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第9章:切り札の条件

 本日は日曜日、お昼過ぎに俺たちは病院にいた。

 店長が入院してから数日、手術も終わったそうなので見舞いに行くことにした。

 新戦力の凛子も紹介したいので連れてきた。

 俺は舞姫さんと凛子と共に病室を訪れる。

 

「……深井店長は盲腸で倒れたって言ってたけど、あれって痛みを我慢する事で悪化するんだろ?」

 

「そうね。店長って悠さんと話しているときは感じないかもしれないけど、ちゃんと責任感もあるいい店長なのよ」

 

「いい店長ねぇ。俺は付き合い浅いからまだ知らない事が多い」

 

「そのわりには店長と張りあったりしてるじゃない?」

 

 なぜか、彼には俺も話しやすいというか付き合いやすいというか。

 ついタメ口になってしまうあたりが悲壮感店長なのだけども。

 

「おっ、ここが病室だな。入ってみるか」

 

 俺たちが彼の病室前について、部屋をノックしようとする。

 だが、その病室から響く叫ぶ声。

 

「た、助けてくれ……殺される、うぎゃー」

 

「こらっ、動くな。せっかくのこの私がやってあげてるんだから」

 

 ……何だ、中で何が起きているのだ?

 救援を求める店長の声と、マリーヌさんの声だろうか。

 俺たちはノックをして「どうぞ」という返事をもらい扉をあける。

 そこにいたのはヒゲそりを持ったマリーヌさんと、それを必死に避けようとする店長の姿、一体、どういう光景なのだろう?

 

「もしや、お取り込み中か……それ何ていう大人のプレイ?」

 

「そういうんじゃない。危うく、殺害されることろだったんだ」

 

「……失礼ね。ヒゲをそりたいっていうから、私が剃ってあげただけよ」

 

「ヒゲそりを平気で首筋に当てるような人は信頼できません」

 

 マリーヌさんの冗談か、本気かはともかく彼にとっては危機的状況だったらしい。

 

「一応、お見舞いに来てみたんだが……?」

 

「おおっ、そうか。来てくれたか。待っていたぞ」

 

「倒れた時は私も驚きましたよ。無事な様子でなによりです、店長」

 

「手術で無事に切除、今は別に切らなくても薬で治るらしい。今回は手術の方で完治させたがな」

 

 ただし、薬で治療できるのは初期で、今回のように緊急入院だと手術の方が確実らしい。

 

「そうだ、店長。俺達になりに考えて、新しいウェイトレスを探してきた。可愛い子だ。アンタ好みの女子高生だがいいよな?」

 

「ば、バカっ。マリーヌの前で何てことを……」

 

「……へぇ、可愛くて美人なウェイトレス候補。しかも女子高生」

 

「マリーヌ、そこに反応するな。お店に必要な人材として、という意味であって個人的な意味はない。分かるだろ、マリーヌ。変な誤解はやめてくれ!?」

 

 慌てて否定する店長に静かにマリーヌさんは微笑みを見せる。

 

「――その件についてはまた後でお話しましょうか?」

 

 その笑みがどこか冷たくて怖く感じるのはなぜだ。

 悲愴感店長はこの後に待つ悲惨な自分の未来を想像してか、へこんだ様子だ。

 哀れだが自業自得、こちらとしてはあまり気にしない方向で話を進める。

 

「おーい、本題に戻ってもいいか?この子が、俺の幼馴染で林原凛子って言うんだ。彼女をお店の新ウェイトレスとして採用でいい?」

 

「即採用だ、認めよう。林原さん、よろしく頼むよ」

 

「林原凛子です……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 笑みの一つすら浮かべない無愛想な性格をどうにかしろ。

 凛子よ、これも一応試練なのだぞ。

 昨日から小桃さんと一緒に爽やかな笑顔の練習をさせているのだが、効果は低いようだ。

 

「んで、こっちがお見舞いの品というか、適当に貰ってきた」

 

「……もらう?何だよ、この箱……って『パティスリー HAYAMI』のケーキじゃないか。駅前の人気店のケーキ。列に並んでまで買ってきてくれたのか。ていうか、僕はまだ食べられないからただの嫌みか、てめぇ」

 

「おうよ、ただの店長に対する嫌がらせだ。で、マリーヌさんもどうぞ。皿とフォークを持ってきてるので」

 

「ありがとう、速水君。気が利くのね」

 

 俺たちは食事制限のある店長の前でケーキを出す。

 

「……それにしても、よくこの店のケーキが買えたわね。あのケーキ屋さんって店長はよくテレビにも出るくらいに有名なパティシエさんでしょ。いつも長蛇の列で並ぶ気になれないお店なのよねぇ。……あら?」

 

 そして、マリーヌさんはどうやら何かに気づいたらしい。

 

「どうした、マリーヌ?何なら僕もケーキを食べてもいいか、看護師さんに聞いてきてくれ」

 

「貴方はしばらくはダメ。さらに言えば……私に命令するな、己の立場を知りなさい」

 

 店長は「ご、ごめんなさい」とケーキも食べられずに拗ねていた。

 いや、作戦通りではあるのだが、ある意味同情してしまう。

 

「そうじゃなくて。もしかして、パティスリーHAYAMIって、速水君のご実家だったりするの?名前が同じだけと思ってたわ」

 

「えぇ、一応、俺の親父が店長をしています。世間では人気パティシエって言われてますね。小さい頃は親父の菓子職人の修行でフランスに住んでたこともありますから。フランス語は喋れませんけど」

 

 だから、喫茶店マリーヌはフランス風って意味では俺も気に行っていたのだ。

 とはいえ、フランスに住んでたのは5、6歳の頃までだが。

 そのあと日本に帰ってきて、小桃さんや凛子と幼馴染の関係になった経緯がある。

 ……残念ながらフランス時代の記憶は子供だったこともありほとんどないけどな。

 

「何だと!?あの超人気ケーキ屋のパティシエはお前の親父さんか。何たることだ」

 

「それは私もびっくりしたかも。悠さんのお父さんってすごい人なんだね?」

 

 店長や舞姫さんは本当にびっくりとした顔で言う。

 俺の親父は人気パティシエでテレビや雑誌にもよく紹介されている。

 ちなみに、パティスリーとはケーキ屋という意味のフランス語だ。

 うちの実家から離れた場所に店があり、いつも商売繁盛の活気をみせている。

 とりあえず、店長を除くそれぞれにケーキを手渡す。

 

「ほら、凛子。お前の好きなメロンSPだぞ。これ好きだよな?」

 

「……うん、大好き。メロンクリーム最高」

 

 凛子が好きなのはメロンSP(正式名称、メロンショートケーキSP)と呼ばれる生のメロンを贅沢に使ったケーキだ。

 彼女の好物でもあり、ケンカしてもこのケーキを持っていけば必ず許してくれる。

 

「ははっ、凛子は俺の事も好きだよな?」

 

「それは、微妙……?」

 

 ついでに聞いてみた質問にグサッと俺は心に刃が突き刺さる。

 

「なぜに!?俺とお前の仲だろう。その理由を明確に5文字以内に述べよ。事と次第によっては戦争だ」

 

「……悠クンは“エロいから”苦手。以上」

 

「なるほど、それは否定しないな」

 

「……え、そこは否定しないんだ、悠さん。私的には否定してほしかったわ」

 

 隣であきれた様子で舞姫さんが言う。

 だって、自分でも言うが俺からエロを抜けば何も残らん。

 エロさは男のエネルギーの源なんだぜ!

 女性陣の前で話すべき話題ではないけどな。

 

「というのは、凛子の冗談で、そう言いながらも実は俺の事を好きなんだよな?」

 

「悠クン、妄想お疲れ様です」

 

「全否定っ!?俺の存在意義って、幼馴染として凛子にどう思われてるのだろうか」

 

 凛子にそうまで言われてしまうと俺も落ち込む。

 お気に入りのチョコレートケーキを食べながら俺たちは本題へと入ることにした。

 

「それで、お店の改善策なんだけど、正直良い手は思いつかん。というわけで、それぞれの質を少しでもあげようって思うんだ。接客だったり、ケーキの味だったり。スキルアップは必要だよな」

 

「……現実的な案だな。戦力にならないお前に言われるのはアレだが」

 

「戦力外通告!?まともに考えてやってるのにひどい言いぐさだ。本気でアルバイト先を変えてやろうか」

 

 げんなりする俺を「必要な戦力だよ」と舞姫さんは慰めてくれる。

 

「というわけで、切り札登場だ」

 

「切り札?速水、なんかいい策でもあるのか?」

 

「お店のパティシエさん達を親父の店で研修させてあげてもいいって。今日から店の再開するまで、新作ケーキ作りを含めて、うちの親父が直々に指導してくれるって話だよ」

 

 それには皆が黙りこむ。

 わずかな沈黙の後、驚いた声がそれぞれからあがる。

 

「お、おいおい、速水?それはマジか?お前の家の店ってかなり人気店で修業なんてさせてもらいたいからさせてくれる店でもないだろ?」

 

「普段ならお断りらしい、俺ですら店ではアルバイトをさせてもらえないくらいだし。でも、今週は別に大きな予定がないからって受けてくれた。元々、腕はいいんだからこの数日間でもっとうまくなれると思う。ケーキの味で勝負できれば、少しは前に進めると思うんだ」

 

 実は昨日の夜に俺は親父に相談してみたのだ。

 他店に雰囲気で負け、量で負けているのなら、味と言う質で勝負するしかない。

 アルバイト先の店がつぶれそうな事情を説明して、経営者としての意見を求めた。

 この世の中、そんな素人考えの甘い考えなんて通らないのは分かってる。

 経営をしている人間に直接話を聞いてみたかった。

  

『というわけなんですけど、父さん。どうやったら改善できると思いますか?』

 

『難しい問題だな。赤字の店を黒字に戻すっていうのは簡単ではない。けれども、そうやってスタッフが中心になって何かを変えていく姿勢って言うのは評価はできる』

 

『……父さんのお店みたいに美味いケーキがあれば、対抗できるとは思うんです。お願いがあります、父さん。少しでもいいから、協力してもらえませんか?』

 

 親父に頭を下げて、何か頼みごとをするのはあまりないことだ。

 結果として、親父は俺達に協力してくれることになった。

 こちらの事情に関係ないのに今回の件に協力してくれた親父には感謝している。

 

「それはすごいな。いや、素直にお前にも礼を言わせてもらう。ありがとう、速水。僕も退院した、すぐにもそちらの親父さんにも挨拶にいこう。いや、まずは電話で挨拶だな。電話番号を教えてもらえるか?」

 

「おぅ。俺達にできる事ってこれくらいだ。後は、店長が考えてくれ」

 

「いや、正直、お前がこれだけの事を考えてくれるとは全然、微塵も期待していなかった。発想は想定内の事だが、十分、現実的な案だ。すごいぞ、速水。今、初めてお前を採用したことを良かったと思えた」

 

 店長は俺の案を採。

 こうして喫茶店マリーヌは新しく生まれ変わる事になる。

 新装開店、反撃開始となればいいのだけど、どうだろうな?

 そう簡単にうまくいくものではないのは百も承知だが、やってやれないことはないと信じてる。

 

「ねぇ、悠さん。気になってる事を聞いてもいい?どうして、アルバイトを探すとき、ケーキ屋さんという選択肢はなかったの?」

 

 ……うぐっ、き、聞いてはいけないことを。

 舞姫さんの言葉に答えられない俺に代わって凛子が答える。

 

「悠クンって、おじさんの前だと小さい頃から厳しく育てられてきているから、礼儀正しく、人が変わったみたいに大人しくなるの。見てるとまるで別人、むしろ、あちらが本性?どちらにしても、本来の自分を出せないから嫌なんだって」

 

「や、やめれ、言わんといて」

 

「お父さんを前にすると敬語口調だよね?あれが悠クンとは未だに思えない」

 

「そうなんだ?悠さんって普段はふざけてるのに実は真面目系……?」

 

「そ、それ以上は俺のキャラクター性が失われるので追求しないでくれ!?」

 

 俺がおとなしいのは親父の前だけなのだ。

 アレはいろんな意味で染み付いたものがあるんだよー。

 親父は怖いが、尊敬もしている……そういうことにしておいてくれ。

 

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