第010話 いただきます!!
「今日はもう遅い。ウチに泊っていくといい。明日までに品物を用意しよう」
街に入ったのは夕暮れ時だが、今はすっかり夜の帳が下りている。
風呂に入って身だしなみを整え、公爵と話をしていれば、当然時間も過ぎる。窓から見える景色には街の色とりどりの光が踊っていた。
それに、室内も現代の照明器具とそう変わらない灯りで明るさが保たれている。街の景観もそうだったが、この世界は思った以上に技術が進んでいた。
「え、いいんですか?」
「ああ。折角だから最後までもてなしをさせてくれ」
「それではお言葉に甘えて」
今から宿を探すのは大変だし、今日は色々あり過ぎて疲れている。これ以上歩き回りたくはない。
涼はその厚意に甘え、ブライトの提案を受けることにした。
「準備は整っております」
ブライトがアーネストに顔を向けると、彼はお辞儀をして主が望む答えを述べる。
アーネストはフローリアが帰ってきた段階で、いつでも料理の用意ができるように準備を進めていた。公爵家の執事は伊達ではない。
「それじゃあ食堂に行こうぜ」
ブライトの言葉を受けて全員が立ち上がり、移動を始めた。
しかし、涼はそこでぶるりと身体を震わせる。ここまで半日以上我慢していたものが、緊張がほどけて一気に襲い掛かってきたのだろう。
涼はフローリアを手招きして呼び寄せる。
「どうされたのですか?」
「あの、トイレに行きたいんですが……」
涼は、不思議そうな顔をして近づいてきたフローリアの耳元に顔を寄せ、恥ずかしそうに股をモジモジさせて彼女を呼んだ理由を告げた。
そう。涼はどうしてもおしっこを行きたくなってしまったのである。
「まぁ、そうでしたの? 分かりました。メイドに案内させますわ」
「ありがとうございます」
「リョー様、こちらへ」
「はい」
フローリアの指示を受けたメイドが近づいてきて案内係のようなポーズで道を示す。涼は彼女に従い、トイレに向かった。
「リョーはどうしたんだ?」
「女性の話に首を突っ込むなんて野暮ですよ。お父様」
「う、うむ。そうか」
その後ろでは、どこかに行ってしまった涼を訝しむブライトが、フローリアの有無を言わせないような笑みの前に屈服していた。
これは将来フローリアを嫁にする男《《も》》苦労するだろうな、とブライトは娘の未来の旦那に想いを馳せながら食堂に向かった。
「ふぅ、スッキリした。やっぱり色々違うものなんだなぁ……」
涼にとって女の体になって初めてのトイレ。感覚の違いに戸惑いながらおしっこを済ませた。
下げた下着を履き直し、貴族仕様のやたら広い個室の外に出て手を洗う。狭い個室に慣れている涼は少し落ち着かなかった。
トイレも水洗になっているし、水道も整備されている。一般人も同様かは分からないが、少なくとも貴族はほとんど現代日本で過ごすのと変わりのない生活が送れそうだ。
トイレを後にした涼は、メイドに案内され、食堂へとの扉を潜る。
「ここには入ったことがなかったな」
IFPで貴族と関わることもあったとはいえ、依頼人と被依頼人の関係で応接室に訪れる程度。食堂に入ったことはない。
「セレブじゃん……」
初めて入る大貴族の食堂はパーティ会場のように広く、天井から豪華なシャンデリアが吊るされていて、豪華さが際立っている。
そんな世界とは現実でもゲームでも無縁だった涼は、その迫力に圧倒された。
「すみません、お待たせしました」
「いや、いい。今日はリョーのための晩餐だからな」
「ありがとうございます」
すでに家族が集まり、長いテーブルの端に固まって席についている。我に返った涼は、メイドの案内で空いている席に着席し、待たせてしまったことを謝罪した。
「こっちが私の妻だ。フローリアの隣にいるのが妹のクラリスと弟のハイドだ。他にもフローリアの兄が一人いるが、今日は席を外している」
「初めまして。ブライトの妻のメイリーナよ。よろしくね」
ブライトの席の隣に座るのは、フローリアによく似た女性。フローリアをもう十歳ほど成長させたらそうなるのではないかと思わせる容姿をしている。
4人の子供を持っている母親には見えない程に若々しい。それにブライト同様に性格も振る舞いも全く貴族らしくない。
「涼です。よろしくお願いします」
「まぁまぁ!! とっても可愛いわね!! ねぇ、あなた!!」
涼がぺこりと頭を下げると、メイリーナはまるで可愛い動物を見つけたようにはしゃいだ。
それを見た涼は少し引いている。
「おいおい、ちょっとはしゃぎ過ぎだぞ」
「あら、ごめんなさいね」
「いえ」
ブライトに窘められ、落ち着きはらうメイリーナ。
「クラリスです。よろしくお願いします」
「ハ、ハイドでしゅ。よろしくお願いしましゅ」
メイリーナの暴走が終わると、フローリアの妹のクラリスと弟のハイドが挨拶をする。
クラリスは十二、三歳程度で、フローリアが清楚系お嬢様なら、彼女は物静かな落ち着いた雰囲気のクール系お嬢様といったところだ。
容姿は姉妹だけあって非常によく似ている。こちらも母親ゆずりの金髪と碧眼だ。
ハイドは六、七歳くらい。彼も母親似で金髪碧眼の線の細い少年だ。成長すれば美男子になること間違いなし。沢山の女性が虜になることだろう。
ハイドは顔を真っ赤にして噛みながら挨拶をした。彼は初めて見る涼という規格外で神秘的な美少女に見惚れてしまったのであった。
残念ながら中身は男なのだが、それをハイドが知る由もない。
「それでは、料理を出してくれ」
「かしこまりました」
挨拶が終わると、ついに料理が運び込まれ、テーブルに所狭しと並べられていく。
「すっごいな」
まるで何かを祝うパーティのようだ。
しかし、涼としてはそれで助かった。コース料理のようにハードルの高い料理ではマナーが求められる。しかし、現実でフランス料理などとは無縁だった涼はマナーなど全く知らなかった。
こういう賑やかな雰囲気ならマナーをうるさく言われることもないだろう。
「そろったようだな。今日は娘を救ってくれたリョーに感謝を込めて豪華な料理を用意した。存分に食べて行ってくれ」
「ありがとうございます」
料理が運び終えたところで、ブライトが酒が注がれた杯を掲げながら口上を述べると、メイドたちが料理を取り分けて食事を始めた。
「いただきます」
涼もそれを見送った後、手を合わせて食前の挨拶をする。
「どれをお取りしますか?」
「あれとそれとこれと……」
隣に控えていたメイドに声を掛けられた涼は、ここぞとばかりに食べたい料理を頼んだ。
「こんなに大丈夫ですか?」
「問題ありません」
複数の皿がてんこ盛りになり、メイドが心配そうに見つめるが、涼は快活に笑う。
涼はもう一日近く何も食べていなくて腹が減っていた。それにここは公爵家。これ程美味しい料理はしばらく食べられないはずだ。だから、ここで食いだめするくらいの気持ちだった。
「美味い!!」
そしてまず、ローストビーフ風の料理に口を付け、その美味さに驚いた。
使っている肉のレベルが日本で食べた物と違い過ぎる。凝縮した旨味が噛むたびに溢れ出し、掛かっている甘さと酸味のあるソースと絶妙に絡んで口いっぱいに広がった。
余りの美味さにフォークが止まらない。まるで貪るように食べてしまう。
「あらあら、リョーちゃんはそんなにお腹が減っていたのね」
その様子を見ていたメイリーナが目を丸くしながら声を掛ける。他の面々も涼の可憐な見た目からは想像もできないほどの健啖ぶりに驚愕していた。
特にハイドは食べようとしていた料理をテーブルに落とす程の驚きぶりだった。
「……はい。丸一日くらい何も食べてなかったので」
「そうなのねぇ。遠慮せずに沢山食べていってね」
「ありがとうございます!!」
少し行儀の悪い食べ方になってしまい、バツが悪くなった涼。彼は口の中にある物を飲みこんだ後、恐縮しながら返事をした。
その言葉を聞いたメイリーナは優しい表情で微笑みかける。怒られるわけではないと分かった涼は再び吸い込むような勢いで食べ始めた。
「これもうま!! こっちも!!」
美味しそうに食べる涼を見て、クライスト一家もなんだかお腹が空いてきて自分達も料理を堪能する。
なんだかいつもよりも美味しく感じられた。
「もっと料理を持ってきてくれ!!」
「こっちの料理がなくなりました!!」
ただ、その食べっぷりは料理を用意したメイドたちが慌てるほどで、次々料理がなくなり、幾度もお代わりが運び込まれることに。
涼は手当たり次第に料理を食べ続けた。
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