は相変わらず無愛想だが、その辺がなぜか受けている。
世の中のお兄さん方の趣味は分からないものだ。
今では舞姫さんと一緒にこの店の人気ウェイトレスになっていた。
「お待たせしました、ケーキセットのご注文の方は?」
舞姫さんは完璧な接客と笑顔がベリーグッド!
俺もぜひ、ひとりの客として接客してもらいたい。
新装開店から一週間が過ぎて、店の状況は一変していた。
前なら時間帯によれば客がひとりもいなかったが、今ではほぼ一日中、それなりのお客で賑わうようになっている。
メイド喫茶とケーキバイキングに奪われてた客層をほぼ取り戻しつつある。
店長はものすごく上機嫌、マリーヌさんに褒めてもらえているらしい。
この調子が続けばこれから先も安心していられるだろう。
勝因は何と言っても、ケーキの味で勝負したことだった。
パティシエさんたちの腕の見せ所、やっぱり、プロの職人っていうのはすごいな……これは素直にびっくりした。
もうひとつの勝因はやはりウェイトレス効果だ。
凛子を含めたウェイトレスの女の子たちは美少女揃いだ。
男性客も呼び戻す事ができてきたようだ。
「この調子でいけば立て直せる。ふははっ、これでマリーヌに怒られずにすむ」
「一過性のブームみたいに沈まなきゃいいけどな」
「てめぇは僕のテンションを下げるような事を平気で言うな。これだけ出費してまた潰すようなことになった僕の命がない。リアルで危ない」
店長もマリーヌさんのご機嫌伺いで必死らしい。
ああいうのを見てしまうと、気が強い美女を嫁さんにもらう事に躊躇せざるをえない。
「赤字経営はとりあえず、脱出ということでいいじゃないか」
こればかりはどうしようもない、うまくいくことを望むしかない。
それよりも俺にはどうしても言わせて欲しい事がある。
「店長、言っておきたいことがある」
「ふむ、面倒だが聞いてやろう。何だ?」
「……いつになったら俺がウェイターとして店に出られるんだぁ!!」
そうなのだ、非常に不愉快なことなのだが、新装開店以来、俺はまだ一度も接客していないという驚愕な事実。
常に在庫整理と皿洗いに雑用、その他もろもろ(暇な時の店長の話し相手等)。
まったくもって、俺の役目はどこにある!?
「うるさいやつだなぁ。お前の役目は最初から雑用って言ってるだろ」
「……まさか本当にそのために雇ったのか」
「大体、女性客は本格的なケーキ狙いで、男性客は美少女ウェイトレス狙いで来てるのに、男のお前を店に出しても大した効果はない。大人しく皿洗いをしろ。次はその皿の山を洗うんだ。綺麗にしろよ、お前は雑に洗うからな」
うぅ、俺はこんなことをするためにこの店に入ったわけじゃないんだ。
俺の目的は……出会いだ、人と人との出会いなのだ。
店でウェイターをしていれば、彼女候補になる相手が見つかったりなんかして……と淡い期待をしちゃっていたことも事実。
それなのに、ここまでまったくもってその気配がない。
俺は皿洗いをしながら店長にビシッと言い放つ。
「いいか、店長。俺をなめるな、俺が店に出れば女客のひとりやふたり、いい感じに落として見せる。それが俺の本当の姿だ」
「そんな妄想はさておき、皿洗いが終わったら店の前の外を掃除してきてくれ」
「……無視かいっ!?」
「いや、だって、お前って容姿はそれなりにいいが、年上の女性客にモテるタイプじゃない。需要ないだろ?」
ガーンっ、微妙な事を店長に言われてしまった。
そんなバカな、近所でイケメンとして人気者と評判のこの俺が……。
ここは汚名返上、名誉挽回しなければいけない。
ちなみに汚名挽回って言葉、実は誤用じゃないんだって最近知りました。
俺は白い泡の付いた皿を流し場において店へと出る準備をする。
「需要を見せてやるから俺を店内へ投入してくれ。俺も働いてる実感が欲しいんだよ」
説得から数分後、店長から許可が出て、ようやくお店に出られようになった。
単純に舞姫さんが休憩するからその代わりなんだけど。
「それじゃ、選手交代。舞姫の代わりとしては不足だが行って来い」
「その言い方が気に入らないが、行ってくる。3分もあれば、女性客を存分に口説き落としてきてやる」
「……絶対に無理だと思うが。言っておくが、下手にうちの店の評判を落とすな」
俺は新たに入店してきた女性客に満面の笑みを浮かべて接客する。
調子にのって会話してみると相手はにこっと笑みで言葉を返してくれる。
「――ずいぶんとナンパな店員もいるのね、悠ちゃん。とりあえず、まぁ、席に座れや」
この聞きなれた魔王の声、もしや……いや、そんなバカな。
俺はハッとその相手の顔を見て愕然とさせられる。
「え、あ、えっ!?こ、小桃さん……。こ、これは違うんです、本当に、あの、ねぇ?」
「言い訳はいいから座れ。お話をしましょう、悠ちゃん(にっこり)」
席に座っていたのは俺の天敵である小桃さんではないですか……。
人生、オワタ\(^o^)/。
小桃さんに捕まった俺は説教を受ける羽目に。
うぅ、初回からとんでもない相手に捕まってしまった。
「……つまり、悠ちゃんが調子に乗ってただけで普段からナンパはしてない、と?信じていいの?」
「はい、そうです。まったくもってしてません、です」
「ホントかしら。次に下手なことをすると凛子ちゃんを返してもらうからね。変な店で働かせるわけにはいかないわ」
今の現状で凛子に抜けられると非常に困ります。
俺は必死に平謝りして、ここを何とか乗り切れる。
「で、凛子ならそこにいるけど、声をかけないの?」
「あのね、お仕事中の凛子ちゃんを困らせてどうするの。私はただ、ケーキが美味しいって評判だから来てみたの。凛子ちゃん狙いならとっくの昔に来てるわよ。あくまでもケーキ、そうよ、ケーキが食べたいの」
凛子から出来る限り、来ないでほしい(恥ずかしいため)と言われたそうだ。
律義にその言葉を守っていた彼女だが、そういう名目で来たわけか。
あくまでもケーキ狙い(凛子目当ては明らか)なのでケーキセットを注文してくる。
「……凛子ちゃん、頑張ってるわね。健気だわ、さすが私の凛子ちゃん。この場を完全に支配している。見事なものねぇ」
小桃さんの過剰なフィルターなしでも、それは言えている。
何だかんだで凛子効果はあるわけで、あの独特の雰囲気が受けいれられている。
「悠ちゃんも頑張りなさいよ。今と同じく雑用係として……」
「そっちかい。俺もウェイターとして頑張りたい。出会いが欲しいのです」
小桃さんは凛子に温かな視線を向けている、何だかんだで心配なんだろうな。
しかし、一人の命知らずな男性客が凛子に「彼氏とかいるの?」とナンパな発言をした。
即座にその男に詰め寄ると小桃さんは威圧感たっぷりの声で――。
「――おい、そこの兄ちゃん。可愛いウェイトレスに何をしてるのかしら。ちょっと頭を冷やしてあげよっか。ん?」
貴方はどこの●クザの姐さんですか、さすが魔王、迫力ありすぎるわ。
その暴走行為に俺は慌てて小桃さんを止めに行く。
「待て、激しく待て、小桃さん。ここはお店だ、流血沙汰はさけてくれっ!?」
そんな●●未遂が起きたりして、こちらとしても騒動を治めるのが大変だった。
あの人は本気で●●しかねない、ていうか、マジであぶねぇ。
とにもかくにも、店は何とか無事に新装開店を迎えて反撃開始していけそうだった。