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俺の主君は、自分を悪役だと信じて疑わない。~最強のモブ騎士(俺)は、自掘り墓に付き合わされて今日も溜息をつく~  作者: 雪沢 凛


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第一話 俺が「あの」王子の獲物になった件について

 あの日――


 王立騎士団の食堂は、いつもの喧騒に満ちていた。

 カトラリーの音、下品な笑い、訓練や上司への毒舌。


 平凡で退屈な日常。

 ――本来なら、それで終わるはずだった。


「……おい、カイル。これ、マジか?」

 親友のランスが、死刑囚を見るような目で俺を凝視した。手が震えている。


「もし第二王子殿下の専属騎士任命書の話なら」

 俺は無表情で硬い黒パンを切り分け、淡々と答えた。

「残念ながら、現実だ」


 次の瞬間、食堂が不気味な沈黙に包まれた。


「……終わったな」

「人生詰んだな」

「あいつ、もう死に体だろ……」

 遠慮のない囁きが耳に突き刺さる。

 ランスは頭を抱え、息でつぶやいた。

「お前、ルシアン殿下の噂知ってるだろ?」


 知っている。嫌というほど。

 ルシアン・ヴァルディア。

 王都の騎士なら誰もが全力で避ける存在。


「前の従者は、殿下が遊んでる最中に影を踏んだだけで」

 ランスが早口でまくしたてる。

「衆人環視で『犬以下の平民』と罵倒され、翌日除隊届を出したんだぞ」

 隣の同僚まで身を乗り出した。

「最近は真面目な騎士をいたぶるのが趣味らしい。演習で罠仕掛けて、泥まみれの奴を指差して大笑い」

「規律を重んじる人間が崩壊するのを見て楽しむ、ド変態だってよ」


 俺は何も答えなかった。

 その手の噂は、聞くだけじゃなく目撃したこともある。


 三日前、激しい雨の中。

 年嵩の騎士が、跳ね上げた雨水を殿下のブーツに一滴飛ばしただけで、その場で土下座を強要された。

 雨の帳の中で、殿下は高みから傲慢に笑っていた。

 灰色の空の下、金髪だけが苛立つほど輝いていた。

 ――あの不遜な姿、今も脳裏に焼き付いている。


「カイル、気をつけろよ」

 ランスが肩を強く叩いた。まるで葬送の鐘のように丁寧に。

「みんな言ってるぜ……殿下は今回、お前を『獲物』に定めたんだってな」


「獲物?」


「そういう意味だよ!」

 彼は顔を青くして声を潜めた。

「お前の無表情ツラが、あの変態の嗜虐心をそそるんだ。『この顔が恐怖で歪むところを見たい』……絶対そう思ってるはずだ」


「……」

 冷ややかな視線を返したが、背筋に毒蛇のような寒気が走ったのは確かだった。




 正式な任命を受けた日の午後。

 俺は「いつでも田舎に帰って耕す」覚悟を胸に、殿下の私室をノックした。


「入れ」

 気だるげで作られた傲慢な響き。

 ドアを開けると、濃厚な薫香が鼻をつく。思わず息を止めたくなる。


 ルシアン殿下は背を向け、豪華な肘掛け椅子に座っていた。

 夕日が影を長く引き、圧迫感を生む。


「今日から」

 彼はゆっくり椅子を回転させた。手元に赤い液体の杯。

「お前が俺の専属騎士だ。カイル・ヴァルツ」


 俺は頭を下げ、完璧な騎士の礼を取った。

「は。本日より、カイル・ヴァルツ、殿下の御身をお守りすべく誠心誠意努めます」


 頭の中では、嫌がらせの対処法を百通りシミュレートしていた。

 酒をかけられたら耐える。

 公衆で屈辱を受けても耐える。

 靴を舐めろと言われたら――辞表叩きつけ、逃げる前に一発殴ってやる。


 しかし。

 室内の空気が一分近く沈黙した。


「……鍵を、かけろ」

 声が唐突に変わった。

 高圧的な響きが消え、溺れかけた人間が震えを押し殺すような声。


「は」

 俺はドアの錠を閉め、振り返った。

 さっきまで優雅に杯を揺らしていた第二王子が、支えを失ったように椅子から崩れ落ち、絨毯にへたり込む。

 杯が「カラン」と虚しく転がった。


「……た、助けてくれ……」

 彼は金髪をかきむしり、俺を見上げた。

 バイオレットの瞳に傲慢さはなく、溢れんばかりの「恐怖」だけがあった。


「やっと……やっと来てくれた……」

 震える声で、彼は言った。

「カイル、この世界で俺を救えるのは、もう君しかいないんだ!」


「……は?」

 この人生で初めて、王族に対してこれほど失礼な声を出してしまった。

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