第014話 初めての痛み
「それじゃあ、修業を始めるわ」
「よろしくお願いします!!」
「良い返事ね」
手合わせの後、修業の時間、月謝などについて説明を受け、早速修業を始めることになった。
風華が涼の二メートル程前に立ち、師匠として偉そうな雰囲気を漂わせながら指導を始める。
「まずは基礎の基礎からよ。基礎がしっかりしていないと、その上に何を積み上げたところで脆くなってしまうわ。武術における基礎の基礎は体力と筋力、そして気ね。最初は街の周りを二周してきなさい」
「分かりました!!」
「その意気やよし。普通なら基礎は嫌がる人間が多いんだけど、それだけでも才能があると思うわ」
「それはもう痛いほど知っていますからね。それにこの世界に来て初めてのクエスト。燃えるじゃないですか!!」
元々武道を生業とする家に生まれた涼は幼いから修業を重ねていた。
十年以上の修業の中で基礎が大事なことは体に沁みついている。そして、ゲームのようにウィンドウは出てこないが、これは修業クエストには違いない。
これを達成すれば闘気の習得に近づくと思えば苦でもなんでもなかった。
「クエ……スト?」
「あ、いえ、なんでもありません。それでは行ってきます!!」
聞いたことのない言葉を聞いた風華は首をかしげる。
涼は迂闊なことを言ってしまったと、誤魔化すようにその場から走り去った。
「さて、始めますか!!」
大通りに出て人に道を聞き、どうにか街の外に辿り着いた涼。
軽く準備体操をして体をほぐした後、街の外周を走り始めた。
「ひっひっふー」
出だしは好調。
ただ、街の周囲は長い。外周はおよそ二十キロ。それが二周ということは四十キロ。つまり、フルマラソンに近い距離を走るということだ。
体力づくりにしても、初めての修業にしても、非常に過酷な長さ。一般人ならすぐに音を上げてしまうだろう。
しかし、涼は一般人ではない。このくらい毎日のように走っていたし、ゲーム内でも時間のかかるクエストをいくつもこなしてきた。ギガントベアを倒したことで能力が向上していることもあり、現実に近い状態で走ることができている。
「はぁ……はぁ……流石にきっついな」
気づけば涼は三時間程度で走り終えていた。
ただ、能力が向上しているとはいえ、慣れない上に、鍛えていない体に違いはない。足が震え、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
「思ったよりも早かったわね。でも、辛そうね。もう限界かしら?」
「いえ、全然大丈夫です」
「よく言ったわ。次は筋力トレーニングよ。腕立て、腹筋、背筋、スクワットをそれぞれ千回ずつよ」
「分かりました」
体をプルプルさせながら戻ってきた涼を見て、風華は嘲笑するような笑みを浮かべ、挑発ともとれる言い方で出迎える。
当然そんな良い方をされれば涼も黙っているはずはなく、気合で体を律して、余裕の笑みを浮かべた。
筋トレを開始し、全てのメニューを終えたのは夕方。
「お疲れ様。最後は瞑想よ。自分の中にある気を感じ取るの」
「わ、分かりました」
気持ちはまだまだ余裕があるが、涼の体が限界を迎えていた。
幸い最後は瞑想。体力も筋肉が鍛えられている必要もない。涼は座禅を組み、すぐに瞑想に入った。
ただ、気という現実で存在するかどうかも曖昧な力を感じ取るのはなかなか至難の業だ。
涼は最初は全く感じ取れなかった。
「私の気を送り込むからその感覚を忘れないで」
気を感じ取れるように風華が補助を行う。
背後に座り、彼女が涼の背中に手を押し当てると、手が淡く輝き出し、その光が涼の体の中に吸い込まれていった。
これが……気の感覚か……。
涼は入り込んできた暖かな熱を背中に感じとる。
それはIFPでは感じられなかったものだ。その感覚に従って体内を探ると、へその少し下の辺りに似た暖かさがあるのに気づいた。
そこはいわゆる丹田と言われる場所。
そこから力が湧き出している。
「もし体の中にある内気を感じとれたら、その気を体中に巡らせるように意識しなさい。それができたら、体外にも似たような気が溢れていることが分かるはず。そしたら、その気"外気"を呼吸と共に丹田に取り込んでいくのよ。今は覚えておくだけでいいわ」
風華の指示に従い、気を血液のように体を循環させると、涼は体の外にも薄っすらと気があることに気づいた。
今までは特に意識をすることもなかったが、今度は息を吸い込む時に気も一緒に吸い込むことを意識してみると、外から取り入れられた気が体を巡り、最終的に丹田に集まって、また循環していくのを感じた。
元々、現実でもゲームでも瞑想はしていたし、超自然的な力をほんのりと感じ取っていた涼は、すぐにそのコツをつかんだ。
「化け物ね……」
その様子を見ていた風華は小さく呟いた。
通常気を感じるのに数年。さらに、循環できるようになるのに数年。そして、外気を取り入れられるようになるのに数年。基礎を一定基準まで修めるには、およそ一〇年は掛かる。
涼も才能はあるとは言っても最低五年はかかると思っていた。それがたった一日。たった一日でその全てをモノにしてしまった。
それは天才という言葉さえ足りない程の速度だ。今まで何人もの父の弟子を見てきた風華だが、涼ほどの才能を持つものを未だかつて見たことはない。
風華は再び涼の才能を感じて体をブルりと震わせた。
それは涼が今まで培ってきたものがあったからこその成果だったが、風華がそれを知る由もない。
「それじゃあ、また明日。一の鐘がなる頃に」
「分かりました。案内してくれてありがとうございました」
「このくらい当然のことよ。じゃあね」
瞑想が終わった後、風華が涼を宿まで案内してくれたおかげで涼は無事に宿に付くことができた。
一の鐘は街で一番最初になる鐘だ。この世界の一日は地球と同じ二四時間。毎日朝の六時に一の鐘がなり、それから一時間ごとに十八時まで十三回鐘が鳴る。
つまり朝六時に集合ということだ。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「はい」
ギルドが紹介してくれた宿は、数人の警備員が交代で周囲を警戒しており、内部でもそれと気づかれないように制服姿の警備員が巡回していて、非常にセキュリティがしっかりしている。
豪華な料理と部屋にお風呂もついていて、その分値が張った。しかし、その値段に満足できるだけのサービスだ。
夕食を食べ、汗を流し、ポーチの中に入っていたフリフリの寝間着に着替えてベッドに倒れ込むと、猫耳のない青いネコ型ロボットにいつも泣きつく少年かのごとき早さで眠りに落ちた。
次の日。
「い゛だぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛」
涼は鍛えられていない体を酷使したせいで、酷い筋肉痛に悩まされることになった。
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