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俺の主君は、自分を悪役だと信じて疑わない。~最強のモブ騎士(俺)は、自掘り墓に付き合わされて今日も溜息をつく~  作者: 雪沢 凛


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第二話 演技派(自称)王子の震える社交辞令

 ルシアンが「転生者」宣言してから三日。

 俺は殿下に捕まり、脈絡のない「設定」を叩き込まれ続けた。

 ヒロインは公爵令嬢、兄上は「公式推し」……正直、一言も理解できなかった。

 結論は一つ。

 ルシアンは元々の性格破綻に加え、重度の妄想症を併発しただけだ。


「いいか、カイル。今夜の晩餐会に兄上――『完璧なる聖光の守護者』シルヴェスターが出る。そこがシナリオの重要分岐点フラグなんだ」

 更衣室で正装の着付けを手伝わせているルシアンは、顔面蒼白で足が小刻みに震えていた。


「殿下、ボタンがズレてます。それに、そんな怖いなら病欠でいいんじゃないですか?」


「ダメだ! 今夜は兄上の前で『無能と嫉妬』を完璧に演じ、公衆の面前で侮辱しなきゃ! それが俺の生存戦略だ!」


 彼は深呼吸し、鏡の中の傲慢な王子を睨んだ。

 瞬間、瞳が変わり、浮ついた邪悪な笑みを浮かべる。


「見てろ、これぞ『悪役』の微笑み……ゴホッ、ゲホッ!」


「……殿下、むせています。それに今の笑み、邪悪じゃなく顔面が引きつってるだけです」


 俺はハンカチを差し出し、心の中で二千回目の溜息をついた。


 ゲームの世界なんて信じていないが、あれほど不遜な男が生き残るために自分を追い込む姿を見ると、辺境伯爵家特有の「面倒見がいい」悪癖が疼く。


「いいかカイル、万が一やりすぎて兄上の近衛が剣を抜いたら、絶対守ってくれよ! マジで、俺痛いの超苦手なんだ!」


「……は。承知しました」


 ルシアンはふと溜息をつき、真剣に俺の顔を覗き込んだ。

「それにしても……カイルって原作じゃ『このモブ騎士かっこよすぎ、攻略ルート出せよ!』って叫ばれるキャラなのに、なんでこの世界じゃ誰も気づかないんだ? この顔だけで限定CG確定なのに」


 そして頭を抱え、叫んだ。

「ダメだ! 君が目立ちすぎると兄上の目に留まる! もっと地味にしろ! 正装似合いすぎだから脱げ、冴えない服に着替えろ!」


「殿下、これは騎士の最低限の正装です」

 俺は冷静に返した。

「まさかパジャマで国賓の前に出ろと?」


 この人、本当に面倒くさい。




 晩餐会の会場は煌びやかな灯火に包まれていた。

 ルシアン殿下がホールに入った瞬間、空気が凍りついた。

「見ろ、あの第二王子……」

「今夜は誰が餌食になるやら」

 ひそひそ話が四方から。


 殿下は背筋を伸ばし、傲慢な表情を保つが、後ろから見る俺には、うなじの冷や汗がシャワー浴びた直後のように見えた。


 人垣が割れ、神聖なオーラの銀髪碧眼の青年が歩み寄る。

 第一王子、シルヴェスターだ。


「ふん、兄上は相変わらず救世主面ですか。反吐が出ますね。こんな退屈な集まりを有難がってるのは兄上くらいだ」


 周囲から息を呑む音。

 ルシアンは毒づくが、背後の左手が服の裾をぎゅっと握っているのを俺は見逃さなかった。


 シルヴェスターは怒らず、神聖な笑みを浮かべ一歩近づいた。

「ルシアン、私の可愛い弟よ。新しい従者を選んだと聞いたが、彼のことかな?」


 声は耳を疑うほど優しいが、瞳はナイフのように鋭い。俺を射抜く視線に息が詰まる。


「ふん、辺境から来た田舎者ですよ。顔だけマシだったので置いてやってるだけだ」

 ルシアンは無礼に吐き、俺を蔑む目で見せた。

 これが「芝居」だろう。周囲は軽蔑の眼差し、兄上の瞳に影が差す。


 効果はあった――そう確信し、さらに追い打ちをかけようとした時。

 シルヴェスターが突然、ルシアンの肩に手を置いた。


「そうか。だが聞いているよ。君はその『田舎者』のために、父上から賜った『魔力原石』を返上したそうじゃないか。石ころより実用的な騎士装備が必要だと……随分と目をかけているのだな」


 俺は呆然とした。

 国王からの褒賞を断った? 初耳だ。先日の最高級レザーアーマー二着は、標準装備だと思っていたのに……。


 ルシアンの演技に致命的な亀裂。顔色が蒼白から驚愕へ変わる。

「そ、それはあいつがみすぼらしかったからだ! 俺の恥になるからそうしただけで、目をかけてるわけじゃない!」


「果たしてそうかな?」

 シルヴェスターの視線が深まる。

 威圧にルシアンは小刻みに震え、瞳孔が激しく揺れ、張り付いた冷笑が凍りつく。


 不味い。こいつ、持たない。

 今にも泣き出しそうな、必死に悪役を演じるバイオレットの瞳を見た瞬間。

 脳が考えるより先に、体が動いた。


 俺は一歩踏み出し、二人の間に割り込み、ルシアンを背後に庇った。

 シルヴェスターに慇懃だが拒絶の意を込めた一礼。


「失礼いたします。ルシアン殿下は今宵、体調が優れません。賓客の皆様にご迷惑をおかけする前に、これにて退室し、殿下をお部屋までお送りいたします。よろしいでしょうか?」


 辺りが静まり返る。

 王子殿下の言葉を遮るなど、従者にとっては自殺行為。


 シルヴェスターは目を細め、俺とルシアンを交互に見つめ、底知れない微笑を浮かべた。

「……面白い。どうやら、随分と『特別』な騎士を選んだようだな」




 誰もいない寝室に戻り、ドアを閉めた途端、ルシアンは崩れ落ちた。


「終わった……全部台無しだ……」

 彼は金髪をかきむしり、絶望の声を上げた。


「殿下、場は混乱しましたが、公衆の面前で兄上に盾突いたのです。目標は達成されたのでは?」


「どこがだよ!」

 ルシアンは顔を上げ、潤んだ瞳で悔しげに叫んだ。

「俺が一方的に侮辱して、向こうが軽蔑して終わるはずだった! なのに結果はどうだ? あいつの前で『部下思いの優しい弟』を露呈させちまった! これじゃ兄上の目には『従者のために兄に逆らう情の厚い弟』に映っただけじゃないか!」


 彼は地団駄を踏んで悔しがった。

「これじゃヘイト稼ぐどころか、生存フラグ折るどころか……カイル、俺のバカ、もう死ぬしかない、ううっ……」


 自称転生者のくせに、「悪役になりきれなかった」ことを本気で後悔して泣きそうな王子。

 俺はやれやれと、その前に膝をついた。

「殿下、あの装備……ありがとうございました」


 ルシアンの泣き声が止まった。

 呆然と俺を見つめ、頬に微かな赤みが差すと、バッと顔を背けた。

「……そ、それは俺のメンツのためだ! モブ騎士のくせにうぬぼれるな!」


 俺は少しだけ笑い、それを指摘しなかった。


 この仕事は想像以上に厄介だが、「悪党になろうと必死な馬鹿」を守るのも、そう悪くないかもしれない。


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