第003話 ハードモードどころかヘルモード
まだ仮説の段階だが、ここは現実であり、涼が本来質問に答えていれば貰えていたはずのモノが貰えていない可能が高い。
種族特性無し、装備無し、ジョブ無し、所持金無し、ナニ喪失……etc。
一般人なら絶望的な状況と言える。逆に、かの神ゲーを鳥頭でプレイするクソゲー好きの男子高校生なら大好きなシチュエーションと言えるだろう。
「くぅ~、燃えてきた!!」
そして今の状況は、涼にとっても燃えるシチュエーションだった。
かつてIFPを始めた時も何から何まで手探り。今はその時よりも少しハードモードなだけのこと。このくらいの逆境、跳ねのけてこそ廃ゲーマーと言えるだろう、と。
それを考えれば、なんてことはない。
「まずは何はともあれ、この体に慣れないとな」
涼は先程と同様にすぐに気持ちを切り替えて、これから生きていくためにやるべきことを考える。
何をするにしても、これが現実なら体の感覚のズレは命取りだ。いつも通りに技を繰り出して、リーチを誤って攻撃が届かないなどあってはならない。
まずは普段やっている武術の型を始める。
涼の家は八卦掌の流れを組み、独自に改変された柔拳使いの一族の子孫だ。
恵まれた体と才能を持っていた涼も一族の例に漏れることなく、小さい頃からその拳法を学び、高校生の段階で師範である祖父に迫る力を誇っていた。
その、英才教育とも呼べる修業によって磨かれた身体能力と感覚は、IFPの中でもいかんなく発揮され、その圧倒的なプレイヤースキルと、習得した特殊なスキルを拳法と掛け合わせた武術によって、最強の名を欲しいままにしていた。
「ふっ、はぁっ!!」
現実の体と今の体の感覚のズレを矯正しながら一通りの型を流す。一つ一つの動作を意識しながらゆっくりと今の体の感覚に馴染ませる。
「まさかこの体がここまでひ弱だとは思わなかったな……」
涼は体を動かしながら男女の体の違い、そして鍛錬の有無の違いに愕然とした。
別の体になるなんてイベントは一生起こるはずのないことだから無理もない。
それでも慣れなければ今後の活動に支障をきたすので、黙々と鍛錬を続けた。
「それにしてもここはどこなんだ? もの凄く嫌な予感がするんだよなぁ」
涼は暫くしてある程度今の体の感覚に慣れたところで改めて森を見渡す。
今までの流れからいって、神の声を無視した結果この森に転移させられたのだとしたら、碌なことが起こらない気がした。
「とっとと出口を探そう」
身の危険を感じた涼は森の出口を探す。
普通に森に入って迷ったのならスマホで救助を求め、その場で待つか、開けた場所に移動した方がいいのかもしれない。
しかし、スマホなんて便利なものはないし、どこかも分からない森の中だ。どうにか自力で脱出する他ないだろう。
涼はひとまず近くの木を登り、今いる位置を確認することにした。
「きっつ」
鍛えられていない体で木を登ろうとするが、割と真っすぐ伸びているためかなり厳しい。体重が現実よりも圧倒的に軽かったので、その分マシではあったが。
「すっげぇ……」
今まで培った経験によってどうにか木の頂上付近まで登り終えた後、涼はそこから見える景色に言葉を失った。
日本とは明らかに違う、北欧の森や山を感じさせるような大自然の風景。現実と同じように太陽が燦燦と輝き、目の前の世界を照らして美しさを際立たせていた。
「んー、あっちの方が割と森の端が近いな」
感動に浸った後、現在位置を探る。
今の体の視力はかなり良い。十分森を見渡せて、今いる場所のおおよその位置を知ることができた。
涼は木を慎重に降り、一番近い森の端に向かって進んでいく。
「こんな植物見たことないな……」
木だけでなく、周りに生えている植物も日本では見かけない種類の物ばかり。修業のために海外に連れていかれたこともあったが、その際に入った森や山でも今いるの森の植物は見たことがなかった。
IFPでも見たことない植物な上に、より鮮明だ。
「うわぁ。果物……そういえば腹減ったなぁ……」
時には見たことのない如何にも美味しそうな果物がなっている木があった。しかし、食べられる物かどうか判断できないので、涼は断腸の思いで食べるのを諦めた。
「ん?」
さらに歩き続けると、今度は進行方向の先に強い気配。
自分の気配を消し、こっそりとその強い気配との距離を詰め、木の陰に隠れて様子を窺う。
「グォオオオオッ!!」
木の陰からその気配をこっそり覗くと、それは巨大な熊だった。
日本で見かけるような体長1メートルから2メートルのようなレベルじゃない。ゆうに3メートルを超えていた。
明らかに地球には存在しない大きさの熊だ。
「あれは……もしかしてギガントベア……か?」
涼はその熊に見覚えがあった。
IFPに出てくる熊型のモンスター、ギガントベア。
ギガントベアは、ある程度強くならないと行けないような地域の森に生息していて、新規登録したての何のスキルも魔法も持たないプレイヤーではまず勝てない存在だ。
今様子を窺っている熊はそのギガントベアに酷似していた。
「なんでギガントベアが……」
IFPとは全く関係のない世界かと思えば、IFPに存在するモンスターがいることに涼は困惑する。
何がどうなっているのか凄く気になる……だが、今大事なことはこの森から一刻も早く抜け出すこと。
涼はすぐにその場を離れ、気配を絶ち、息を殺しながら熊を迂回して先へと進んだ。
「ふぅ……あんなん倒せるわけないだろ……」
ある程度距離を取ったところで、額にジットリと汗をかきながらため息を吐く。
どうにかやり過ごすことができたが、森に飛ばすにしても、いきなりあんな化け物が縄張りにしている所に飛ばすのはどう考えてもやり過ぎだ。
先程の熊は、何も持っていないどころか、体まで変わった状態のただの人間に倒せるような生易しい獣じゃない。
夢なら目が覚めるだけで終わるが、今ここで死んだらどうなるのか分からない。感覚は現実であると感じている。普通に考えれば、死んだらそこで終わりだろう。
だとすれば、試す訳にもいかない。これじゃあハードモードどころかヘルモードもいいところだ。
「すー……はー……」
涼は深呼吸をして気持ちを落ち着けて再び出口を目指す。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「シャーッ!!」
「うわっ!!」
なぜなら、この森には熊の他にも凶悪なモンスターが潜んでいたからだ。
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