君の死にたいわけを聞かせてくれないか?
これは、自殺を催促する内容ではありません。
自殺は罪です。それを踏まえて、読んで下さい。
「俺さ、明日、自殺しようかと思ってるんだ」
―――
僕こと、灰田純一の携帯の画面に『鳴原圭吾』の名前が映ったのは突然の出来事だった。
最初は見慣れない名前に出ようかどうか戸惑ったけど、名前が登録されているのだから面識のある人だと気づいて受話ボタンを押してしまったのが事の発端だ。
会話し始めて、ものの数分でそんなことを告白するものだから、僕としても正直どう返して良いか分からなかったよ。
「へぇ〜、そうなんだ」
「・・・うん」
僕が精一杯考えた結果がこれだ。我ながらデリカシーの欠片もない返答だったと思う。でも、誰だってそんなことを突然言われたら頭の中がごちゃごちゃにならないかい?
鳴原君も僕の答え方に失望したのだろうか、電話をかけてきたくせに全然話そうとしない。そんな黙ったままの均衡状態を打破すべく、僕から話しかけてみたんだ。
「あぁそうだ、自殺する日明後日に延ばさないかい?」
本気かどうかは知らないけど、決意している人間に対してこの言葉はあまりに酷だっただろうか。
「どうしてだ?明日何かあったか?」
「うん。どうせなら明日僕と遊ばないか?折角の土曜日だしさ」
一体何を言っているのだろうかと、喋りながら自分に疑問を抱いたよ。
話してみて分かったんだけど、鳴原君は確か不登校だったはずだ。クラス替えの後、クラスが一緒で席が隣だった記憶がある。どうりで記憶に薄いはずだ。僕がついにボケたかと思ったよ。
「分かった。でも、どこで遊ぶ?」
意外と簡単に話が通ったものだ。自殺するというのは嘘なのかな?
人間の決意なんて褒められるものじゃないし、鳴原君もどうせ軽い気持ちで考えているのだろう。
とりあえず僕は、学校前という提案を拒否されたので駅前に12時という約束だけして、その電話切ったんだ。
―――
十二時ちょうど、僕は駅前のシンボルの前で待っていたんだけど、こうしてみると恋人を待っているみたいでなんだかドキドキしたよ。まぁ、鳴原君が来たときにはそんな邪念も綺麗さっぱり消えちゃった。
昼の駅前通りはちょうど昼食時で、会社員の人とか子ども連れの家族とか、どこのファミレスも大繁盛だったよ。もう少し遅らせるかどうかしたほうが良かったかな?
僕も鳴原君も昼食を取っていなかったから、近くのファミレスに入ることにしたんだ。適当に定食とかオーダーして、鳴原君と他愛の無い話を1時間くらいしてたと思う。
不登校であんまり彼のことは知らなかったけど、案外話してみると良い人で話も良く会った。
「ねぇ、趣味とかないの?」
「俺か?そうだな、小説とか結構好きなんだよな」
小説は、僕も結構読んでいたものだからその言葉にはちょっと関心があったんだよね。
「へぇ。好きな作家とかいる?僕とか東野圭吾とか好きなんだけど」
「東野圭吾って、誰だ?」
東野圭吾を知らない小説好きって、どんな人だよと心の中で突っ込んでしまったのは秘密だ。まぁ世界には様々な小説家がいるし、知らない人がいてもおかしくはないけどね。
「そうだな〜、『白夜行』とかテレビ化されてたの知ってるかい?あれが東野圭吾作品なんだけど・・・」
僕の知識の中で、一番有名な題名を出したつもりだったんだけど、鳴原君は黙って考え込んでしまったよ。そんな難題を出したつもりはないんだけどなぁ。
「分からないなぁ。俺さ、ファンタジー小説が好きなんだよ」
ファンタジー小説か。例えばそうだな・・・。
「ハリー・ポッターとか?」
いい所を突いたと思う。ファンタジーと言えばこれであろう。
でも、鳴原君はそれに首を横に振ってしまったんだ。あれ?ハリー・ポッターってファンタジー小説じゃなかったっけ?
「俺、ライトノベルってのが好きなんだけど知ってるか?」
あぁ、あれか。
ちょっと普通の画家さん並みに上手な挿絵がいっぱい入ってる本。あれってなんだか美少女とかよく表紙に書いてあるから、手に取りにくいんだよなぁ。
僕がちょこっと作品を上げてみると、彼は瞬時に熱弁家と化してしまった。今頃思うのもなんだけど、しくじったなと思う。だって止まらないんだもん。
でも、彼の語る姿はなんだかすごい楽しそうに見えて、それはそれで良かったかもしれない。
ファミレスを出た後は、実に様々な所に寄って行った。
これが案外飽きることも無く、僕としても楽しくやっていたと思う。
カラオケに行ったり、ゲームの情報誌読んだり、ゲーセンに行って格ゲーやったりした。自慢じゃないけど、僕は格ゲーには自信があったんだけど、これが予想もつかないくらい呆気なく負けてしまった。
ムキになるもの格好悪いから、潔く負けを認めたけど次やるときは絶対に負けないなんて闘志を密かに燃やしてたりもしたんだよね。
でも、『次やるとき』なんて言葉は、今の状況でふさわしかったかどうかは分からない。
日も暮れた頃、僕と鳴原君は近くの川原に来ていた。自転車を止めて、川のせせらぎが聞こえるくらいまで降りた。
僕も流石に遊びつかれて、川原にごろんと寝転がった。近くに鳴原君も遠慮がちながらも腰を下ろした。
今の彼の顔は、なんだか夕焼けに染まっているせいかどうしても悲しい顔に見えてしまった。
「ねぇ・・・?」
「なんだ?」
僕の思考回路も、この夕暮れの空のせいで少しブルーになっていたのかもしれない。ふと、こんなことを聞いてしまった。
「死に場所とか決めてるの?」
なんという質問をするんだと、正義感に満ち満ちた大人たちは僕を非難するだろうけど、何故か今の僕にはそんなことが知りたくてたまらなかった。後に考えてみれば、人間として有り得ない質問をしてしまったと思うよ。
「まだ、決めてない」
「じゃぁ死に方とかは?」
「それもまだ」
案外計画性の無い人なんだなぁ、とか思いながらそれに相槌を適当に打っておいた。
僕は、なんだか無性にそういう類の話をしたくなったんだ。自殺志願者を目の前にして、何かに魅せられたのかな?
「そうだなぁ、僕が思うに毒薬とか飲んで死んだらきっと辛いだろうから、安楽死できるような死に方がどうせなら良いと思うんだよね」
「例えば?」
「うーん。飛び降り自殺とかは一般的だけど、あれは注射と同じできっと痛みは一瞬だと思うよ。他には、ダイナマイトで木っ端微塵に吹き飛んでみるのもいいかもしれないけど、そんなもの無いしね」
「・・・・ぷ、あはははは!!」
突然僕の隣で鳴原君が爆笑しだした。何か面白いこと言ったかな?僕としては自分の意見を率直に述べただけなんだけどな。
あぁ、涙まで出して。顔が悲惨なまでに歪んでるよ鳴原君。
「灰田は、面白い奴だな」
「そうかい?どこが面白かったのか良く分からないけど、まぁそう言われて悪い気はしないね」
「そうだろ?なぁ、他に死に方とか無いか?灰田の意見はすげぇ参考になるよ」
そう言われたら、自殺志願者を手助けしてるみたいで、なんだか気味悪いな。まぁ、僕を頼りにしてくれていると思えばそれもまた許容範囲かな。
いくつか考えてみたけど、案外楽に死ねる方法っていうのは少ないもんだね。
硫酸飲んで死ぬなんて喉が焼けてかなりの苦痛に苦しみそうだし、首吊り自殺ってのも多いけどあれも苦しそうだ。あぁ、でも喉の奥の方って確か性感帯があるらしいよね。案外快感を得て死ぬことも出来るかもしれないね。
新幹線に突っ込むとか?それならすぐ死ねそうだ。
適当に考えられることをべらべら並べていると、突然彼の瞳から、一滴の涙が流れ落ちた。
さすがにそんな姿を見たら、僕も話せなくなってしまう。
「俺、さ・・・」
言葉をつむぎだすように、喉を必死に振るわせようとしているのが分かるんだけど、呼吸が荒くなってきているせいでちゃんと喋れていないよ。
「俺、灰田に電話して良かったわ」
「そうか。僕もそう思ってもらえるなら嬉しい限りだよ」
本音さ。人に喜ばれるというのは当然嬉しい。たとえそれがこんな場面であってもだ。
「俺の、自殺したい理由聞いてくれるか?」
「良いよ。僕は聞くだけだし、君さえよければ」
正直ここまで心を開いてくれるなんて思いもしなかったよ。彼の話を聞いたら、僕も少しは大人みたいな考えになるのだろうかと思って、期待していたんだ。
『自殺なんて止めろ、家族とかが悲しむだろう?』なんて言葉をかける事は、今の僕には出来やしない。どうして自殺する人間が、死んだ後の現世を心配して死ぬことを断念しなければならないのか、全く分からない。
どうせ死ぬんだ。家族とか、友達とか心配したって意味があるの?
死後の自分がどうなるかは分からないけど、天国行って生きてるときのこと忘れられるなら、家族とか心配する必要が無いんじゃないだろうか。
自縛霊になって現世に残るくらいだったら、死なないほうがいいかもしれないけどね。
しかしどうだろう、鳴原君が淡々と自分の話を語ってくれているけど、僕には理解出来ない物ばかりだった。
小学校のころいじめられて、それが今でも続いているだとか、家族がいつも喧嘩していて、ストレスが溜まるだとか、仲間はずれによくされるだとか。
期待していた大人の考え方には、なりそうにも無い。
「ねぇ、いいかな」
彼が話している途中で僕は声をかけた。これ以上聞いていても、何も面白くないと思ったからだよ。
「・・・何?」
「思ったんだけど、明日死ぬんだったらそんなこと思い出さないで楽しいこと考えようよ。こんなこと話してたら君も悲しくなるし、僕だっていい気はしない。そう思わないかい?」
「・・・・・・」
「楽しいことが思い出せないなら、今日僕と遊んだことを思い出すといいよ。今日の鳴原君はすごい楽しそうだったしね」
「・・・そう、だな」
「うん。清清しい気持ちで自殺できたら、きっと神様も分かってくれるさ。君は困難な道に疲れて、ちょっと休憩するだけなんだ。人生が終わるわけじゃない」
「・・・灰田は、俺が死んでも良いのか?」
突然鳴原君はそんなことを聞いてきた。
一体何を考えてそんなことを言ったのであろう。友達に死んで欲しいと思う人間などいるのだろうか?それとも僕の話し方が悪かったかな?
「君に死んで欲しいわけがないじゃないか。止められるものなら止めてあげたいけど、君が死ぬと決意したのを崩すのもどうかと思うしね。君が現実が辛くて辛くて、もうここで生きていくのは無理だと判断したから自殺をするなんて言い出したんだろう?」
だけど、それに鳴原君は下を向いて黙ってしまったよ。きっと、自分の心に本当に決意があったのか聞いているんだね。
それでいいよ、死ぬ覚悟が無い人間に死ぬことなんか出来ない。多大な後悔と涙と虚無感で体が染まってしまうだけになってしまうよ。僕は死ぬならいい死に方をして欲しいしね。
「僕は思うんだ。死ぬことは自殺することはそんなに言うほど悪いことじゃないって。だってね?これから楽しいことがあるかもしれないだなんて仮定の話、信じて死ぬことを断念できるかい?僕は無理だね。死ぬことは、逃げることじゃなくて、休むことなんだよきっと」
そうだよ。長い坂道を走り続けていたら辛いもんね。時に休まなければまいっちゃうよね。
僕たちに人生という長い道のりを走り続けられるほどの体力があると思うかい?人によって体力は違うから、挫折しちゃう人だっているさ。
「俺、本当に灰田と出会えてよかったよ」
「うん。僕も、君と話せてよかった」
「少しだけ、休んでもいいよな。俺、これでも結構頑張ってきたんだぜ?周りは分かってくれないと思うけどさ」
「僕は分かるよ。いや、君がどれほど努力したのかは分からないけど、人によって努力の割合は違うからね。物を十個作ったら努力って言う人もいるし、たった一つでも努力したことになる人だっている。君はきっと努力したんだよ。うん」
すると、鳴原君はみっともないくらいに涙と鼻水を出して泣いてしまった。
自分の努力を認められることは、きっと嬉しいことだと思う。こういう追い詰められた人は、みんな努力した結果なんだ。
考えて、考えて、考えて・・・。
そうして出た結果を、僕は止められるわけがないだろう?
そんなもんさ。
「今日はサンキューな。なんだかすげぇ晴れ晴れしたわ」
泣き止んだ彼の顔は、まだぐちゃぐちゃだったのにも関わらず、笑顔がすごい輝いて見えたよ。心が顔に表れるってのは、これだねきっと。
「もう帰るのかい?深夜くらいまで遊ぼうかと思ってたんだけど」
「わりぃな、母さんの飯がなんだか恋しいんだ。早く帰って食べておきたくてね」
「あぁ、そうだね。僕もそろそろご飯が出来ることだし、帰ろうか」
僕と鳴原君は、そう言って自転車に乗って反対方向へと帰っていったんだ。
夕暮れも闇に染まってて、僕はなんだか寂しい気持ちになっていた。
―――
その知らせを聞いたのは、放課後の出来事だった。
鳴原君が今日、一酸化中毒で死亡したらしい。原因は彼の家の倉庫の中で、鳴原君はものというものにガソリンを撒き、火をつけたらしい。
爆発事故には至らなかったものの、彼は焼死体で発見され、見るにも悲惨な姿だったという。
その後、警察の調査によって鳴原圭吾という名前の書いてある手紙を発見した。遺書というやつだ。
内容は、彼の好きな作家の話や中学時代の思い出などが綴られていて、最後の方に家族への感謝の文章が書かれていた。時に涙をこぼしたのか、所々滲んでいた。
そして、僕はそんなこととは無関係だと思っていたが、どうやら違うようだ。
朝、いつもの通りニュースを見ていると、鳴原君のご両親が遺書の公開をテレビ局に申し出たらしく、朝のニュースでそれが読まれていた。
『俺は、ライトノベルの〜〜〜さんをとても尊敬していました』
『あそこの展開が面白くて、すごい読みふけっていた時もありました』
『修学旅行は、班でカレーを食べたのがすごい思い出に残っています』
『卒業式は、尊敬していた先輩に告白したのですが、あっさり振られてしまいました』
聞いていると、遺書とは思えないほどどうでもいい話ばかりだ。
どうやら家族への感謝の手紙が読まれるらしい。僕も多少興味があるので聞いてみる。
『俺が悪いことしたら、すごい怒ってくれてありがとう』
『母さんのご飯、世界で一番おいしかったです』
『お父さん、お仕事いつも頑張ってくれてありがとう』
幼稚園児でも書けそうな文だけれども、なんだかすごい心にぐっと来るな。感謝の気持ちがすごい現れているよ。
ニュースキャスターも、泣きながら話しているから時々何言ってるか分からないし。
『あ、これはどうしましょう・・・』
突然キャスターが読むのを止めてしまったじゃないか。とは言っても、もう最後の文になるだろうからいいけどね。
でも、どうしましょうとはどういうことだろうか?何かまずいことでも書いてあったのだろうか。何やらキャスターが話し合った後、その文が読まれた。
『最後の一行には、俺と最後に話してくれた人、ありがとう。と書いてあります。一体誰のことなのでしょう?』
僕は、その時初めて心がいっぱいになった、という気持ちを味わったかもしれない。
涙が、あの日の夕焼けに輝いた彼のものと重なって、流れた。
ありがとうございました。
蜻蛉の小説「EYE's」もお楽しみください。
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