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俺の主君は、自分を悪役だと信じて疑わない。~最強のモブ騎士(俺)は、自掘り墓に付き合わされて今日も溜息をつく~  作者: 雪沢 凛


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第四話 悪役特訓と、あらぬ方向へ加速する噂

 第一王子との茶会から生還した俺は、一つの結論に達した。

 ルシアンの演技力を底上げしないと、俺たちは遠からず処刑台行きだ。


「殿下、今日から『悪役特訓』を開始します」

 俺は寝室中央に立ち、首元のボタンを一つ外した。教官モード全開だ。


「と、特訓……? まさか毒の調合とか暗殺術か?」

 ルシアンは枕を抱きしめ、戦々恐々と俺を見上げた。


「いいえ。まずは『眼力で威圧する方法』からです」

 俺は溜息をつき、晩餐会の子犬目線を思い出して言った。

「あの目は軽蔑じゃなく、捨てられそうな子犬でした。あれじゃシルヴェスター殿下を騙せません」


 俺はルシアンに歩み寄り、手から枕を奪い取った。

 両手をソファの背もたれにつき、影で彼を閉じ込める。


「いいですか、殿下。俺のことを、貴方が最も見下してるゴミだと思って見てください。冷淡に、高慢に。唇に嘲弄の笑みを浮かべて。……さあ、やってみてください」


 ルシアンは唾を飲み込み、バイオレットの瞳でじっと俺を見つめた。

 目を細め、顔を背けようと必死に抗う。


「……」

「……」

「殿下、顔が真っ赤ですよ。それに呼吸が荒すぎます」


「しょ、しょうがないだろ!」

 ルシアンは俺を突き飛ばし、ソファの端まで逃げ出した。耳まで真っ赤だ。


「カイル、近すぎるんだよ! これじゃ『恋愛イベント』の判定距離だろ!? 大体、自分の騎士にあんな目を向けられるわけない……ゲームのシナリオと違うぞ。ここは『騎士の屈服』フラグが立って、君が俺に酷いことをする場面のはずなのに……」


「どこの国のシナリオですか、それは」

 俺はこめかみを押さえ、深い無力感に襲われた。

「……いいでしょう、次です。俺に『傲慢な命令』をください。聞いた者が恐怖し、残虐な暴君だと震え上がるような命令を。脳内のゲーム設定は一旦ゴミ箱に捨てて」


 ルシアンは深呼吸し、胸を張って威厳をかき集めた。

「カ、カイル! この無礼者が……俺を不安にさせるとはいい度胸だ! 今すぐ、ここで……」


 口をパクパクさせた後、自棄になって叫んだ。

「……ここで俺の足を揉め! 拒否は許さん! 命令だ!」


 照れ隠しでしどろもどろ、視線を泳がせる姿。

 ……正直、失望しかない。


「殿下。そんな命令、ただの甘えん坊だと思われるだけです」

 俺は歩み寄り、抗議するルシアンの足首を強引に掴んだ。彼はビクッと肩を跳ねさせる。

「残酷だと思わせたいなら、こう仰るべきです。『この目障りな足を切り落として、兄上への贈り物として届けてやれ』と」


「怖すぎるだろ!」

 ルシアンの悲鳴が響いた。



 特訓は丸一日続き、最終的に羞恥心の限界を迎えたルシアンが毛布にくるまって引きこもる形で終わった。

 俺はベッドの傍らに座り、丸まった背中を眺めながら、第一王子へ「ルシアンに野心はない」とどう釈明するか算段を立てていた。


「カイル……」

 毛布の中からくぐもった声。

「兄上に、俺が『努力』してるなんて言ったら……王位狙ってるって誤解されないかな? 兄上は自分の椅子を狙う奴が一番嫌いなんだ」


 震える毛布の塊を見て、俺は声を少し和らげた。

「……上手くやっておきますよ」


 彼の妄想はさておき、「王権への野心」を疑われるのは不味い。

 それなら当初の予定通り、「気まぐれで無能なクズ王子」の看板を維持する方が安全だ。


 しかし。

 俺が手を回すまでもなく、王宮内の噂はすでに制御不能な方向へ爆走していた。

 その日の夜。従者室の前を通りかかった時、中から漏れ聞こえる密やかな囁き。


「おい、聞いたか? ルシアン殿下の新しい騎士、今日の午後ずっと寝室で『お仕置き』されてたらしいぜ……」

「ああ、私も聞いたわ。中の物音が凄かったって。王子様、相手の足を切り落とせとか叫んでたんでしょう?」

「恐ろしいわ……あの冷静なカイル様が、中でルシアン様にそんなことやあんなことを……」

「やっぱり第二王子は危険なサディストだ。お気に入りの部下すら容赦しないなんて」

「カイル様が出てきた時、襟元がひどく乱れてたって話よ……」


 俺は扉の外で立ち尽くし、額に青筋を浮かべた。

「殿下が……騎士をいたぶっている?」


 確かに「悪名の流布」としては大成功。目的達成どころか、期待を遥かに超えていた。

 今や王宮中が信じ込んでいる——「ルシアン殿下は特殊な性癖の暴君」「騎士カイルはその毒牙にかかり、身も心もボロボロの生贄」だと。


 俺は特訓の最中に殿下に掴まれ、乱れたままの襟元を見下ろした。猛烈な自己嫌悪と無力感がこみ上げる。

 廊下の突き当たり、明かりの灯るルシアンの寝室を睨みつけ、俺は歯の隙間から言葉を絞り出した。


「……このふざけた三流芝居は、いつになったら俺というモブを解放してくれるんだ?」


 給料貰って平穏に暮らしたかっただけなのに。

 今の俺は「暴君王子の愛玩物」扱いだ。

 俺の平凡な未来は、もう跡形もなく消えていた。


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