表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の主君は、自分を悪役だと信じて疑わない。~最強のモブ騎士(俺)は、自掘り墓に付き合わされて今日も溜息をつく~  作者: 雪沢 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/12

第八話 断罪の開幕式

 王家狩猟祭当日、王都郊外の囲場は旗が翻り、馬の汗と貴族たちの濃厚な香水が入り混じっていた。


「カイル、カイル……手が震えて止まらないんだ。ついにヒロインのアリスに会うんだぞ。ゲーム通りなら、開幕式であいつに暴言を吐くはず……」


 ルシアン殿下は金糸の刺繍が施された猟服に身を包み、金髪が美しさを際立たせているが、真っ青な顔色が台無しだ。


「殿下。それ以上震えると馬から落ちますよ」


 俺は殿下の馬の傍らで、無表情に立っていた。周囲の貴族からは軽蔑の眼差し。

「第二王子の騎士虐待」噂は、今や最高潮らしい。


「吐きそうだ……」


 俺は溜息をついた。王族全員の前で彼に恥をかかせないよう、一歩踏み出し、衆人環視の中で殿下の太ももを支え、もう片方の手で腰をしっかりホールドして、鞍に「押し込んだ」。


「……っ!? カイル!」

 ルシアン殿下が驚きの声を上げ、顔を爆発させたように赤くした。

 遠目から見れば、親密すぎる、一線を越えた接触にしか見えないだろう。

「主君、しっかり座ってください。……あそこで淡い青の猟服を着ているのが『ヒロイン』ですか?」


 ルシアンは公爵の背後に控える少女――アリス・フォン・クローレンを硬直したまま見つめた。

 だが、彼女の視線がこちらを向いた瞬間、第二王子への嫌悪感はなかった。

 それどころか、瞳はルシアンの赤い顔と、俺がまだ腰に添えている手との間を激しく往復している。


 彼女は扇で口元を隠していたが、その瞳には極めて不気味で、熱狂的な光が宿っていた。


「殿下。あのお嬢さんの目は、我々を『悪党』として見ているのではなく、何か『美味そうな獲物』を見るそれですよ」

 俺は眉を寄せた。背筋に嫌な冷気が走る。


「え? まさか……君の存在のせいで、シナリオに妙なバグが出てるのか?」


 その時、高らかな角笛の音が響き渡った。

 銀髪碧眼の第一王子、シルヴェスター殿下が白馬に跨り、優雅に隊列の先頭へ現れた。

 その視線は群衆を貫き、正確に俺とルシアンを捉えると、完璧だが冷徹な微笑を浮かべた。


「皆、狩猟祭へようこそ」


 馬上のシルヴェスターは朝日に銀髪を神々しく輝かせていた。

 彼はまず隣のアリスに優しく頷き、次いで鋭い視線を我々のいる一角へ向けた。


「特に今年は、普段なら欠席がちな弟のルシアンに加え、巷で話題の『腕の立つ』専属騎士も参加している。例年以上に期待に満ちた祭典になりそうだ。……そうだろう?」


 周囲の貴族たちが嘲笑混じりに囁き合う。

 ルシアン殿下は馬上で固まったまま、歪んだ「悪役専用」の冷笑をなんとか作り出した。


「ふん、兄上、せいぜい見ていてくださいよ」

 殿下は台詞を吐き捨てたが、俺の目にはふくらはぎが猛烈に痙攣しているのが丸見えだった。


「結構だ」

 シルヴェスターは口角を上げ、意味深に告げた。

「全員が満足のいく『獲物』を持ち帰れることを願っているよ」


 三度目の角笛が鳴り響くと、猟犬たちが一斉に放たれ、騎士たちは密林へ馬を走らせた。



 森に入ると同時、俺は手綱を引いてルシアンの馬を強引に向き直らせた。

「殿下、西側へ行きます」


「えっ? でもカイル、東の断崖が『イベント発生ポイント』なんだぞ……」


「だからこそ西へ行くんです」

 俺は冷静に分析した。


 殿下の説明によれば、あの暗殺劇は「東の断崖」かつ「第一王子とヒロインが二人きり」という前提で起こる。

 ならば反対方向へ連れ出し、物理的に距離を置けば、断罪イベントなど成立し得ない。


 俺は「ゲーム」なんて信じないが、「物理的な距離」は信じている。その場にいなければ、震える手で矢を放つことなど不可能だ。


「いいですか、殿下。西の森は地勢も平坦で、獲物も少ない。適当にうろついて、終わったら宮殿に帰って晩飯にしましょう」


「おおっ! カイル、君は天才か! これが俗に言う『マップ外への脱出』か!」

 ルシアン殿下は安堵の表情を見せ、俺に続こうとした。


 しかし。

 後方から、急かされるような、それでいて完璧に制御された蹄の音が響いてきた。


「せっかくの兄弟同行だ。別行動では寂しいではないか、ルシアン」


 シルヴェスターの声だ。

 彼は白馬を駆り、優雅に灌木を飛び越えて現れた。


 恐ろしいことに、後ろにはあの「ヒロイン」アリスまでもが、馬を軽やかに操りながら続いていた。


「アリス嬢が辺境騎士の勇姿を見たいと言ってね。四人で、最も景色の良い東側へ向かうのはどうかな?」


 手綱を握る俺の手に、力がこもる。

 第一の策は、無効。


「……これが殿下の仰る『ゲームのロジック』ですか?」

 俺は殿下の耳元で低く尋ねた。


「そ、そうだ……これこそが『システム修正力』」

 ルシアンは顔面蒼白で声を震わせた。


「ゲームじゃ、プレイヤーがメインクエストから逃げようとすると、強制的に引き戻されるか、ランダムエンカウントが発生するんだ……。カイル、俺たちは強制的にパーティーを組まされたんだ!」


 シルヴェスターはこちらを見つめ、笑みを深めた。

「狩り場で密談するほど仲が良いのか。羨ましい限りだね」


 隙のない完璧な笑顔のシルヴェスター。そしてその横で、扇越しに俺とルシアンをキラキラした目で見つめるアリス。

 もはや「偶然」の範疇は超えている。


「第一王子殿下の仰せのままに。お供いたします」

 俺は帽子の庇を下げ、瞳に宿る冷徹な殺気を隠した。


 避けられない「シナリオ」だというのなら、その「断罪」が起こる前に、台本ごと叩き潰してやるまでだ。


「殿下、手綱を離さないでください」

 俺はルシアンと少し距離を置いたが、いつでも守れる位置を保った。


 この狩場で、誰が狩人で、誰が獲物になるのか。それはまだ、誰にもわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ