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序章 テロップテラー

『ひま~、ひま~、ひま~、ひまだよ~、ひまだわ~、ひつまぶし~』


 という言葉が、テレビ画面の上部を流れて行った。

 さながら動画サイトに投稿されたコメントのように。


「うるさいよ」


 布団の上で干物のようにのび上がった男、北原冬二は誰にともなく、そう呟いた。


『ひま~、あそんで~、ひま~、あそぼうよ~、ひま~、あそ………』


 テレビ画面を埋め尽くすほどの言葉の群衆が右から左へ。

 さながら弾幕のように。


「遊ぶってお前、何するんだよ」


 テレビを横目で睨んだ彼は少し煩わしそうだった。


『キャッチボール!』


 赤文字のゴシック体がデカデカとバラエティ番組を押し潰した。


「はぁ? このクソ暑いのにそんなことしねぇっての」


 六月。それは夏。初夏と言えど、立派な夏。しかも、今年は弱気らしい梅雨前線が高気圧にビビッて足踏み中だ。窓を全開にしたところで冷気の欠片も感じられない。エアコンは貧乏学生の彼にとって贅沢品でしかなかった。


『す・る・の!』


 そうは言われても、あまりの暑さに身体が動かないのだから仕方ない。指一本動かす気に――――――。


「あでっ!」


 どこからか野球ボールが降ってきた。しかも硬球。


「何すんだよ!」


 ようやく布団から身を起こした冬二が怒鳴る。


『外! 出る!』


 しかし、そんな彼の怒りを気にする相手でもなく、長方形の物体はゴリ押してくる。

 ガクリと項垂れながらも、冬二はよっこらせと立ち上がった。

 一度言い出したら何も聞かないのだ。『彼女』は。


「仕方ないなぁ、もう」


 ブツブツ文句を言いながらも、タンスにしまってあった安物のグローブを二つと、枕元のスマートフォンを取り上げる。どれもこの一カ月で買い漁ったものだ。痛い出費だが仕方ない。彼はこの会話相手に逆らえなかった。


(放っといたら何するかわかんないし)


 そんなことを思いながら、靴を履いて玄関扉を開ける。


「ちゃんと付いて来いよ」


 目線の先には誰もいない。くしゃくしゃの布団と取り込んだ洗濯物が転がっているだけだ。

 それでも、彼は自分の言葉が間違いなく伝わったであろうことを確信した。


『おうよ!』


 右手に握ったスマホの画面にその一言があったから。

 それを確認して、冬二は扉を閉め、鍵をかける。

 体中の水分を余すことなく蒸発させてしまいそうな熱気に襲われた。


(先が思いやられるな)


 夏は始まったばかりだ。今から音を上げているようではどうしようもない。しかし、暑い、暑いんだよ。そんなことを思いながら汗を拭く。

 パタパタと、地面を叩く音が聞こえた。次の瞬間、冬二の手からグローブが一つ奪い取られる。『彼女』は対照的に元気いっぱいのようだった。

 嬉しそうにグローブが宙を揺れている。


「いいよなぁ。幽霊は暑さを感じなくて」


 そんなことを口にすると、


『デリカシーないぞ! そんなだからフラれるんだ!』


 怒られた。


「うるさいよ」


 そう言いながらも、少し納得した。いや、フラれたどうこうにではない。気遣いが不足していたことに対してだ。

 幽霊の良いとこなんて、暑さを感じないことくらいだ。他にはない。もう少し考えてから発言するべきだった。

 冬二は『彼女』が誰なのか、知らない。姿を見た事も無ければ、声を聴いた事も無い。もしかしたら、女ですらないのかもしれない。流れる文面を見て、まだそれなりに小さな女の子だと、彼が推察しているだけだ。


(本当はおっさんかも………いや、それはないか。いや、もしかしたら………)


 グローブでバシンッと頬を叩かれた。


『今、恐ろしいこと考えたろ?』


 また怒られた。幽霊のクセに案外鋭い。


「いや、全然?」


 言って、誤魔化すように硬球を放り投げた。駐車場に転がるそれを、宙に浮いたグローブが懸命に追いかけていく。


(なんとも、妙な光景だな)


 うっすらと笑みを浮かべながら、彼も走り出す。

 妙な動きをするグローブを追いかけると、少しだけ暑さが遠のいたような、そんな気がした。



 心に穴が開いた青年と、肉体を失った少女のお話。



気に入っていただければ、幸いです。


感想などパッと思いつかれたら、是非に。

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