城壁内一日目 星に願いを
「ふう・・・やっと終わった・・・」
ぼくは修復の終わった家を眺めながらそうひとりごちた。隣にいる馬の姿をした竜、ニュートンはその様子にまだぼくが起こっていると勘違いしたらしく、申し訳なさそうに言う。
『すいやせんねえ・・・あっしのせいで・・・』
『いや、結果オーライだったかな、みんなに一海の事を知ってもらえたし』
『まあ、それはそうですが・・・』
ぼくはあの後、ニュートンに一海を預けてここ一帯の知り合いの竜たちに城壁の外から人間が来たことを知らせた。そしたらみんなてんやわんやの大騒ぎで口々にその人間に会いたいと言い出してきた。
しかし、体長が十メートルを超す竜もいる中で、一気に押しかけたら喧嘩も起きるだろうし、何より一海が怯えてしまうかも知れない。そう思って、いずれこちらから会いに行くことを条件に、それは自粛してもらう事にした。
けれど、ニュートンのせいでぼくの家が半壊したことを聞きつけると、みんな修理を手伝うという名目で一海を一目見ようと集まってきてしまった。丁度メーヴェレヴもいたから、大騒ぎにはならなかったけれど。
まあそんなこんなで、一海の存在はみんなに知ってもらえたし、短時間で家の修理も終わったし、これで一息つけそうだ。
その一海といえば、今は雀の姿をした竜、ジルバコフとテニスをして遊んでいる。一つはぼくの家から偶然見つかったもので、もう一つは一海の乗っていたバイクの荷台に積んであったものだ。ラケットなんて見たことがなかったジルバコフが興味津々だったのでぼくが使い方を教えたところ、喜んで遊び始めた。
さて、日も傾いてきたしそろそろ夕ご飯でも作ろうか。
『じゃあ、ニュートン。悪いと思ってるんだったら森の方から木の実を取って来てよ』
ぼくがそう言って、家から籠を持ってきて突き出すと、ニュートンは少し嫌そうな顔をしたけれど、すぐに嬉しそうな口調で言う。
『わかりやした。あっしの鼻にかけていいやつと取ってきやすよ!』
そしてニュートンは籠を咥え、すぐに森の方に走って行った。やっぱり走ることができるというだけで彼は上機嫌になる。馬だったころの本能が影響しているのか、それとも彼の性格なのか。とにかく走るのが彼の生きがいだ。勢い余って物を壊すのは止めて欲しいけど。
ニュートンが走り去るのを見届けると、ぼくは一海の様子を見に行くため、家の裏に歩いて行った。
「えいっ!」
あたしがボールを打つと、ワンバウンドするのを待ってから、雀ぐらいの大きさで緑の鱗と角を持つ、ジルバコフっていう名前の竜が器用にラケットでボールを打ち返す。
いやー。まさか雀とラリーするなんて夢にも思わなかったよ。
ここの竜たちは、みんな頭がいい。ここにたくさん集まってきた時はちょっとびっくりしちゃったけど、協力して空人の家の修復を手伝ったんだよね。えらいなー。
しかも力が強いし、頑丈だ。でっかい鳥の姿をした竜は、これまたでっかい木を丸々持ってきてたもんなー。このジルバコフっていう竜だって、雀のくせにこうやって人並の力で打ち返してくるし。
あたしがもう一度ボールを打ち返した時に、丁度空人が建物の影から顔を出した。
「あっ、空人。修理おつかれー」
ジルバコフは空人に気付かず、ボールを打ち返してきたけど、あたしはそれをスルーして言う。
「うん、ありがと。今ニュートンに食材を取って来てもらってるから、夕ご飯はもうちょっと後になるよ。っと、ああ、ジルバコフ、邪魔して悪かったね」
「・・・通じてないよ」
あたしがそう言うと空人ははっとして、あたしが知らない言葉でジルバコフに語りかける・・・まあそれは唸り声みたいなものであたしには会話にすら聞こえないけど。
そして話し終えるとジルバコフは打ちっぱなしにしていたボールを取りに行った。
「竜たちと会話できるの、いいなー」
「まあぼくも竜だからね。なんていうか、気づいたら話せるようになってたんだ。竜になった時、最初に話しかけてきたのはジルバコフだったんだけど」
「へえー。それじゃああのコが空人の最初の友達なんだ」
「・・・そういうことになるね」
ああ、なんだか楽しみになってきたよ。三日後に死ぬかもしれないけれど、今は楽しいことだけ考えよう。落ち込んでもいいことないし、もし死んでしまうとしても楽しければオールオッケー・・・だよね?
それからあたしと空人、ジルバコフの三人?でボールの打ち合いをした。ちなみに空人はなんと木の枝で打ってる。なんでそんなに器用なのかなー。
でもそんなに強い力で打ったら木の棒も折れそうだけど、不思議な事に全く折れる気配を見せない。動物もそうだけど、植物も元の環境からだいぶ変化しているみたい。あの熱帯雨林みたいな森もその影響だろうなー。
しばらくラリーをして遊んでいると、ニュートンが帰ってきた。その足音は結構離れた所からも聞こえて、その足がすごい力を持っていることを認識させる。
ニュートンは普通の馬と同じく嘶き、空人の前で止まった。なんだ、あたしが初めて会ったときには木に体当たりしたり、空人の家にぶつかったりして大変な事になってたけど、スピードを出しても普通に止まれるんだ。
ニュートンが咥えていた籠を空人に差し出すと、空人は受け取ってニュートンの首を軽く叩くようにして撫でてやる。こうして見ると競馬の騎手と馬みたいだ。うーん、ニュートンが競馬に出たら無敵だろうなー。恐るべし!万有引力!みないな感じで実況されそうだよ。
「これからご飯作るから、ジルバコフ、手伝って。それで一海は・・・」
「あたしは空人が料理してるのを見てよっかな。それにまた通じてないよ?」
空人はまたはっとして、ジルバコフと話し出す。空人はしっかりしてるけど、やっぱりどこか抜けてるんだよね。五年前からそこは変わっていないみたいだ。
あたしがそのことに関してからかうと、空人は竜の言葉と人の言葉を同時に使うことがなかったから慣れないんだって言い訳した。なんでも言葉の構造が根っから違うんだって。
うん、まあ、それは大変そうだ。あたしも外国語の教科は苦手だし。
それはさておき、一人と一匹の料理講座が始まるよ。
まず、空人が家の中から持ってきた刃物で、木の実から果肉を取り出して、一口サイズに切ってから水を張った鍋に放り込んでいく。うーん、やっぱり器用になってるよねえ。
空人はもともとおかあさんの手伝いをよくやってたけど、けっこうな頻度で指をけがしてたなあ。それが今では職人芸の域だよ。
それからあらかじめ用意しておいたかまどの薪に火を付ける。これはジルバコフの仕事で、かれは足で器用に薪を組むと、口をから火を吹いた。
ああ、竜だ。紛うことなき竜だよ。硬い鱗と角を持っていて、力が強くて頭も良くて、ついでに火まで吹けるってさ。・・・形は雀だけど。
そして木の実を全て切り終えた空人が、具材と水を入れた鍋を火にかける。これで調理自体は終了。あとは蓋をして待つだけ。・・・ん?調味料は?
「これは一人前に完成した料理なんだ。木の実の出す汁が上手く味を出すようにそれぞれの量を調整しているから、味付けしてなくてもおいしいんだ。簡単だからよく作るんだよね」
あたしの素朴な疑問に、空人は得意げに答える。
「なるほどー。だけど量が多くない?」
火にかけた鍋はかなり大きく、十人前ぐらい普通にありそうだ。
「ぼくの料理はみんなに人気でね、匂いを嗅ぐと食べに来てしまうんだ。竜は消化系が強いから調理しなくても硬い木の実とかは普通に食べられるんだけど、やっぱりおいしいものが食べたいんだよね」
おすそ分けってことかー。なんだか昭和の下町みたいだ。あたしの近所はあんまり交流がないからなー。なんだか新鮮だ。
しばらくして鍋がおいしそうな匂いを醸し出すと、空人の言った通り十体ぐらいの竜が入れ替わり立ち代わりやってきて、スープをねだった。
空人はまずあたしたちの分をしっかりと確保してから、そんな竜たちに底の浅い食器にスープを注いであげていた。竜たちの食べ方はそれぞれで、鳥の姿をした竜はついばむように、犬に近いものは舌ですくって食べていた。
一番びっくりしたのは熊の姿をした竜で、両手で器用に食器を持ちスープを呑むさまは人間みたいでかわいらしかった。」
そんな竜たちを見ながら飲んだスープは、たくさんの木の実が合わさっているせいか深みのあるもので、体に染み込んでいくような味わいでとてもおいしかった。
スープを飲み終わると、空人は家からもう一つ食べ物を持ってきた。それはナンみたいな質感だったけど、色は茶色のなんだかよく分からないものだった。
「それなに?」
「これはね、秋にとれる木の実を砕いて、粉状にしたものをパンみたいに水と合わせて、こねてから焼いたものだよ。タンパク質が多いみたいだから、肉の代わりに食べているんだ」
そっか、ここには竜以外の動物がいないから肉は食べられないのか。うーん、あたし焼き肉大好きなんだけどなぁ。
そんなことを思っていても仕方がないので、空人から茶色いナンみたいな食べ物を受け取って食べる。ふむふむ、なんか大豆の加工食品みたいな味だ。さっぱりしていて食べやすい。アメリカではこういうのトーファーキーって言うんだっけ?まさに森のお肉だー。
「よくこういうの考えついたねー。でもできるまでは大変だったんじゃない?」
「まあ、そうだね。生きてくのには困らなかったけど、やっぱり木の実をそのまま食べるのはなんだか味気ないし、美味しいものを食べれば元気が湧くからね」
なるほど、文化って食から発展していくもんなのねー。食べるって大事だ。
そうこうしているうちにあたしたちは夕ご飯を食べ終わり、空人が食器を片付ける。いやー、食べた食べた。それにしても空人が作るご飯を食べることになるとは思わなかったなー。
「空人、おいしかったよー。ありがと」
「どういたしまして。口に合ってよかったよ」
それから空人はジルバコフとニュートンに二言三言話をする。話し終えるとニュートンはどこかに走り去っていき、ジルバコフは裏庭の方に飛んで行った。
あたしはまたねーとニュートンに手を振り、家の中に戻っていく空人について行った。
さて、そろそろここの事に関しても知っとかないとね・・・。
「ここの事について詳しく教えて」
家の中に入って、一海が最初に発した言葉だった。家の床に座って一息ついていたことろだったので、ぼくは少しびっくりする。
「まあ、いいけど。ぼくも城壁のがどうなってるか知りたいな」
ぼくがそう言うと、一海は少し考えてから言った。
「じゃあ。質問しあいっこしよう。互いに一個ずつね。まずはあたしから」
一海はそう言って、また少し考える。
「竜になった時、どんな感じだった?それと、おとうさんはどうなったの?」
「う・・・」
ぼくは言葉に詰まった。というのも、その記憶はぼくにとって耐えがたいものだったからだ。正直、話すのは気が引ける。
でも、話さなきゃ。一海には知る権利がある、ぼくたちの父親がどんな最後を迎えたのかを。
そんなわけで、一海がいきなり約束を破って二つ質問しても気が付かないぼくだった。
「あれは、ぼくが父さんと一緒に星を見にこの近くの里山に行ったときのことだった。丁度その時にあの事件があったから、一海も覚えていると思う」
一海は頷く。
「あの時ぼくと父さんはこの家に三日間泊まってたんだ。ここは自然公園だから、街明かりに邪魔されなくて星空がすごくきれいだった。昼間はのんびりとして、夜は星空を満喫する。本当にいい夏休みだったな。
異変は二日目に起きた。ぼくと父さんが同時に風邪みたいな症状になったんだ。その時は深くは考えなくて、きっと夜更かししたせいだって思ってた。
でも、三日目にいきなり変化が起きて、ぼくも父さんもかなりの高熱を出した。新型インフルエンザかと思ったぐらいだ。でもあれはそんな生易しいものじゃなかった。
あのウイルスは発症してから一時間も経たずに、父さんを殺してしまった。そしてぼくは冷たくなっていく父さんを見ながら、自分の死を悟って、気を失った」
五年も前の事だけど、今でもぼくはあの光景を鮮明に思い出すことができる。それが人間の元々の性なのか、竜になって記憶力が増強されたからなのかは分からない。
「そして目を覚ましたら、ぼくは竜になっていた。それで父さんが死んでしまったことをもう一度見て、泣いたよ。もうどうしていいか分からなかった。
でも、その時に語りかけてくれた竜がいたんだ」
「それがあのジルバコフだったのね」
「うん・・・」
ぼくはもう泣きそうだった。でも、これでもぼくは兄だ。妹の前で情けない姿を見せてはいられない。だからぼくは必死に涙をこらえた。
そうしていたら、不意に一海に抱きしめられた。
「つらかったねぇ、空人。あたしもおとうさんと空人が居なくなった時にはすごくつらかった。あたしにはおかあさんがいたけど、空人は一人だったものね・・・」
一海がそんなことを言うものだから、ぼくは耐え切れずに泣き出してしまった。うう、不意打ちなんてひどいよう。
でも、一海が言っていたことも事実だった。ジルバコフが居てくれたとはいえ、人間の姿をした竜はぼく以外にだれもいなかったのだ。
ひとしきり泣いて、ぼくが落ち着くと、一海がいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、次は空人の番だね」
一瞬、ぼくはぽかんとしてしまった。さっきの話が強すぎて、質問のしあいっこだったのを完全に忘れてしまっていた。
「うーん、そうだなぁ。ええと、母さんはいまどうしてるの?」
父さんの事を聞かれたので、流れで聞くことになったけれど、さっきの話題とは打って変わって一海はとても明るい雰囲気で話した。
曰く、結婚したために退職した小学校教師をもう一度やっていて、父さんが居なくなっても稼ぎには困らなかったようだ。それに、あの事件の被害者が家族内にいたという事で国の救済処置があって再就職する間も問題なかったとのこと。
一海や母さんのことをとても心配していたので、なんだか安心した。
「でも、あたしがこっちに来ちゃったからなぁ。たぶんおかあさん心配してるよ」
しかし安心した直後にそんなことを言われて、ぼくは思わずはっとして一海を凝視してしまった。
「でも死体が発見されることないからなぁ。完全に失踪事件として扱われそうだよ。だから自殺したりとかはないと思うな。それで交番でこの人を探していますって懸賞金掛けられちゃうかも」
真顔ですごいことを言う一海に、ぼくは言葉が出なかった。たくましくなったというか図太いというか・・・。
「次、またあたしの番だね」
そういうわけで頷くことしかできないぼくだった。
「会った時から気になってたんだけど、空人は五年前から成長してないよね。それって他の竜たちにも当てはまるの?」
「うん。メーヴェレヴみたいに極端に大きくなった竜もいるけど、竜になった時点から大きくなったり体つきが変わったりした竜はいなかったね」
「もしかして不老ってこと?それじゃあ竜は増えるばっかりなんじゃないの?」
一海は興味津々な様子で続けて聞いてくる。
「いや、ここの竜たちは子を成すことができないんだ。ここには結構な数のつがいがいるけど、この五年間誰も子供を産んでいない。だから増えることもないんだ」
ぼくがそう言うと、一海は納得したような、意外そうなのかどっちか分からない変な顔をした。そして、突拍子もないことを言う。
「ってことは、空人、ついてないの?」
ぼくは一瞬何のことを言っているのか分からなかった。しかし、話の流れからその意味を理解すると、思わず顔を赤らめてしまう。
「いや、ついてるけどさ・・・」
ああもう、なんで妹にこんなことを聞かれなきゃならないんだ!というかなんでこの流れでその質問が出てくるんだ!
一海はそんなぼくの心情を知ってか知らずか、また約束を破って質問を重ねる。
「でも、木はけっこう伐り倒してるよね?」
「あ、確かに。そういえば森は再生してるし毎年花を咲かせて実をつけてるね」
一海の質問が意外な事実を提示していたこともあり、ぼくは気を取り直して答えた。
「動物は成長もしなくて増えないのに、植物は普通に成長するし増えるんだ。なんか変なところねー」
言われてみれば、その通りだった。動物は成長もせず数も増えないのに、植物は平然と成長し、その勢力を拡大している。明らかにアンバランスな生態系だ。
その事に違和感を覚えると、次から次へと疑問が湧いてきた。そういえばぼくは昆虫の竜は見たことがない。しかも森へ行ったときに巨大化はしていたものの、昆虫の卵のようなものを見つけたこともあった。
では魚は?いや、それも同じだ。彼らはその姿を変えてはいるものの、昆虫と同じように日々成長している。・・・そういえば硬くて食べられるものではなかった。
考えれば考えるほど、不可解だった。ぼくが知っている竜は、全て陸上の脊椎動物だったのだ。まるでぼくたちだけが時の流れから取り残されてしまったかのような、なんとも理解しがたい構図だ。
「おーい、空人」
物思いにふけっていたぼくは、一海の一声ではっとする。
「なんだか大変な発見しちゃったみたいだけど、あたしにも説明してくれる?」
「う、うん。今ぼくが気づいた事は、ここにいる竜が全て陸上の脊椎動物だったってこと。それ以外の植物とか虫は、大きくなったりはしてるけど、みんな成長もするしちゃんと繁殖もしてる。
一海の言った通り、なんだか歪な生態系だよ。五年間気づかなかったのが不思議なくらいだ」
ぼくがそう言うと、一海は得意げな表情で言った。
「あはは、空人が五年かかっても気づかなかったことに一日で気づいちゃった。あたしって天才!」
そんな一海の言動にぼくは苦笑いをする。
それから、最終的にはどんな友達がいるかしか質問がなくなるまで質問をしあって、お互いの近況がどのようなものなのか十分知ることができた。
外はすっかり暗くなっていて、今明かりを放っているランプを消してしまったら、何も見えなくなるほどだ。
「そういえばさー。そのランプはどこから持って来たの?」
一海はそんなLEDランプを指さして言う。
「実はここから少し離れたところに、デパートが残ってるんだ。これはそこから拝借してきたもので、電池は充電できるのを使ってる。丁度太陽光パネル一体型の充電器があったし、便利だから使ってるんだ」
「へえー。やっぱり竜になっても暗いのは怖いんだ?」
一海がニヤニヤしながらそう言うので、ぼくは反論しようとしたけど、できなかった。暗闇の中に一人でいるなんて、想像もしたくない。
少し情けなくなったぼくは、話題を変えることにした。
・・・あ、そういえば今晩もアルベルトと星を見る約束をしてたっけ?
「ごほんっ。せっかくだからさ、星を見に行こうよ。この季節になるとアルベルトっていう竜と一緒に見に行くんだ。すごくきれいだよ」
ぼくがそう言うと、一海は目を輝かせて即答した。
「それ名案!行こう!」
星を見に行くなんて、何年ぶりだろー。もう覚えていないよ。よくアニメとかでそんなシーンをよく見るけどさ、実際に行くとなるとなかなか機会に恵まれないんだよね。
でも星を見に行くって、青春だよね!一度やってみたかったんだ。
と、言う風にすごくわくわくしているあたしだけど、体はもうギブアップ寸前だった。
「うー、つかれたよー。空人、休憩しない?」
だってけっこうな傾斜のある坂道を歩き続けてるんだよ?いくら部活で鍛えてるとはいえ、高校生の乙女にはきついものがあるよ。しかも空人、ペース速いし。
「あ、ごめん。そっか、人間にはこの坂はつらいよね」
空人の言葉にあたしは頷く。
「じゃあ、ぼくがおぶってあげる。その方が速いだろうし」
けど、この言葉にあたしは固まってしまった。空人はそんなあたしの様子に気づいていないようで、あたしに背を向ける。
うー。一応兄とはいえ自分より背の低い人におぶってもらうのって、ちょっと抵抗があるよ。でもあたしの体力はもう限界だ。これ以上歩きたくない。
仕方なく、あたしは空人におぶってもらうことにした。
ああ、アンバランスだ。明らかに体格が違うよ。あたしはそんなに背が高い方ではないけど、空人は十二歳の男の子にしてはけっこう背が低い。
だけど空人はそんなものはものともせず力強く歩いていく。うーん、やっぱり竜は力が強いんだなあ。さっきとスピードが変わってない・・・というか速くなってるよ。
地味にへこむなあ。一応妹とはいえ、見た目ではあたしの方が五歳年上なのにこんなに力の差があるなんてさ。
あたしはそんな考えのせいで若干ブルーな気持ちになりつつ、たまに会話しながら空人の背中に揺られる。
しばらくすると、開けたところに巨大な何かが座っているのが見えた。
・・・竜だ。
なんで今更こんなに驚いているかというと、その竜があたしが今まで見たどの竜よりも、竜らしい姿をしていたからだ。
ジルバコフやニュートンだって、鱗や角は生えてるけど姿形は雀と馬だ。けれどこの竜はほかの竜のように無理やり感がない。どこからどう見ても竜なのだ。しかも西洋の伝説に出てきそうなかっこいいやつだ。
あたしたちが近づくと、その竜は頭をもたげてこちらを見る。空人はそこでいったん立ち止まり、あたしをおろしてから一言二言その竜と会話を交わす。
そしてあたしに向き直ると、その竜を同級生か何かのように紹介する。
「彼がアルベルトだよ。ここ一帯では一番二番を争うほどの大きさで、無口だからみんな怖がってるんだけど、ほんとはシャイで優しい性格なんだ」
そんな威容を放つ竜をそんな風に紹介されると、ちょっと拍子抜けだ。なんだかんだで、ここの竜はみんな草食系だねー。お肉も食べないし。
空人がなんの躊躇いもなくアルベルトに近づいていくので、あたしは空人に続いて彼のもとへと歩いていく。
それから空人はアルベルトに寄りかかって座ったので、あたしもそれにならう。持ってきた毛布を広げて、二人で被った。
そして、空を見る。
文句なしの満点の星空だった。洒落た言い方をするなら、銀砂を撒いたような星空。いつかの記憶にあったような天の川は、予想していたよりもずっと近くに見え、今にも降って来そうだった。
ああ、我ながら子供っぽい感想だよ。でもこれは感動だ。最近は空を見上げることなんて滅多になかったからなー。しみじみ。
そんな風に星空を眺めていたら、なんだか感傷的な気分になってきた。
星空は広すぎて、あたしはちっぽけ。たとえウイルスにやられて死んでしまおうが、何食わぬ顔で星は輝き続ける。
あーあ。あたし、これからどうなっちゃうんだろ。空人の体験どおりに事が進めば、明日ぐらいから風邪の症状が出て、明後日には高熱が出て、そして全てが変わる。
死ぬか、竜になるか。
・・・実感が湧かないよ。
あーもーやだやだ。こんなこと考えても何の得にもなんないよ。やっぱり人生明るいのが一番でしょ?だったら・・・。
「空人」
「なに?」
あたしが呼びかけると、空人はこっちを向く。それを横目で確認してから、あたしは星空に目線を移して言った。
「あたしさ、ここの生活を目いっぱい楽しもうと思う」
「うん」
「そしたら竜になってからもここに溶け込めるし、それにもしあたしが死んでしまっても、空人やおかあさんの記憶の中のあたしは明るいままでしょ。それに・・・」
あたしは星空から空人の顔に目線を移す。
「せっかく空人と会えたんだから、純粋に楽しみたいんだ」
「うん」
空人は、余計な口を挟まずに相槌だけをうつ。
「だから、なんていうか・・・。よろしくねっ!」
そしてあたしがそう言うと、空人は笑顔になって答えた。
「うん。こちらこそ、よろしく!」
これからあたしがどうなってしまおうと、関係ない。あたしはこの世界を楽しむ。
あたしは、流れ星に思いを込めた。
願いではなく、この小さな決意を。