第011話 食わせ者
「いやぁ、まさかこれほどの健啖家だとは思わなかったな。我が家の料理人たちのほうが先に音を上げるとは驚いた」
「とても美味しかったとお伝えください」
「分かった。それでは今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
初めのうちは涼の姿に当てられて食欲が増していた公爵家の一家だったが、まるでブラックホールに飲み込まれていくかの如く料理が胃袋の中に消えていく光景を目の当たりにして、途中で胸焼けしてげんなりした。
そして、涼としては腹八分目と程度まで膨らんだ頃、料理人が涼の食べるスピードに追い付けずダウンしてしまい、料理は打ち止め。
そこで夕食はお開きとなった。
華奢で小柄な少女が自身の何十倍もの料理を食べつくしたことに素直に驚くブライト。彼は涼の晴れやかな笑顔を見て、満足そうに頷いて席を立った。
「それでは、お部屋にご案内いたします」
「ありがとうございます」
その後、他の公爵家の人たちも席を辞し、涼はメイドの一人に客室に案内される。
「やっぱりどの部屋も豪華なんだなぁ」
室内は食堂や応接室と同じで、とても煌びやかな内装になっている。天蓋付きのベッドやおしゃれなティータイムを楽しめそうなテーブルセットに、一つ一つが確実に超額だと分かる調度品。
改めて公爵という地位の強大さを感じさせられた。
「さて、明日はどうしようかな」
涼はベッドに横になり、今後のことを考える。
褒美を受け取ったら、すぐに冒険者ギルドに行きたい。それと街を散策してみたい。それに試してみたいこともある……。
色々と計画を考え始めた涼だが、すぐに思考がとぎれとぎれになり、瞼が落ちて、ウトウトし始める。
「すー、すー」
突然の転生。真っ裸で女体化。森での強行軍。公爵令嬢の救出。そして家への招待。今日は様々なことあった。
体の疲れと心の疲れは計り知れない。
涼は気づかぬうちに寝入ってしまった。
――コンコン
「んあ?」
扉をノックされる音で涼は目を覚ます。
しかし、まだぼーっとしていて意識がはっきりしない。
「リョー様、起きていらっしゃいますでしょうか?」
「あ、はい!!」
外から声を掛けられて一気に意識が覚醒し、飛び起きる。
「寝て起きたら目が覚める、なんて都合のいい展開はないか……」
辺りを見回して自分の部屋ではないことに気づき、昨日自分が良く分からない世界に転生させられたことを思い出した。
性質の悪い夢、で済めばよかったのだが、周りは昨日寝た時と変わらず公爵家の客室、どう考えても夢ではない。
昨日はまだもしかしたら、と淡い期待を抱いていたが、涼は改めて自分が転生したという現実を突きつけられることになった。
「朝食の準備ができております。食堂へお越しください」
「分かりました」
再び部屋の外から聞こえたのはメイドの声。ようやく自分が起こされたのだと認識し、涼は準備を整え、食堂へと向かった。
「こちらが報酬の魔法のポーチと装備になります。リョーさんは徒手空拳を使うということなので、できるだけ動きを阻害しないものにしました。ご用意した服も下手な防具よりも防御力があるので問題ないかと。それと、こっちはリョーさんがお持ちになっていたモンスターの素材を換金したお金です。一般的なお店では金貨は使い勝手が悪いこともあるので、使いやすいように少し銀貨と銅貨に両替しておきました」
「ありがとうございます」
食事を終えた後、応接室に通された涼。
そこでフローリアがテーブル越しに対面のソファに腰を下ろし、メイドたちに持たせた品々をテーブルの上に並べた。
「装備は早速お付けになりますか?」
「そうですね」
二人の会話を聞いていたメイドが、すかさずどこからともなく姿見を用意し、その前で装備を身に着けるのを手伝う。
元々来ていた服の上に、胸当てや肩当などのプロテクター類を身に着け、最後に指ぬきのグローブを手に嵌めた。
涼は軽く型を流した後、手を開いたり、閉じたりして感覚を確かめる。
まるでずっと使い続けてきた装備のように馴染んでいる。これなら問題なく動けるだろう。
見た目はドレスアーマーを着た姫騎士のように見えなくもない。
「よくお似合いですね」
「そ、そうですか?」
自分でも満更でもなかったのだが、メイドに褒められて悪い気はしない。
これで公爵家で用は終えた。そろそろ旅立つ時だ。
「行ってしまわれるのですね……」
涼の様子から察したフローリアが悲し気な表情をする。
彼女は公爵令嬢。これまで忖度なしに付き合える友達はいなかった。誰もがフローリアに媚びを売り、様子を窺う。
しかし、涼は違った。丁寧な言葉を使ってはいるが、自分に対する恐れも敬意もない。傍から見れば不遜だと言われるかもしれないが、フローリアにとってそれが嬉しかった。
だから、涼との縁がこれで終わりなのはとても寂しい。
「はい。でも、その内練兵場に来ると思うので、リアさんにも会いに来ますよ」
涼としても折角出逢ったフローリアとの関係を終わりにしたくはない。だから、時折お茶でもしにこようと思っていた。
「本当ですか!!」
「勿論です」
「分かりました。楽しみに待っていますね!!」
「はい。それではまた」
返事を聞いて劇的な反応を見せる公爵令嬢。
自分が来ることを楽しみにしている彼女を見て、涼は嬉しくなった。
涼はメイドの案内の下、玄関へと向かう。
「お嬢様があんなに嬉しそうに笑うのは久しぶりに見ました。リョー様、ありがとうございます」
「あ、頭を上げてください。俺は何もしていませんよ」
その途中で突然メイドに頭を下げられ、涼は慌ててメイドの頭を上げさせた。
「そんなことはございません。ぜひ今後ともお嬢様と仲良くしてください」
「いえ、それはこちらがお願いすることです」
それは人に頼まれるようにことではない。
でもフローリアが家臣からも愛されていることが窺える。こんな人が近くにいるのなら今後は大丈夫だろう。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
「はい」
涼は多数のメイドと執事に見送られ、クライスト公爵家を後にした。
「そういえば、魔法のポーチの使い方を聞くの忘れたな」
冒険者ギルドまで馬車で送ってもらえることになり、今は馬車の中。
実際に魔法のポーチの出し入れをしようと思ったが、使い方が分からないことに気づく。しかし、そう考えた瞬間、頭の中にアイテムの名前の一覧が思い浮かんだ。
「あぁ、こうやって使うのか。それにしてもこのアイテムの数は……」
そのアイテムの一覧がポーチの中に入っている物だと気づき、使い方を悟る涼。
そして、ポーチの中には報酬としてもらった服や装備の他に、多数の衣服やお金が入っていた。
おそらく要求した褒美ではまだまだ足りなかったのだろう。それでは他の貴族に舐められてしまう。そうならないように見合うだけの報酬を入れておいたということか。
それに、貰う予定より多い報酬を貰ってしまえば、相手は引け目のようなものを感じてしまう。
そうなると、何か頼まれた時に断りにくい。
これを狙っていたのだとすれば、やはりブライトは侮れない。
「はぁ……公爵っていうのはくえない人物だな」
涼は貴族とは思えない程快活な性格の当主を思い浮かべながらため息を吐くと、冒険者ギルドに着くまでの間、ぼんやりと窓の外を眺めた。
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