プロローグ:いつか本気を出す
【SIDE:速水悠】
「本気を出せば俺は誰にも負けやしないっ!。チームが負けたのは俺が本気を出さなかったからだ。次こそは……あっ、おい、人の話は最後まで聞けよ」
「どうでもいい話はこれまでだ。とりあえず、お前、もう来るな。今回の責任はすべて、お前だ。このサッカー部にお前は必要ない」
「んだとっ!?アンタが言える口か!大した活躍もせずに司令塔気取りが……」
運動場で睨みあう俺は目の前にいる男に掴みかかる。
相手は以前から仲の悪かったサッカー部の部長。
大した能力もない、偉そうに指示するただの口だけ野郎がこいつだった。
気に入らないのは相手も同じ、すぐに喧嘩に乗ってくる。
「……この野郎っ。言わせておけばっ!」
相手も反撃して俺の頬を殴り、その拳に俺は顔をゆがめる。
「やりやがったな、てめぇっ!」
「ちょ、ちょっと待て!それ以上はやめろって」
周囲の連中が俺達を止めるがそれぞれの苛立ちは止められない。
取っ組み合いの喧嘩になりながら俺は勢い言い放つ。
「もううんざりだ、俺は部活をやめてやる」
「待てよ、悠。せっかくここまで来たのに。お前に抜けられたら……」
「こんな部長の下でやるつもりはない。俺は決めたんだよ」
俺は部長をお返しとばかり殴り飛ばした。
「ぐはっ……ゆ、悠っ!この僕を殴ったな、親父にも(定番名台詞)」
「これで一発ずつだろ?この辺でやめといてやるよ。とりあえず、県大会準優勝って結果を残せたんだ。ここでそれをふいにするほど俺はそこまでバカじゃない」
お互いに直撃は一発ずつ。
下手に騒いで謹慎処分を避けたいと考えられるほどは冷静さを取り戻していた。
それにこれ以上の騒ぎは他のチームメイトに迷惑をかける。
「……俺はやめる。俺抜きでこれだけの結果が出せると思うなよ」
「お前なんていなくてもうちのチームは十分強い。むしろ、チームプレイがダメな単独主義者がいなくなってせいせいする」
「ほざいてろよ。てめぇがキャプテンでいる以上、このチームも終わりだ」
俺はそう呟くとその場から身をひるがえし、チームメイトには頭を下げた。
この部長は気にくわないが、他のメンバーは仲の良いチームメイトだったからだ。
「お前らとは今まで一緒にプレイできて楽しかったぜ」
「ホントにやめるのか、悠?」
「まぁな。ここらが潮時だろ、後は任せた……じゃぁな」
俺の退部を止めようとしてくれるチームメイトにそう告げた。
俺の名前は速水悠。
高校2年生で、1年の時からずっとレギュラーでこの部活の中心にいた。
いわゆる、サッカー部のエースだった俺は自分でも思うほど呆気なく部活をやめた。
高校2年になり、新入生も加わりチームとして本格的に優勝を目指していた。
春先から続いていた県大会、ついに“決勝戦”という大事な戦いを迎えた。
だが、残り1点が入らず、4対3で終わりを迎えた。
活躍しようと自分ばかり目立とうとしたのは俺が悪かったかもしれない。
他の選手のアシストが足らなかったのかもしれない。
コーナーキックのチャンスを活かせれば、俺達のチームは勝てたかもしれない。
まぁ、負けた理由なんて後から考えればいくらでもあるのだ。
この試合に賭けてきた気持ちが切れた結果、前から気に入らなかった部長との衝突につながり、勢いがあったとはいえ退部にまでなった。
サッカー部に未練がないわけじゃない。
だが、どうしても止められなかった。
「……荷物はまた今度、取りに来る。一年半、皆には世話になった」
そう言って、俺は部室には戻らず、教室へと戻る。
休日の今日は誰も教室にはいないので、俺はジャージから制服に着替える。
俺だって好きで揉めごとを起こしているつもりはない。
だが、あの部長の男だけは最後まで相性も悪かったのだ。
「ちっ、口の中まで切れてやがる……」
俺は殴られた頬を押さえながら、鞄を片手に外へと出た。
イライラするし、さっさと帰る事にしよう。
「……ん?」
だが、俺はふと足を止めた。
休日だというのに、屋上に人影が見えたからだ。
「あの後ろ姿は……?」
俺は思い当たる人物がいたのですぐに屋上へと向かう事にする。
階段を昇って上がると屋上の草木に水やりをする生徒の姿。
「よぅ、おふたりさん。せっかくの休日に何で学校にいるんだ?」
俺の声に振り向く二人の少女。
強気な印象の方の女はスタイル抜群、推定Eカップの胸が制服越しにも見てとれる。
「何だ、悠ちゃんか。私も部活で来てたの。帰りに凛子が水やりしていきたいってここにきたんだけど……どうしたのよ、顔が腫れてるじゃない。廊下で転んだか、それとも女の子にセクハラして殴られたの?」
林原小桃(はやしばら こもも)、俺の幼馴染と呼べる一つ年上の女の子だ。
たゆんっと揺れるボリュームのある胸が魅力、まさに破壊力。
俺は彼女に適当に事情を説明する。
「部活をやめてきた。いろいろとあってな。まぁ、しょうがないや」
「部活をやめたって、またどうしてよ?あれだけサッカーに熱中してたのに」
「仲間が信頼できなきゃできないスポーツだ。理解の足りないバカにはなりたくないと常々思うよ。俺もいい加減いらついてた」
俺は肩をすくめるしかない。
小桃さんの隣にいる少し大人しめな印象を受ける女の子。
彼女は俺と同い年の小桃さんの妹、林原凛子。
園芸部に所属している、花が好きな可愛らしい女の子……性格は大人しいように見えて姉に似てちょっと口は悪い。
凛子は俺の方をちらっと見ると、
「……大人しくしていればいいのに。下手に目立つから目をつけられる」
「身も蓋もない事を言うなよ。スポーツなんてもんは、活躍してなんぼだろ。ヒーローになれば、女の子からも人気上昇、モテモテ間違いないしだ。今日だって『きゃーっ』と黄色い声援が俺に向けられていた。俺に惚れるなよ、凛子」
「悠ちゃんの場合は常日頃の不適切言動で女子の好感度を下げてるからプラスマイナスゼロだけどねぇ。あっ、分かってると思うけどうちの妹に手をだしたら“ぶっ殺す”から」
冗談に聞こえない威圧感たっぷりの声で言う小桃さん。
妹の凛子を溺愛している彼女はついからかうだけでも教育上不適切な発言をする。
怖い人だ、妹の敵となる相手に対してなら、幼馴染としての容赦がまるでない。
「それより、少し腫れてるから冷やした方がいい」
凛子は水やりをしていた水道で自分のハンカチを濡らしてこちらに差し出す。
「サンキュー。凛子の優しさには感謝するよ」
あまり感情を表に出さない凛子だが、心配そうにこちらを見ている。
俺はついでに水泳部に所属している小桃さんに尋ねてみた。
「で、部活やめた俺を水泳部に入れてくれる気はない?」
「悠ちゃんは年中発情期で“下半身”で生きているような男だから却下。うちはただでさえ、女子の比率が多いの。変な目的で来られても迷惑よ。水泳部にはいりません」
「ぐはっ、魅力溢れる競泳水着のパラダイスが遠のいて行く。はっ!?」
しまった、つい本音が出てしまった。
「……やっぱりね。変態は水泳部に来るな」
白い目でふたりが見るのでガックリと肩を落とす。
「さぁて、凛ちゃん。この変態さんは置いて帰るわよ」
「……そうね、小桃姉さん。悠クンは危ないから帰りましょう」
「待ってくれよ。ついでに一緒に帰ってくれ。一人は寂しいぞ」
放置されてしまったので俺は慌てて二人の後を追いかける。
「凛子は俺の試合を見てくれたんだろ?お前は俺様の活躍を見てどう思った?カッコッよかったと思わないか?スーパープレイも見せたぞ。惚れるだろ?惚れていいんだぞ、遠慮なく」
「動きに無駄が多すぎる。チームでプレイすることの大切さ、それを考えていればもっとうまく点が入れられていたと思う」
「ぐっ、人が気にしている事を。点をいれられたら入れ返す。常に1点差の激戦を制してきたんだ。今日だって俺が本気を出せば今日の試合だって勝てたんだぞ」
とはいえ、少しばかりチームプレイにも力をいれていれば優勝できたと反省もする。
最後の試合は終わったし、部活もやめて全部終わった話だな。
「またそれ?悠ちゃんの口癖、『俺はまだ本気を出していない』。それならいつ出すわけ?私はまだ本気って言うのを見てないよ?見せる気もないなら言わない方がいい」
「いつか出すよ、いつか。その時は皆の驚く顔を見れることであろう」
小桃さんにそう答えると、ボソッと凛子は言うのだ。
「……初めから出せばいいのに。そう言うセリフを言う所が小物なのよ」
「聞こえてるぞ、凛子。ナイ乳揉むぞ、おらっ」
「ん?私の凛子ちゃんにセクハラしたら、一生“男の楽しみ”が出来ないようにその右手をへし折るからね?」
「ご、ごめんなさい、何もしませんから許してください」
命の危機を感じて平謝りする。
“男の楽しみ”、とか女の子が普通に下品な発言をするな。
どうにも妹の事になると、小桃さんは冗談が通じない。
発育が非常にいい小悪魔な姉と発育具合が寂しい寡黙な妹。
この姉妹と幼馴染であるのだが、どうにも立場関係は俺の方が低い。
「それで、これからはどうするの?部活をやめさせられたんでしょう」
「今はどの部活も夏のインターハイに向けて忙しい時期だ。落ち着いた秋ぐらいからまたどこかの部活に入ることにするよ」
「……頑張って。悠クンからスポーツをとったらただのバカで変態でしかない」
幼馴染ゆえに容赦のない言葉。
凛子も口の悪い小桃さんにだけは似ないで欲しいな。
「凛子、あんまり調子乗ってると……いえ、何でもありません。鞄をふりあげようとする手をやめてください、小桃さんっ!?」
夕焼け空の下、俺はぼんやりとこれからの事を考える。
凛子の言う通り、俺から運動を取ると何も残らないのだ。
学力は平凡以下、赤点ギリギリラインの常習者だからな。
「まぁ、部活をやめただけだ。しばらくはアルバイトをするなりして、適当に暮らすさ」
そんな風に持ち前のポジティブに考え、いつものように乗りきることにした。
適当に頑張れば、きっと何とかなるだろ。
だが、まだ自分が部活をやめた事がどれだけの影響を与えるのか分かっていなかった。
季節は6月下旬、梅雨の真っただ中。
鬱陶しい雨の季節を終えれば待ち望んだ夏。
その夏を前に俺はひとつの分岐点を迎えていたのだった。