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夢売りのほうき星

作者: かわさんご

 ピピピピッ、ピピッ、バシ。

 目覚ましの音に叩き起こされて、今朝もわたしは学校に行く準備を始める。

 まだ新しい匂いの残る制服に身を包んで鏡の前に立つと、いつも通りの憂鬱な顔をした自分の姿が映っていた。

 カバンも、足取りも、玄関のドアさえも、これから学校に行くのだというだけでひどく重たく感じる。

 家族に「行ってきます」と笑って言うと、「行ってらっしゃい由良」「気をつけて行くのよ〜」「楽しんでね」と明るい返事が返ってくる。

 わたしは笑顔で手を振って家を出ると、ため息をついた。

 その時、わたしと同じ制服を着た3人組が、スカートを揺らしながら楽しそうに学校の方へと駆けて行った。

 学校という場所は、友達がいなければ楽しめない。

 もしかしたら本当に1人が好きで、勉強も好きで、1人でいても他人の目なんて気にならない、なんて子が存在するのかもしれないけど、残念ながらわたしはそんなに図太くないのだ。

 小学生の頃、その事実を痛感し、中学生では頑張って友達を作ろうと決心していたはずなのに、中学生になって1ヶ月が経った今でも、わたしには友達と呼べる子はできていない。


「‥‥‥だって自分から話しかけるとか無理だし、自己紹介で面白いこととか言えないし‥‥‥」


 わたしは自分で自分に言い訳を呟きながら、今日も学校に向かった。


 長い、長い学校が終わり、わたしは夕暮れの通学路をフラフラと歩く。

 放課後は部活動を見学して回ってみたものの、どこもキラキラしていて楽しそうで、自分とは別世界にいる子達のように思えて、入部できる気がしなかった。


「はあ‥‥‥あれ?」


 今日何度目になるかもわからないため息をついて顔をあげると、みたことのない看板が目に入ってきた。


『素敵な夢、売ってます』


 看板にはその文字と、狭い路地裏を指す矢印のみが書かれている。


「夢を‥‥‥?この矢印、路地裏に入れってことだよね。こんなところに新しい店ができたんだ」


 怪しいと思いながらも、わたしは行ってみることにした。

 つまらない日々に飽き飽きしていたというのもあるし、単なる興味本位というのもある。

 狭い路地裏を奥に進んでいくにつれ、薄暗くなっていった。

「怖い店だったら、すぐに引き返せばいい」と自分に言い聞かせながら、恐る恐る進む。

 しばらく行くと明かりが見え、開けた場所に出ると、路地裏の先にあるとは思えない広い野原が広がっていた。

 そこに、小さな店がポツンと佇んでいる。


「ここだ。こんな場所があったなんて‥‥‥」


 わたしはずっとこの街に住んでいたけど、路地裏の先にこんな広い野原があるなんて知らなかった。

 柔らかな日差しが差し込むその場所はとても居心地が良く、ふかふかの草の上に大の字に寝転がりたくなる。

 わたしはそんなことを考えながらお店に近づき、ドアノブに手をかけた。


ーカラン、コロン。


 ベルの音と同時に、ゆっくりとドアが開く。


「わあ‥‥‥!!」


 店の中には、室内にいることを忘れさせる程の星空が広がっていた。

 商品棚も何もない店内の中心に、椅子と机だけが置かれており、そこに1人の若い女の人が座っている。


「いらっしゃいませ」


 透き通る声でそう言って、店員と思われるその女性はにこりと優しく笑った。


「あの、ここは何を売っているんですか?夢を売るってどういう意味?」


 わたしが尋ねると、彼女は立ち上がって星空柄の壁に手を伸ばし、1つの星に手をかざした。

 すると、壁紙の柄だったはずのその星が壁から浮き出ていき、彼女の手に握られた。


「えっ?!今、何が起こったの?!」

「この一面の星空は全部商品棚なの。この店は夢を売っているのよ、夜寝るときにみる、あの夢を。今私が持っているこの星は商品の1つ。これは、頭が良くなる夢を見させてくれる商品よ」


 目の前で不思議なことが起きすぎて、理解が追いつかない。


「えっと‥‥‥本当に、みたい夢を買えるんですか?」


 わたしが疑わしそうにそう聞くと、彼女はすぐに「そうよ」と答えた。


「信じてくれなくてもいいの。もしインチキな商品だったら、全額返金するわ。どう?買ってみたくない?」

「い、いくらですか?」


 気づいたら、わたしは彼女にそう聞いていた。

 なんでもいいから日常に変化が欲しかったし、面白いことが起きてほしい、なんてことを考えていた。


「ひとつ千円。安くはないわよ。持ち合わせはあるかしら」

「‥‥‥どうぞ」


 わたしは千円札を渡す。

 彼女は「はい確かに」と言ってそれを受け取った。


「あなたはこのお店の常連さんになるでしょうから、お名前を聞いておこうかしら。私は箒星。星さんとでも呼んでね」

「ほうきぼし‥‥‥?あ、わたしは由良です、ゆら。あと、常連になるとはまだー」

「いいえ、なるわ。必ずなる」


 箒星‥‥‥星さんは、そう言って笑った。

 不思議だ、この人がそう言ったら、本当にそうなる気がしてくる。


「じゃあ由良ちゃん。早速だけど、どんな夢がみたいのかしら?」

「じゃあ、えっと、友達ができる夢とかってありますか?」


 わたしがそう聞くと、星さんは「あるわよ」と言って、大量にある星の中から迷わず1つの星の前に立ち、例の如くそれを取り出した。


「さあどうぞ。これを枕元に置いて眠れば、友達ができる夢がみられるわ。この星の効果は眠り始めてから8時間。8時間経ったら自然と目が覚めるし、逆にいうと8時間立たないと目が覚めないから、夜更かしした日に使ったりしたら翌日学校に遅刻しちゃうから気をつけるのよ」


 わたしは頷いて、その星を受け取った。

 星は私の手の中でキラキラと淡く発光している。


「きれい‥‥‥」


 思わず声が漏れてしまった。

 星さんは満足げに「うふふ」と上品に笑う。


「さあ、商品についての説明は以上よ。もう帰りなさい。この店は窓がないからわからないけど、外はもう真っ暗よ」


 星さんに促されて、わたしは「ありがとうございました」とぺこりと礼をして店を出た。


***


「由良ちゃーん、一緒に学校行こ!」


 家の前から声がして、わたしは部屋の窓から顔を出した。

 するとそこには、わたしと同じ制服を着た女の子が立っていて、わたしに気づいたその子は嬉しそうに「はやくー!」と言って手を振ってくる。


「ちょっと待ってよ!すぐ行く!」


 わたしはそう言って鏡の前に立ってバッグを持つと、「よし」と満面の笑みで呟いて階段を駆け下り、家を飛び出した。

「遅いよー」と文句を言われたり、他愛もない話をしながら笑い合い、2人並んで登校する。


「今日の放課後は何しようか?」

「由良ちゃんは何したい?私はー」


ープツン。


「え、な、なに?!」


 糸が切れたような音と共に、目の前が壊れたテレビのような砂嵐に包まれた。


***


「あっ‥‥‥夢!!」


 目を覚ましたわたしは、昨日枕元に星を置いて眠ったことを思い出した。

 一歩遅れて鳴り出した目覚まし時計を慌てて止める。


「本当にみれたんだ、友達ができる夢」


 わたしはまだ夢見心地でぼんやりしながら部屋のカーテンを開けた。

 もちろんそこにはわたしの名前を呼ぶ女の子の姿なんてない。

 だってあれは夢なんだから。


「楽しい夢だったな‥‥‥」


 もそもそと学校へ行く準備を始める。

 少し迷って、わたしは結局千円札を財布に入れた。


 その日の学校帰りにも、わたしはあの店へ向かった。

 店に入ると、星さんが「やっぱりまた来たわね」と得意げに笑う。


「みたかった夢は見みれたかしら?」

「はい!まさか本当に見れるなんて‥‥‥」


 わたしは興奮気味にそう言うと、すぐに財布から千円札を出し、星さんに差し出した。


「あらあら、よほど楽しい夢をみれたのね。次はどんな夢をお望みかしら?」

「えっと、人気者になれる夢ってあったりしますか?」

「ええ、もちろん」


 星さんはそう言って、昨日と同じようにして壁紙から星を取り出し、それをわたしに渡した。

 わたしはお礼を言って飛びつくように星を受け取る。

 寝る時間が楽しみで、待ち遠しくてたまらなかった。


 その日も、わたしは夢を見た。

 友達に囲まれて登校して、教室に入ったらクラスメイトが「おはよう!」とわたしに駆け寄ってくる。

 休み時間も移動教室も、1人でいる時間なんかなくて、わたしの周りには常に友達がいた。

 夢の中のわたしは理想の姿で、話を広げたり、みんなを笑わせたりしている。

 現実で夢の中のような自分になれたなら、人気者とまではいかなくても、わたしにも友達ができたりするんだろうな、なんてことを、夢から覚めたわたしはぼんやりと思った。


 次の日も、また次の日も、そのまた次の日も‥‥‥いつしかわたしは、学校帰りにあの店に寄って星を買うのが日課になっていた。

 夢を買う時、どうしてもどんな夢をみたいか星さんに伝えなければいけなくて、それによって自分に友達がいないのだと星さんに知られることが最初は恥ずかしかった。

 でも彼女は、私がみたいと言った夢を笑ったり、馬鹿にしたりすることは決してなかった。

 それは店の店員なので当然と言えばそうなのだけど、わたしにはそれがとても嬉しくて、いつしか何も気にせず夢を買うようになっていった。


「あ、もう朝‥‥‥」


 夢を買い続けて2週間あまりが経った。

 その日も楽しい夢から覚めたわたしは、いつも通り制服に袖をとおす。

 星を買い買い始めてから、以前よりも学校に行きたくない気持ちが増幅していっていた。

 夢の中と現実の違いが、まるで理想と現実を突きつけられているようだったから。

 一日中、早く夜にならないかな、なんて思いながら授業を受ける日々。


「‥‥‥っていうか、学校って行かないといけないの?夢で毎日言ってるじゃん」


 わたしは、「そうだよ、夢で授業受けてるじゃん」と呟くと、貯めていたお年玉から一万円札を財布に入れ、スクールバッグも持たず足早に家を出てあの店に向かった。

 学校帰り以外に店に行くのは初めてだったけど、朝でも開いているようだった。

 わたしは「よかった」と声を漏らして店に入る。


「あら?今日は早いのね」


 もう聞きなれた星さんの声と、おっとりとした口調に安心する。

 肩に入っていた力が、スッと抜けていくのを感じた。


「今日も、夢を買いに来ました」

「今日は学校帰りに寄れない事情でもあるから、今買いに来たのかしら?」


 そう聞かれて、わたしは首を横に振る。


「もう、学校はいいんです。夢の中で行ってるし。このお金で星を‥‥‥夢をわたしに売ってください。これで10回分まとめ買いします」


 そう言って、わたしは星さんに一万円札を差し出した。

 どこかへ一緒に遊びに行ける友達ができたら、いつか使おうと思って貯めていたお年玉だ。

 でも、これでいい。

 だって現実でわたしにそんな日が来ることなんて、絶対にないんだから。


「由良ちゃん」


 しばらく黙っていた星さんは、優しい声でわたしの名前を呼ぶと、お金を渡そうと伸ばしていた手をわたしの胸に押し返して言った。


「もう由良ちゃんに夢は売れないわ」

「‥‥‥え?」


 予想もしていなかった星さんの言葉に、わたしは焦りと動揺を隠せない。


「どうしてですか?!わたし、星さんから買える夢のおかげで最近毎日楽しくてー」

「楽しかったのは、夢の中がでしょう?その証拠に、星をまとめ買いしようとしてる。学校へ行かず、帰って眠ろうと思っているんでしょう?」


 図星だった。

 星さんの声色はいつになく真剣で、わたしは何も言い返せず口ごもる。


「あのね、由良ちゃん。私は、現実から目を背けるために夢を売っていたわけじゃないのよ」

「でも‥‥‥!!でも現実の私は全然ダメで、夢の中のようには絶対行かないしー」

「夢の中の由良ちゃんはどんなだった?」


 なんでそんなことを聞くんだろうと怪訝に思いながら、わたしは夢の中の自分の様子を星さんに伝えた。

 思い返せば思い返すほど、夢の中のわたしはわたしの理想だった。


「由良ちゃん、良いことを教えてあげる。夢の中のあなたがなりたい姿だったということは、そうなるだけの力を由良ちゃんが持っているということなのよ」


 意味がわからなかった。

 あの夢は星さんがみせてくれたものであって、現実でそうなれるだけの力をわたしが持っているなんてありえない。


「からかっているんですか」


 わたしの声に少し怒りがこもる。

 星さんは落ち着いた口調で続けた。


「夢っていうのは、みている人が想像したり考えたりできうる範囲のものしかみることができないの。だから例えば、夢の中で由良ちゃんができていたクラスメイトに対する上手な受け答えも、あなた自身が考えたものなのよ」

「え、星の力だったんじゃ‥‥‥」


 星さんはゆっくりと首を横に振った。


「たとえ夢の中であっても、星にあなた自身の能力を上げたり、あなたが現実にできないことをさせるる力はなかったの」


 わたしはハッとした。

 そういえば、夢の中でわたしは自分で考えて言葉を発したり、行動したりしていた。

 勝手に口や体が動いたりすることは、確かに一度もなかったのだ。


「それって‥‥‥」

「そう、あなたは理想の自分になれないのではなくて、なれるだけの能力がないと自分を過小評価して決めつけて、なろうとしていなかっただけなのよ」


 視界が、込み上げてきた涙で歪んだ。


「星さん、わたし、夢の中のわたしみたいになれますか?」


 わたしがそう聞くと、星さんは真っ直ぐわたしの目を見て力強い声で言った。


「なれるわよ、必ず。あなたが本気でなろうとすれば」


 そう言って、星さんはわたしにハンカチを渡してくれた。

 それは、もう見慣れた星空柄だった。

 わたしはハンカチで涙を拭う。


「星さん、ありがとう。わたし、頑張ってみます」


 わたしは、自分を信じて少しずつ変わっていこうと決心した。


「もうあなたにこのお店は必要なさそうね」


 星さんが優しく笑ってそう言うと、満点の星空が輝いていた壁や天井が一気に真っ白に変わっていった。


「な、なんで?!星さん、もしかしてこのお店、なくなっちゃうの?!」

「大丈夫、由良ちゃんならできるわ。頑張ってね、さようなら」


 星さんはそう言って、最後にわたしの背中を押した。


 気がつくと、わたしはあの野原にいた。

 でも、そこにあったはずのあの店は、跡形もなく消えている。

 困惑しながら店があった方へ近づくと、一枚の真っ白なハンカチが落ちていた。

 それはもう星空柄ではないけれど、あの時星さんがわたしに渡してくれたものだと分かった。


「ありがとう、行ってきます」


 わたしはハンカチをポケットにしまうと、学校へ走った。


 わたしの前に突然現れた不思議なお姉さんと夢を売るお店。

 この時の出来事をわたしが友達に話すのは、もう少し先のお話。



 



お読みくださりありがとうございます。


読切りの短編童話を書いてみました。

読んでくれたどなたかに気に入っていただけてたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
うん。きっとできると思う(*´꒳`*)
2025/02/03 19:41 退会済み
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