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第013話 入門

「いやぁ、やっぱりゲームとは違うな」


 道場内を見ながら涼はつぶやく。


 ゲームの道場も寂れていたが、やはり現実の道場には遠く及ばず、道場全体に漂う退廃的な空気や、古い日本家屋の傷み具合までは、完全に再現できていなかったことに気づく。


「このボロさがいいよな」


 母屋の壁を触ると、少しボロボロと崩れ落ちる。こういう演出もゲーム内ではなかった。


 それが涼の心の内にゲームが現実になったような感慨深さを抱かせる。


「ぼろくて悪かったわね」

「あ、いや、これはその……」


 立て付けの悪い引き戸をガタガタと開き、屋内から人が出てくる。


 まさか住人に聞かれているとは思わず、涼はバツが悪くなってしどろもどろになった。


「まぁいいわ。本当のことだし。それで何? 借金取り? それとも地上げ屋?」


 その人物は黒髪黒目の日本人に近い容姿をしている。


 年の頃は涼よりももう少し上。ショートヘアーとボブカット中間程度の艶やかな髪と勝気そうな大きな目が人目を惹く。


 彼女は、不機嫌そうな顔をしながら涼の顔を睨んだ。


「えっと、入門に来たんですが」

「はぁ……借金取りね? はいはい、サッサと帰んなさいよ」


 涼が言いづらそうに切り出すと、その女性は慣れた手つきで追い返すような仕草をする。


 ただし、完全に用件を聞き間違えていたが。


「え? 借金取りじゃなくて入門なんですけど?」

「…………入門!?」


 涼が再び言い直すと、しばらく沈黙したのちに女性が目を剥いた。


「はい」

「うちに?」

「そうです」

「あんた、この道場の噂を聞いてないの?」

「噂なんてどうでもいいですね。この目で見たことしか信じません」

「そう……」


 女性は信じられずに何度も質問を繰り返すが、涼の気持ちは変わらない。それどころか女性に会ってその気持ちはより強くなっていた。


「どうしてウチに?」

「道に迷ったら道場を見つけたので」

「正直なのね」

「自分に正直に生きた方が楽しいじゃないですか」


 涼は昔から戦うのが昔から好きだったが、現実でできるのは安全に配慮し、ルールに則った試合くらいだ。命がけの戦いなんてまずできない。それが窮屈で仕方なかった。


 しかしIFPではその力を存分に発揮して、強いモンスターや人間と戦い、疑似的にとはいえ、命がけの戦いができる。


 それは涼にとって福音だった。


 それに、強くなるための方法を模索するのはとても楽しい。


 そして、この世界ならゲーム内よりも鮮明に死と隣り合わせの戦いができるし、ゲームよりも強くなっていく感覚を味わえる。


 もう自分の気持ちを偽るつもりはない。


「分かったわ。でも、入門はできないわ」

「どうしてです?」

「師範だった父は死んだ。今はもう教えられる人がいないわ」

「それ、嘘ですよね?」

「……」


 涼の指摘を受けて女性は黙る。


 沈黙は肯定。


 この道場が寂れたのは彼女の父が死んだ後に広まった悪い噂のせいだ。


 彼女は目の前の小さくて可愛らしい女の子を自分の道場の事情に巻きこみたくなくて嘘を付いた。


 しかし、涼の目は見逃さない。


「あなたは強い。それも相当」

「どうして?」

「さっきから体が疼くんですよ。あなたと戦いたくて」


 涼がこの女性に会い、入門する気持ちが強くなったのはそれが大きな理由だった。


 巧妙に隠された身のこなし、呼吸、気配。


 そのどれもが彼女が強者であることを物語っていた。


「はぁ……これまで一度も見破られたことはなかったのに。あなた、そんな可愛らしい見た目をしてとんでもない猛獣を胸の内に飼っているのね。いいわ。あなたの入門を認めます。ウチの修行は厳しいわよ?」

「望むところですよ」


 折れることがないと悟った女性は涼の入門を認める。


 涼はニヤリと口端を吊り上げた。


 IFPでも現実で考えられないような過酷な修業を何カ月も積んだことがある。涼としては全く問題なかった。


「私は柊風華。雷華流たった一人の伝承者よ。これからは師匠と呼びなさい」

「俺は斉木涼。世界最強になる男です。よろしくお願いします」

「男?」


 自分が女の子になっていることを忘れ、いつもの調子で返事をすると、風華は首を傾げる。


「あ、いや、すみません。女です……それで、早速手合わせお願いできますか?」

「全く……怖いもの知らずね。いいでしょう。そこでやりましょう」


 涼は慌てて言い繕い、戦意を漲らせた。


 その様子を見た風華は少し呆れるとともに、その鼻っ柱を折ってやろうと考え、庭の開けた場所へ移動する。


 その後を涼もついていった。


「どこからでもかかってきなさい」

「それじゃあ、遠慮なく。はっ!!」


 涼は風華に迫り、小手調べに掌打を放つ。


「甘いわよ」


 しかし、簡単にいなされてしまった。


 自分の感が間違っていなかったことに気づき、涼は楽し気に顔を歪める。


「へぇ。やはりこの程度じゃ当たりませんか。それじゃあ、もっとスピードを上げますよ」

「いいわよ」

「はぁああああっ!!」


 涼は幾度も技を繰り出しながらさらに速度を速め、フェイントや視線誘導、自分の今の持てる力を全て使って風華を攻めた。


「はっ!!」

「うぐっ。はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……いやぁ、完敗ですね」

「その年で内功の修練も積んでいないのなら末恐ろしいわ」


 しかしその結果、涼の全ての攻撃を簡単に流され、結局何もできないまま隙を突かれて倒されてしまった。


 風華はこれでも今まで才能がある方だと思っていたし、努力も積み重ねてきたので、実力もあると思っている。


 しかし、闘気を使わない純粋な戦闘で、初戦でここまで自分に迫る存在がいるという事実に驚きを隠せなかった。


 軽くあしらっているように見えていたが、実は冷や汗をかく場面が幾度もあった。


 ただ、師匠という立場とこれまで培ってきたものから必死に余裕を取り繕っていたのである。


 風華は涼の成長が恐ろしくもあったが、楽しみでもあった。


 涼は清々しい気持ちで仰向けになって空を見つめる。


 負けた。完膚無きほどに。


 それは涼にとって本当に久しぶりの敗北だった。IFPではもう強さを極めてしまい、負けることがなかった。


 それに、心が躍るようなことも少なくなっていた。


 しかし、この世界に来て全てを失った状態から再スタート。


 最初は悲観したが、それはつまり、あの強くなれる感覚を最初から味わえるということだ。


 それを考えるとワクワクが止まらない。


「師匠、早速修業をお願いします!!」

「ちょっとは休んだら!?」


 涼は気持ちが抑えられずに跳ね起きて風華に迫る。


 風華は涼の溢れんばかりのやる気に困惑してしまった。

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