財政破綻論者にありがちなハイパーインフレ論とそこから見える主権意識
財政破綻論者や新自由主義者は”ハイパーインフレ”という言葉が大好きである。ジンバブエが~ドイツが~と「明日、日本はハイパーインフレになる」みたいな事を平気で言う。彼等は「政府は愚かだから際限なく財政拡大して、結果、貨幣価値が崩壊してハイパーインフレを引き起こすんだ!」と言う。そしてハイパーインフレは全くコントロール出来ず破滅へまっしぐらという訳だ。しかし、彼らはジンバブエにせよドイツにせよ、ハイパーインフレが起きた国の状況や背景について全くの無知である。そもそもの背景について言及されると何も反論出来ない。
そうすると彼らはどうするのか? 『政府は愚かだから際限なく財政拡大してハイパーインフレを引き起こすんだ!』という印象を探し求める事に終始する。そんなのだから、MMT派みたいな貨幣信任論や財政均衡主義の対極みたいな派閥が書いた、ドイツのハイパーインフレについての論述を自分達の恐怖譚的ハイパーインフレ論に利用出来るとか勘違いする。
端的に言うなら、文脈や時系列を理解する能力が絶望的に欠落している。短い単語でしか物事を理解できないから、それぞれの思想体系が持つ前提やビジョン、そこから発生する言語のニュアンスの違いが理解できない。そのような違いがある事すら判らない。そもそも自分がどのような思考の結論としてそう言っているのかすら判っていない。
このMMT派のハイパーインフレについての論述、フィル・アームストロング&ウォーレン・モズラーの「現代貨幣理論(MMT)のレンズでみたワイマール共和国のハイパーインフレ」(2020年11月11日)を見て。とある財政破綻論者K氏は本当にお笑いな主張をしていた。「ドイツのハイパーインフレは『供給力の欠如が原因じゃ無い』、政府が調達価格を吊り上げたせいで起きたんだ!」というのである。
成程、この論述の抄録には《インフレの原因は、ドイツ政府が政府支出の調達価格を高め続けたこと》との記述がある。しかし、その次に調達価格を跳ね上げたのは《賠償金支払いのために、連合国が要求した外貨を購入する際の価格上昇である》と書かれる。そもそも一番最初に、この論述は「貨幣価値が崩壊してハイパーインフレが起きる!」という物語を否定する意図のモノだと記載されているのである。
このMMT派の論述は1万4000字以上ある。そこから財政破綻論者君が見出した事柄は『政府支出は民間市場からモノを買っとるんや』という事である。衝撃的と言えよう。そんな聞く迄も無い程度の事で、自分が抱くハイパーインフレ論に対して肯定的になれるのである。彼の歴史理解では、ドイツ政府は愚かだから何の問題も存在し無いのに際限なく財政拡大してハイパーインフレを起こしたんだ! という事なのであろう。
この論述のハイパーインフレの話は<ヘルファーリヒによるワイマール・ハイパーインフレのストーリー>から始まる。この時代のドイツ人経済学者であるヘルファーリヒを引用して《戦後インフレの原動力は、連合国に対する賠償に加えて、ドイツの資本の破壊や労働生産性の大幅な低下にもかかわらず、戦前の生活水準を維持しようとする労働者であった》と”ヘルファーリヒは認識していた”との書き出しで始まる。それだけを見れば無知で邪な人間は、ヴェルサイユの賠償が過大とか言うのはドイツ人が怠惰なせい! MMT派もそう言ってる! と見るのだろう。
だがその章の終わりは、同じくヘルファーリヒの 「国家の経済活動と、そして社会が崩壊すれば、ドイツという国にはこの巨額の賠償要求に応じる能力があるという馬鹿げた考え方がなくなって、その悪の根源も破壊されるであろう」との言葉で結ばれる。
その次の章<ハイパーインフレの終焉>では、シャハトがどのようにハイパーインフレを終焉させたかが書かれる。この章はハイパーインフレは貨幣の信認の問題では無いという主張がもろに現れている。シャハトが何をしたか? 貨幣の信認そのものを制限したのである。彼はハイパーインフレ中に印刷した貨幣の受け取りを拒否した。そして新しく刷ったレンテンマルクは海外での取引では使えないモノとして、為替関連の投機屋を排除した。財政赤字の削減も行い、政府調達価格を上げる必要は無くなった。結果、インフレマインドが抑えられハイパーインフレは治まった。変わりに大量の失業が発生した。しかし、ハイパーインフレを治める事を中心に考えるなら「成功」と言っても良いのだろう。
とはいえ、単純に前任者が馬鹿でシャハトは有能だったからインフレが抑えられたわけでも無い。この章の終わりには、シャハトがこのような事が出来た背景として、連合国が1924年のドーズ計画やルール占領の終了などがあるとハッキリ記されている。賠償が緩和されるなら、強硬な抵抗姿勢を見せる必要も無くなるし、そもそものドイツ経済力への疑義が解消され為替が回復するのは当たり前の話と言える。
そもそもの話として、この論述を通じてMMT派が述べている事は『ハイパーインフレは人々がカネを紙切れだと思ったから発生した』のでは無い。徹頭徹尾、需要と供給の問題であり、政府は財政政策の調達価格を通じてデフレ・インフレをコントロール出来るという事である。それ以外の事、このハイパーインフレの政治的責任が何処にあるのか? という話などしていないのである。故に、インフレが高まったらどうするのか!? というMMT派に対する問に対するアンサーとして、緊縮やら増税やら金利政策やら幾らでもコントロールの手法はあると述べているに過ぎない。
どうもこの財政破綻論者K氏は、この論述を見てMMTは財政政策に否定的などと勘違いしているようである。成程、確かにMMT派は”経済政策として無駄な財政政策を行う事”には否定的である。だがその無駄の定義は財政破綻論者にして新自由主義者のK氏とは全く同一では無い。
MMT派の認識としては『財政赤字は本質的にインフレを引き起こすものではないということ』という事である。この論述においても強調して表現されている。ではなんでドイツではハイパーインフレになったか? ドイツ政府は限られた生産物を獲得するために、民間部門の買い手と競り合って、調達価格を引き上げた。しかし、その民間部門の買い手は、直接・間接に政府資金を受けていたが故に、政府と競り合う事が可能なだけの資金力があった。その他、金融政策により為替レートが悪化し輸入品が高騰。賠償により原材料・燃料の産地が奪い取られた為にこれ等は直接的にインフレを引きおこした。
成程、この構図は確かに馬鹿げている。だがこのような事になったのはヴェルサイユ体制の過酷な制裁であり、ルール工業地帯の占領である。要するに、ハイパーインフレの根本には供給力の巨大な棄損などの”背景”があっての話であるという大前提に回帰するだけの話なのである。さもなくば、ドイツはヴェルサイユの馬鹿げた賠償メニューを全て受容し、ルール工業地帯を失う事をも受容しろという話にしかならない。それは不可能なのである。
MMT派の論述の話はここで終わり。ここからはMMT派が語らなかった”歴史的責任”の話をしよう。財政破綻論者K氏は、ドイツのハイパーインフレは”ドイツ政府が愚かなせい”で起きたと認識しているようである。だが根本的には、ヴェルサイユ体制がどれだけ馬鹿げた代物だったか? という事にしか帰結しない。
まず、MMT派の論述にあったヘルファーリヒのインフレと生活水準の話は、古典派経済学の認識と同じで賠償過激派も引用していた事である。要は『身の丈に合った生活をすればよい』という話である。単に、それだけならごもっともな格言に過ぎないだろう。だがこの話が醜悪なのは、その”身の丈”とやらを削ってる連中が主張している事にある。
コレは現代の主流派経済学にも受け継がれる見識であるが、古典派経済学の考えとしては、自由放任、市場原理に任せれば全て上手く行くという事になっている。しかし、そもそもの話として、ヴェルサイユ体制下のドイツが、それを取り巻く経済環境が自由な経済体制と言えるだろうか? ドイツは賠償の名の基に自然市場ではあり得ない額面で種々の財貨を戦勝国に上納する事になる。要は奴隷制と同じである。そのように端から歪められた市場を”自然”と定義する事が許されるなら、どのような不法も自然と定義できる。
このようなトチ狂った主張を平気でする連中をパリ講和会議で見たケインズは帰国後『平和の経済的帰結』を書き上げる。彼はこのような連中をイギリス人らしいウェットに富んだ言い回しで批判している。要約すると破廉恥で非道徳で卑劣で不信心、倫理観ゼロの無関心さや報復心を正義の如く振りかざす為に経済学を使うカスとの事だ。
そもそもの歴史的経緯。ウィルソンの『14か条』さらに議会演説での「無併合・無賠償・無報復」の原則である。まぁ勿論、ドイツはウィルソンの理想主義など本気で信じないし、連合国にしたらアメリカが勝手な事を言ってとの認識はあったろう。「無併合・無賠償・無報復」などあり得ない。しかし、こんな事を言う以上は幾らかの温情に期待しても良いのでは? 軍事的に失敗したドイツでは暴動が発生し、ドイツ政府は連合国側が賠償については留保した上で休戦条約が調印された。
では賠償交渉が始まったらどうなったか? 「無併合・無賠償・無報復」など消し飛び、報復・報復・報復の大合唱である。連合国の戦費は全てドイツに支払わせるべきとの信念の基に賠償金額は決定された。その信念の強さがどれだけかと言うと軍人恩給までドイツに支払わせるべきと言うのだから推して知るべしと言えよう。
ケインズの試算ではドイツの支払い能力は楽観的に見て40億ポンドほどとされていたが、ヒューズなどの賠償過激派の出した試算は240億ポンドである。その数字の根拠は対戦前のドイツの貯蓄という幻想に基づいていた。
ペルサイユ条約によって賠償委員会は設置されたものの、パリ講和会議では結論は出ず、この後12回にわたる会議がもたれる。第12回ロンドン会議において、最終支払額として1320億マルク(約66億ポンド)と決定し、向う30年間にわたり毎年20億マルクと輸出額の26%を支払うように決議し、これを最後通告とした。そして21年中に10億マルクの支払いをドイツに求めた。
ドイツは1年目の支払いに関しては海外資産を売り払うなどして工面したが2年目には支払い不可能に陥った。当たり前の話である。ドイツが賠償金の支払いの為に外貨を買い漁れば漁る程にドイツ国外の外貨は不足し為替レートが高騰してゆくのである。それは実質的な賠償金額が跳ね上がり続ける事を意味する。これがケインズが問題にしていた送金問題である。この事態にドイツは支払いの猶予を求めたがフランスを拒否、結果として為替レートは更に悪化した。
賠償過激派の見識では、賠償によって発生する為替レートの問題はドイツの更なる輸出によって解消する事になっている。しかし、そもそもが賠償支払いの為に無茶な輸出ノルマをドイツは行っているのである。その上で為替レートを改善する為に輸出を行うなど不可能な話であった。まぁ、何事にも理論上のお話はある。ドイツにさらなる輸出を行わす事は簡単なのだ。さらに増税を行いドイツ国内の生活状況を悪化させればよい。必然、ドイツ国内の物資不足は深刻な状況に陥り、それは輸出の為のの生産活動すらも圧迫するだろうが、何も問題は無いだろう。戦勝国はそのような事を問題だと認識していないそれだけの話である。
まぁとにかく、ドイツ政府はその机上の空論を実行しなかったために賠償を十分する事が出来なかった。フランスは要求する石炭の物納がわずかに足りない事を根拠にルール工業地帯の占領を行った。それに対してドイツは『消極的抵抗』で対抗したと言うのが教科書にも書かれている事であるが、そもそもからして『ルール工業地帯の占領』というのが何か判っていない。
下手すると、フランスとベルギーの親切な兵隊さん達がドイツ人の警官の変わりにルール地方の通りを警備していただけ~みたいな認識でいそうである。フランスのルール占領はナチスドイツのパリ占領に匹敵する凶暴さで行われた。
フランスは14万7千というドイツ人をルール地方から追放した。工場や銀行はフランス軍の赴くままに襲撃され自動車や銀行預金は”接収”という名目で略奪された。市役所や駅舎も襲撃され略奪をうけている。運送業者も略奪を受けて輸送車両や船舶、機関車などを”賠償金の為の接収”の名に強奪されている。こんな有様だから、劇場もマスコミも閉鎖と禁止である。関係者はヤケクソみたいな罰金を科されたり投獄されたり追放された。
ルール占領と財政赤字の話を見ると、まるでドイツ政府がルール地方でのストライキやらの支援の為に嵩んだと認識しているが。そもそもフランスはルール地方の産物がドイツに運ばれる事を認めなかった。それこそがルール占領の本質であり、ルール占領はドイツにとってのルール地方消滅そのものだったのである。そして、ルール工業地帯というのは時のドイツの工業生産能力の7割を占める重要地域である。そこを失って何も問題が起きない? 本気なら楽天主義もここに極まれりといったところだ。どうしてフランス人を父なる神と同一視出来るのか理解不能である。
そもそも『消極的抵抗』というのも嘘で実際には抵抗活動は平和的ストライキなど留まらず、破壊活動は横行していた。フランス軍も破壊活動紛いの接収活動をルール地方で行い、ドイツの抵抗勢力も破壊活動を行い。ルール地方は混沌の坩堝と化していたのである。
そして、そもそもの話。フランスのルール地方の占領は賠償と相殺では無く、賠償の猶予と引き換えの行動である。つまり、ドイツを失った後も変わらずキチガイのようなノルマの輸出をこなす必要があるという訳である。余りにも馬鹿げた話である。
ケインズはこのような馬鹿げたドイツ貧困化政策の結末はドイツの共産国化であり、彼らは報復して来るだろうと予言した。その予言は旗主こそ異なるもの凡そは当たったのである。ドイツではナチスが躍進し、原材料その他を自活する『生存圏の確立』というスローガンはドイツ人の心に響きすぎる程に響いた。ドイツ人は幾ら死んでも構わないしという戦勝国の精神性はそのままナチスのユダヤ虐殺の精神となった。そして、ヴェルサイユ体制の負い目から連合国はヒトラーの膨張に対して対応できなかった。
ケインズは、ドイツを反共同盟の一員としたかったようであるが、ナチスはソ連を組んでポーランド侵攻などを行った。そして紆余曲折を経てソ連はドイツを戦争し戦勝国となったわけである。ソビエト連邦は、この時の功績を最大限度利用して共産主義を膨張させた。そうして、各地の共産国家では膨大な数の人達が無情にも殺戮された訳である。ヴェルサイユ体制は二次大戦の責任と、そこから派生するソビエトの膨張、共産国家躍進の責任がある。
まぁ財政破綻論者K氏の主張は簡単だろう。ドイツ人どもが奴隷である自覚を持てば何の問題も起きなかったのだ! 全部ドイツ人が悪い! こんなもんだろ。ここに財政破綻論者や新自由主義者のおぞましさがある。彼らは政治的、人道的に可能かどうかという事を度外視した話しかしない癖に、自分の掲げる合理性が政治的正しさや人道そのものであるか如く主張する。その為に発生する犠牲や抑圧については一切考える事が無い。
新自由主義かぶれや財政破綻論者は、二言目には『供給』と言う言葉を発するが、彼等の言う”供給”とは需要を抑えるという意味しかない。彼等の精神構造は全く資本主義的では無い。在庫の山を見て安心感を感じるのは資本主義者では無く共産主義者の思考回路である。在庫の山を築く為に無償で働けと彼等は平気で言うのだ。