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307号室

 家の前に着いた冬二はその外観を見上げる。何の変哲もない三階建てのワンルームマンションだ。彼の部屋は三階の壁際、三○七号室だった。


 カギを開け、中に入る。


 部屋の広さは十畳ほどもある。収納付、バストイレ別という大学生の一人暮らしにしては少し贅沢な一室だ。

 だが、彼自身、お金に余裕があるという訳でもない。

 育て親からの仕送りは敢えて貰っていなかった。二浪もしてしまったのだ。頼めば快く渡してはくれるのだろうが、そこまで頼ってしまっては大人になりかけた心がしぼんでしまう。


 バイト、授業、バイト………。


 それが彼の生活サイクルだった。

 不動産屋でこの部屋を見つけたときはラッキーだと思った。これだけの設備を整えていて、それで家賃がなんと二万円だ。しかも水道代、ネット代込みときた。まさに天からの授かり物である。

 神様がいるというのなら、入学早々失意のどん底に突き落とされた彼に同情してくれたのかもしれない。


(まぁ、敷金、礼金がやけに高かったのは痛かったけどな)


 そんなことを思いながら、彼は床に敷いた布団の上に倒れ込む。


「はぁ、疲れた」


 誰もいない空間に向かって囁く。

 無性に、胸の奥が空っぽに感じた。

 殺風景な部屋。

 オレンジ色の夕日が虚しく、空白を染める。

 あるのは布団とテレビ、積み上げられた数個の段ボールだけ。


 他には何もない、誰もいない。


 今まで、寝ようと思った時に限って叩き起こしに来る、騒がしいあの声も、もう聴くことは無い。

 もう、二度と………。


「寝るか」


 言って、何かを振り払うようにメガネをはずす。この二年で随分と目が悪くなった。勉強の仕方が悪かったのかもしれない。彼は要領の良い人間ではなかった。

 空間がぼやけて、夕日がユラユラと揺れているように感じる。

ゆっくりと目を閉じるが、バイトの疲れが重苦しく身体にのしかかり、逆に眠れない。

 ふと、先ほど道端で会った女の台詞が頭を過る。


『いやね。あんたから真新しい霊念を感じるんだよ』


 「レイネン」とは霊の念ということだろうか。「真新しい」はこの部屋に引っ越してきてから、という風に取れる。


(家賃二万って………もしかして、いわくつきの物件とかじゃないよな)


 一瞬、不動産屋の、人の良さそうな笑顔の裏側を想像しゾクリと悪寒が走る。


(いや、そんなバカな)


 そんなはずはない。ただ運が良かっただけだ。不幸のあとに一つくらいラッキーがあっても良いじゃないか。冬二はそう思い直し、布団に深く包まった。


(寝よう。明日も一限だし、空腹も紛れる)


 強く自分に言い聞かせ、闇の中をジッと見つめる。

 数分後、浅い眠りの中で、思い人が現れては、消える。

 必死になって手を伸ばすけど、掴めるものは闇ばかり。

 まるで幽霊のように、彼女は彼の手を躱していく。

 布団に包まったまま、冬二は無意識の内に呟いた。


「幽霊に殺されるのも、悪くないか」


 次の瞬間、

 電源の入っていないテレビが、プツンッと音を立てた。






 カタッ、カタッ、と何かが揺れる音がした。

 薄く、目を開ける。真っ暗だった。蛍光塗料が塗られ、薄い緑に光った時計の針が深夜二時過ぎを指していた。

 どこからか、物音が聞こえる。

 硬い音が触れ合うような、無機質な音。


(なんだ?)


 手探りでメガネを探し当て、掛ける。月明かりに照らされた部屋の輪郭が浮かび上がる。

 特に問題は無い。

 しかし、音は依然鳴り続けている。


(家鳴りか? いや、それにしては音がでかい――――――)


 寝ぼけた頭で蛍光灯のリモートコントローラを掴み、調光のボタンを押す。

 闇に慣れた目が白い灯りを拒絶し、目を閉じる。

 ゆっくりと瞼を開き、冬二は、信じられない物を見た。

 テレビが小刻みに揺れている。

 それを載せた台と共に、ひとりでに揺れている。地震かと思い、慌てて身構えるが、地面が揺れていないことにすぐ気付く。


「なんだよ、これ………」


 理解の出来ない現象にしばし呆然とする。だが、テレビの揺れは一向に止む気配がない。

 意を決して、彼はそっと、手を伸ばした。

 迷いを携えた指が、振動する物体を掠めるように、触れる。


 バチンッ!


「痛って!」

 指先から痺れるような電気が走ると同時、部屋の電気が消えた。

 そして、


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!


 今度は部屋中の物が揺れ始めた。

 段ボールだけではない。窓ガラスや、洗濯機、冷蔵庫もすべてだ。ただ、冬二の座る冷たいフローリングだけが、何事もないかのように動かない。


「な、何だよ、これ」


 混乱しながら周囲を見回す冬二。

 それから数分間、いや、数秒だったのかもしれない。時間の感覚はすでになかった。ただ、奇怪な現象が収まったとき、彼は毛布の中でひたすら震えていた。


更新は不定期になると思います。

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