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俺の主君は、自分を悪役だと信じて疑わない。~最強のモブ騎士(俺)は、自掘り墓に付き合わされて今日も溜息をつく~  作者: 雪沢 凛


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第十一話 夜会に潜む刃と熱狂

 王城の晩餐会場は煌々と灯りがともり、優雅な旋律が流れていた。

 だが、空気には拭いきれない緊張感が漂う。


 狩猟祭は昼間の「不測の事態」で急遽切り上げられた。

 シルヴェスターは開宴時、「森で騒動があった」とだけ告げ、中止を宣言。詳細は語らず、貴族たちは困惑を隠せなかった。


 俺は控えめな騎士正装で会場の隅に控えていた。

 視線の先には、恐怖を紛らわせるように菓子を一心不乱に口へ運ぶルシアンの姿。


「ヴァルツ騎士。今宵の酒は、君の口には合わないかな?」

 低く甘美な声が耳元で響いた。


 俺は内心の驚きを押し殺し、静かに振り返って礼を執った。

「シルヴェスター殿下」


 金縁の杯を手に、薄く笑みを浮かべるシルヴェスター。

 深紫の華服を纏った彼は、昼間より苛烈な威圧感を放っている。


「全て順調なら、今夜の主役は君だったはずだ。短時間で大公鹿を仕留め、道端の小兎まで見逃さない腕前……宮廷の教官たちも形無しだね」


「滅相もございません。ただの偶然にございます」

 俺の声は平坦を保った。


「偶然、か」

 シルヴェスターは酒を啜り、瞳を細めた。

「アリス嬢は今夜、体調不良で欠席だ。彼女から伝言を預かっているよ。鹿角には大変満足した。そして、あの時現れた君の姿は……強烈に『印象』に残った、とね」


 剣の柄を握る手に力が入る。あの令嬢の「印象」は、吉兆ではない。


 シルヴェスターは杯を置き、耳元まで顔を寄せた。

「あの刺客たちは牢で毒を煽って自害した。死士だ、雇い主など吐きはしない」


 氷の刃のような視線で俺を射抜く。

「奴らの標的が私だったのか、それとも私の『無能なはずの』弟だったのか……まだ断定はできないがね」


 言葉を切り、危険な警告を付け加えた。

「だが一つ言っておこう、ヴァルツ騎士。……万が一にも、これが君たちの自作自演でないことを祈るよ。もしそうなら、その代償は君の想像を絶するものになる」


「……肝に銘じておきます」


「そう願おう」

 シルヴェスターは背を向け、柱の陰に隠れていたルシアンへ歩み寄った。

 有無を言わせぬ力で肩を掴む。


「ルシアン、もう十分だろう。今夜は私の寝宮へ来なさい。君とは一度、ゆっくりと『話』をせねばならない。我ら兄弟の間には、面白い誤解が溜まっているようだからね」


 ルシアンの手にあったフォークがガランと落ちた。

 赤らんでいた顔が土気色に変わり、助けを求める視線が俺へ縋り付く。


 ……雛鳥のように連行されていく主君を、俺は同情と頭痛を覚えながら見送るしかなかった。




 ルシアンが連れ去られた後、俺は漆黒の隠密服に着替え、近衛の巡回を避けて地下安置所へ潜入した。

 刺客の遺体が安置されている地窖。毒で死んだ奴らだが、刺青以外に組織の痕跡があるはずだ。

 鍵をこじ開けた瞬間、手が自然と剣にかかった。


「誰だ」


 影の中で細い人影が死体の傍らに蹲っていた。

 微かな青い魔導燈を掲げた人物がゆっくり振り返る――体調不良で欠席のはずのアリスだった。


「アリス様……? このような場所に、お一人で現れるとは危険すぎます」


「ヴァルツ騎士、それはお互い様でしょう?」

 彼女は優雅に立ち上がり、魔導燈の光が冷徹な横顔を照らす。


「危険、ですか……」

 影の奥から鋭い殺気が走った。

 刺客ではない。もっと洗練された「掃除屋」の気配だ。

「もちろん一人ではありませんわ。公爵家の継承者として、最低限の保険は掛けておりますの」


 アリスがくすりと笑うと、殺気は霧散した。最初から存在しなかったかのように。

 俺は悟った。

 この令嬢は、ルシアンの言う「純情なヒロイン」などという枠には収まらない怪物だ。


「ヴァルツ騎士。貴方も『シナリオの変異』を調べに来たのかしら?」


 聞き捨てならない言葉に、俺の瞼が跳ねる。

「シナリオ……?」


「ええ。本来なら、今日はもっと『叙事詩的美学』に満ちた結果になるはずでしたのに」

 彼女は試すような、愉悦を含んだ目で俺を見た。

「でも、予定は狂ってしまった。……まさか、ただの『モブ騎士』であるはずの貴方が、手を出したわけではないわよね?」


 またこれだ。どいつもこいつも訳の分からない迷言ばかり吐きやがる。

「お嬢様、刺客の件については……」


「ああ、そんな退屈な政治闘争は後回しですわ!」

 アリスは冷淡な仮面を脱ぎ捨て、両手を打って目を輝かせた。

 そこには狂信的な情熱が宿っている。


「ヴァルツ騎士、貴方がいるのなら、もっと重要な情報を共有しなくては! 知っていますか? 今、帝都の淑女たちの間では『腐文化ク・ブンカ』という高尚な嗜みが流行り始めているのです!」


「……ク?」

 俺は呆然と呟いた。


「そうです! 身分を超えた主従、傷痕と救済、禁忌の淵で揺れ動く感情! 例えば今日、ルシアン殿下は貴方を守るために、兄君の前で彼を殺すと宣言なさいましたわ……。ああ、なんて凄惨で美しい『独占欲』! そして空から舞い降りた貴方の献身……!」


 張り詰めていた神経が、巨大な鉄槌で叩き潰されたような音がした。


「……お待ちください」

 俺はこめかみを押さえた。かつてない無力感が全身を支配する。

「殿下があのようなことを言ったのは……」


「分かっています、分かっていますわ!」

 彼女は熱っぽく遮った。


「説明は不要です! 『全世界に誤解されても君だけを守る』というこの設定、最高ですわ! ヴァルツ騎士、これからもその『圧倒的なモブ感』を維持してくださいまし。それこそが、今年のトレンドです!」


 眼前にいるのは権力の中枢に座る高貴な千金。

 だがその中身は、遺体安置所で「文化」を語る狂人だ。


 ……この時、俺は初めてルシアンの苦悩を心から理解した。

 この城にいる雲の上の連中は、どいつもこいつも頭がイカれている。


「……お嬢様、他にご用がなければ、失礼いたします」


 俺は逃げるようにその場を後にした。


 アリスと「文化交流」をするくらいなら、第一王子の寝室で死にかけているであろうルシアンを救いに行く方が、幾分かマシな気がしたからだ。

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