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ダンジョン配信のコメント欄が怖いので、私は裏方で世界を救います

作者: 星渡リン
掲載日:2026/03/01

本作は「ダンジョン配信」が一般化した世界を舞台に、配信のコメント欄(言葉の圧/誹謗中傷/炎上)の怖さと、そこから距離を取って立て直す物語です。

作中には辛辣なコメント表現や、精神的に追い詰められる描写が含まれますが、暴力的・残酷な描写は強くありません。物語は「裏方の手順」で状況を改善し、最終的に命と心が守られる方向へ着地します。

読後はスカッと軽く、少しだけ呼吸が楽になるハッピー寄り短編を目指しました。

 コメント欄って、刃物だと思う。


 切れ味が良すぎて、こちらが何も持っていなくても刺さる。

 しかも刺した側は手が汚れない。通知音だけが、耳に残る。


 だから私は――今日も最前線で「見られている」ことが怖かった。


◇◇◇


 ダンジョン第三層。通称“盛り上がり階”。


 天井の魔晶灯が白く光り、壁の苔が青く反射する。視界が良い。見栄えが良い。つまり事故りやすい。


 私は探索班《レオン隊》の支援担当、ミオ。

 回復も結界もできる。できるけど、今日は手が少し震えていた。


『コメント、今すごいよ! ミオさん見て!』


 配信用の通信魔晶から運営スタッフの声が弾む。

 弾んでる場合じゃない。現場は弾むと死ぬ。


 視界の端にコメントが流れる。いつもは薄い帯。今日は濃い。勢いも濃い。


【いけるいける!】

【レオン強すぎw】

【ミオ、回復遅れんなよ】

【支援ちゃんとしろ】


 ……早い。評価が。


 前衛のレオンが剣を振って魔物を斬る。爽やかに、派手に。

 視聴者が喜ぶ。画面が揺れる。コメントが増える。通知音が鳴る。


 ピロン。ピロン。ピロン。


 音が思考の端を削る。削って、判断を細くする。


「レオン、右。もう一体来る」


 索敵で影を拾って言った。レオンが笑って頷く。


「了解! さすが裏の目!」


 その瞬間、左の床が沈んだ。

 “盛り上がり階”の罠は、見えるのに速い。視聴者が好きなタイプ。


「足元――!」


 叫ぶ前に、レオンが踏み抜いた。床が割れ、レオンの足が落ちる。鎧が擦れて火花が散った。


 私は反射で回復の魔力を流した。

 でも止血の判断が一拍遅れた。


 ――一拍。


 異世界なら、一拍で死ぬことがある。

 配信なら、一拍で叩かれる。


【何してんの】

【回復おっそ】

【戦犯】

【降りろ】


 通知音が増える。


 ピロン。ピロン。ピロン。ピロン。


 鼓動が速くなる。魔力の流れが指先で乱れる。

 コメントの文字が残像みたいに焼き付く。


「ミオ、大丈夫!?」


 セラ(回復役の先輩)が私の肩を掴んだ。

 私は笑おうとして失敗した。口角が上がらない。


「……大丈夫。今、やる」


 言いながら、心の中は大丈夫じゃなかった。

 魔物より、コメントが刺さっている。


 結局、レオンはセラの回復と私の結界で引き上げた。事故は事故で終わった。命は残った。


 でも配信の空気は、もう戻らなかった。


【ミオのせい】

【交代しろ】

【いつまで出してんだ】


 私はそこで分かった。

 次に私がミスをしたら、事故じゃ済まない。現場が壊れる。私が壊れる。


◇◇◇


 帰還。転移陣の光が消えて、観測室の床に足がついた。


 レオンが笑って肩を叩く。


「悪くなかった。罠が悪い」


 優しい。

 でも優しさは、コメントの刃を抜いてはくれない。


 私は息を吸って言った。


「……コメント欄が怖いので、私は裏方に回ります」


 レオンの笑顔が止まった。


「は? ミオ、冗談だろ」


「冗談なら、先に胃が治ってます」


 セラが私の顔色を見て、静かに頷いた。


「……無理しないで。ミオは戦う場所を選んでいい」


 レオンは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 それが、一番救いだった。


◇◇◇


 裏方の部屋は静かだ。静かで、怖くない。通知音がないだけで呼吸ができる。


 私は《運用室》に配属された。仕事は地味で、映像に映らない。


 補給。装備点検。回復薬の管理。撤退基準の整備。罠ログの記録。導線設計。緊急連絡の手順化。


 最初に作ったのは、紙一枚のチェック表だった。


【出発前チェック】

・回復薬:本数/濃度/使用優先順位

・止血布:煮沸消毒済み/枚数

・ロープ:結び目確認/長さ

・撤退合図:短音二回(全員共有)

・コメント通知:OFF推奨(※後述)


 運用室の先輩が鼻で笑う。


「相変わらずミオ、細かいね。配信は“映え”だよ?」


「映えない方が死なないので」


 私は淡々と言った。最近、自分でも気に入っている返しだ。


 地味な仕事の成果は“減る”形で出る。事故が減る。怪我が減る。怒鳴り声が減る。胃痛が減る。


 褒められないけど、それでいい。

 褒められると、コメント欄が増えるから。


◇◇◇


 最初の小さな成功は、第三層の落とし穴だった。


 罠ログを見返して気づく。踏み抜く直前、床の苔が「少しだけ」色を変える。誰も気づかない。配信画面だと美しく見えるだけだ。


 私はレオン隊の通信に短く送った。


『苔が薄青→白に変わったら一歩止まる。止まって確認』


 翌日の配信。


 落とし穴の手前でレオンが止まった。人気者ほど止まれないのに、止まった。


「……お、今の苔、色変わったな。ミオのメモ通り」


 止まった瞬間、罠の床が沈んだ。

 でも誰も踏んでいない。落ちない。怪我しない。


 コメントが流れる。


【え、止まったの偉い】

【地味だけど安心】

【今日の進行うまいな】


 進行。

 “戦犯”じゃなく“進行”。その言葉が少し嬉しかった。


 レオンが配信カメラに向かって笑う。


「今のな、裏方のミオが整えてくれてる。俺の剣だけじゃ無理」


 私は運用室で固まり、次の瞬間、全力で机の下に隠れた。


(やめて。名指しは危険。コメントが増える)


 案の定。


【ミオ有能】

【裏方神】

【戻ってこい】


 戻らない。

 私は静かにチェック表を更新した。


『名指し:危険。なるべく避ける(お願い)』


◇◇◇


 中盤の危機は、ダンジョンが“配信映え”を覚えた日だった。


 第四層。光る誘導線が床に現れた。進めと言っている。派手だ。美しい。視聴者が好きなやつ。


 コメントが踊る。


【行け行け!】

【映えルートきた】

【突っ込め!】

【慎重とかつまんね】


 私は運用室で胃を押さえた。


(コメントが罠の導線になってる)


 レオンが誘導線に足を乗せかける。空気が「行け」の形になる。


 私は通信に入れた。声はいつもより低い。


『レオン、止まって。そこ“誘導”じゃない。“分断”の導線。走ると落ちる』


「ミオ?」


 レオンが一拍迷う。

 コメントが増える。


【ミオが止めたw】

【指示厨】

【行けよ】


 ……ここで空気に負けたら事故る。事故ったら、コメントが“正義”になって誰かを潰す。


 私は追加で言った。


『撤退ラインを守って。視聴者じゃなく、足元を見て』


 セラが一歩前に出て言う。


「レオン。ミオの言う通り。戻ろう。今、無理する理由がない」


 その瞬間、誘導線が怒ったみたいに明滅し、床が一気に割れた。

 誘導線の上だけ。


「……ほらな」


 レオンが乾いた笑いを漏らした。


 コメント欄が一瞬静かになり、次に変な方向へ燃えた。


【コメントに勝ったw】

【ダンジョン煽り耐性ない】

【草】


 草じゃない。命が残っただけだ。


 私は決めた。


(コメント通知、切る。遅延を入れる。危険語フィルタを入れる)


 そして運営に言うための資料を作り始めた。


◇◇◇


 対立は運営室で起きた。


「コメント制限は反発を招きます。視聴者の自由が……」


 運営担当が渋い顔をする。


 私は紙を置いた。数字は強い。運営にも効く。


「炎上時、事故率が上がっています。これがログです」


 淡々と読み上げる。


「通知音が増えると心拍が上がり、判断ミスが増えます。ミスが増えると怪我が増え、怪我が増えると炎上が増えます。循環です」


「……そこまで見てるんですか」


「裏方なので」


 セラが言った。


「言葉で人が死ぬのはおかしい」


 その言葉が部屋に落ちた。重い。でも正しい重さだ。


 レオンが腕を組む。


「俺は世界を救いに来た。コメントに殺されたくない」


 運営担当がため息をついた。


「……分かりました。遅延表示と危険語フィルタ、試験導入します。ただし責任は」


「私が持ちます」


 口が勝手に言った。怖い。でも、責任を持たないと守れない。


◇◇◇


 クライマックスは最深部で起きた。


 第六層。核心に近い場所。

 ダンジョンの“配信映えトラップ”が同時に動いた。


 誘導光。落下床。分断壁。音響罠。

 そして最悪のやつ。


 “視聴者が盛り上がるほど強くなる”共鳴魔晶。


 配信画面が派手に揺れ、本来ならコメントが雪崩れる状況。


 でも今日は違う。


 遅延が入っている。危険語フィルタが動いている。通知音は切れている。

 現場の通信は静かだった。


『ミオ、来た。分断』


 レオンの声が落ち着いている。

 それだけで勝てる気がした。


『手順どおり。撤退ラインを一段下げる。セラは回復温存。レオンは前衛固定。右ルートへ』


「了解。右へ!」


 私は運用室で、事前に仕込んでいた補給投下を起動した。

 投下口からロープ、止血布、煙幕玉が落ちる。


『煙幕、三つ。視界が切れたら使って。焦って突っ込まない』


 分断壁が閉じる。共鳴魔晶が“盛り上がり”を欲しがって光る。


 でもコメント欄は静かだ。

 静かだと、現場は落ち着く。落ち着くと、判断が戻る。


 レオンが言った。


「……静かな方が、強いな」


 私は笑いそうになって、やめた。笑うと泣くから。


『核心、そこ。共鳴魔晶。確実に壊して。派手にやらなくていい』


「了解!」


 レオンの剣が振り下ろされ、セラの支援結界が重なる。

 共鳴魔晶がひび割れ、光が鈍る。最後の一撃で砕けた。


 爆発はない。代わりに空気が、すっと軽くなった。


『……生還。全員、無事』


 通信越しにレオンの息が聞こえた。生きてる息。帰る息。


 運用室のモニターには、遅延越しのコメントが流れていた。角が丸い。


【静かで見やすい】

【落ち着いてるのが一番強い】

【裏方すごい】

【今日、誰も怪我してないの神】


 神じゃない。手順だ。

 でも手順が神みたいに働く日もある。


 私は小さく呟いた。


「……コメント欄が怖いので、私は裏方で世界を救います。うん、正解」


◇◇◇


 後日。


 私は表に戻らなかった。戻れないわけじゃない。戻らない。選んだ。


 運用室の机は相変わらず紙だらけだ。チェック表、撤退基準、罠ログ、補給表。地味で、強い。


 レオンの配信が始まる。彼は最初に言うようになった。


「今日の英雄は、映ってないところにいる」


 私は画面外で軽く手を振った。映らない位置で。


 コメント欄は完璧に優しくなったわけじゃない。

 でも危険語が減った。煽りが遅延で刺さりにくくなった。なにより現場が落ち着いた。


 夜、レオンから通信が来る。


『ミオ。今日もありがとう』

『どういたしまして。怪我、なかった?』

『なかった。……コメントも静かだった』

『静かな方が強いので』


 送信して、私は息を吐いた。胸の奥の針が少しずつ抜けていく感じがした。


 世界を救うって、派手な剣技だけじゃない。

 たぶん、こういう地味な手順の積み重ねでもできる。


 私は胃薬の瓶を軽く叩いて、明日のチェック表を更新した。


【明日の追加】

・通知音:引き続きOFF

・危険語:新規追加(“突っ込め”系)

・褒め言葉:増えたので胃が少し楽


 最後の一行を見て、私は小さく笑った。


 魔物より怖いものは、減らせる。

 そして私は、映らない場所でそれをやる。


 裏方で。

 世界を、ちゃんと守る。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


この短編で書きたかったのは、「強さ」の置き場所です。

前線で剣を振るのは分かりやすい強さ。けれど、現場が落ち着いて判断できる“空気”を作るのも、同じくらい強い。むしろ、それがないとどんな才能も事故に持っていかれます。


ミオは“コメントに負けた”のではなく、“戦う場所を変えた”だけ。

通知音を切る、遅延を入れる、危険語を減らす。地味な手順で、命が残る確率を上げる。派手な勝利ではないけれど、こういう勝ち方が一番好きです。


そして、少しだけ。

コメント欄が静かになると、世界はちゃんと強くなる。

その感覚が、あなたの毎日のどこかにも届けば嬉しいです。

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