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児童文学

倒れないための装備

作者: 空見タイガ

 ぼくは勇者になった。近所でいちばん暴れんぼうな犬の頭をなで、いじわるな上級生と闘い、公園で拾ったすてきな木の枝を振り回していたら、数々の冒険をくりひろげた勇敢さをほめられ、王さまにお会いできることになったのだ。えっへん。

 お母さんがつくってくれた暗闇でほのかに光るお茶を水筒に、お父さんがつくってくれた楕円のおにぎりをお弁当箱に、これらを傷だらけのリュックサックに。

 準備完了。ぼくは弾けるように玄関を飛び出した。青い空! 白い雲! 見送りにきたお母さんとお父さんに「いってき」まで言ったところで、家の扉がバーンと大きな音を立てて開いた。

「ます」

 ドスドスドス。おばあちゃんはお父さんとお母さんのあいだに割って入り、ぼくの前にドンと立った。

「薬草は持ったかい」

 お母さんが「私が持たせましたよ」と言うと、おばあちゃんはギンとお母さんをにらみつけた。ふたりは仲がわるいのだ!

「懐中電灯と予備の電池は」

 お父さんが「僕が持たせました」と言うと、おばあちゃんはギンとお父さんをにらみつけた。親子なのにふたりも仲がわるいのだ!

「身元のわかるしるしはどうだね。ふわふわのぶあつい布も必要だね。竜を呼ぶ笛は……」

 ぼくは「うわあああああ」と叫びながら、走って家から遠ざかった。リュックサックの中身がガチャンガチャンと音を立てるなか、後ろのほうで「寄り道をせずに気をつけて行くんだよ」とおばあちゃんのしわがれた大声が聞こえた。

 まったく、安全安心で準備万端な冒険なんて、勇者のやる冒険じゃない!

 ぜいぜいと息を吐きながら、ぼくは短い坂道と長いいいいいい階段をのぼった。途中からくったくたになって目の前が真っ暗になっていたけれど、ふと顔をあげた途端にやる気が出た! ぼくは残りの段をさっさと駆けあがって、王さまの住むお城の前に立った。

 なんて立派なお城なんだろう。高くそびえるお城のどこまでも続く奥行きのずっと後ろでは、青い海がきらきらとかがやいて見えた。振り向けば、あんなに長かったはずの階段も大きなまちもちっぽけに見える。

 おばあちゃんがお話してくれたっけ。なんでも王さまの住むお城は「敵」が入ってこないように、まちでいちばん高い場所に建てられたらしい。でもこんなに階段があると「味方」だってのぼりおりがたいへんだ。勇者ですら途中であきらめそうになったのに!

 お城の入り口に立っていた大人に声をかけられ、ぼくはお城のなかに案内された。天井がどんなに手を伸ばしても届かない高さにある。足下にはふかふかの赤い絨毯が敷かれていて、その先には、また階段だ! ぼくはなんとか王さまのいる部屋にたどりついた。王さまは広い部屋のもっとも奥にある大きな椅子に悠々と腰を下ろしていて、その椅子の前にも短い階段があった。王さまはとてつもない階段好きだ!

 床にひざまずいて頭をたれると「顔をあげなさい」と上から重々しい声が降ってきた。でもこれは罠だ。いくら勇者といえども王さまのようなえらいひとの顔をじろじろと見てはいけない。「……本当に顔をあげなさい」見上げると王さまは自分よりとてつもなく高い位置にいた。「立ちなさい」もっと床で休みたかったのに。ぼくはできるだけ急いで、でもゆっくりと立ち上がった。

「よくきたな、勇者よ」

「ありがたき幸せです」

「これまで冒険をし、これからも冒険をする、勇気ある者よ。おまえにこのまちにいた勇者の身におきた悲劇を話そうと思う」

「ありがたき幸せです」

 ほかにも勇者が「いた」んだ。でも「いる」わけではないんだ。いったいどうしてだろう。ぼくはお尻に力を入れ、先ほどまで浮かれていた気持ちをきゅっと引きしめた。

「ある勇者はとても勇敢だった。まちに豪雨がくると知らされていたのに、希少な薬草を探すために山にのぼった。その山で土砂崩れが起こり、勇者はたおれてしまった」

「はい」

「あの勇者もとても勇敢だった。大きな地震が起きて高い津波がくると知らされていたのに、二階の部屋にいれば大丈夫だと逃げなかった。勇者はたおれてしまった」

「はい……」

「彼もとても勇敢だった。避難が呼びかけられていたのに妻のたからものを残したままだからと家に戻った。勇者はたおれ、その妻はかなしんだ。おまえのおじいさんとおばあさんのことだ」

 おじいちゃんも勇者だったんだ。ぼくは古びた写真で見たおじいちゃんの元気そうな笑顔を思い浮かべ、ぼくを見送りにきてくれたおばあちゃんの表情を思い出した。

「勇者は勇敢であったけれど、おろかだったので、たおれてしまったんですね」

 王さまは力強く、なんどもなんども、首を横に振った。

「ちがう! おろかだったからたおれたわけではない。どんなに利口な者も、どんなにやさしい者も、どんなに強い者も、われわれをいきなりおそってくる、巨大な敵には無力なのだ。勇者たちは臆病ではなかった、だから逃げなかった。しかし逃げなければならない時もある。そのことを勇者たちはよく知らなかった」

「せんえつながら……知らなかったのは、結局おろかだったからではないしょうか」

「ある者は知っていた。みなが避難をしているとき、家はがら空きで、貴重なたからものが残されたままだ。その者は盗みを働き、災いによる混乱にまぎれて裁かれることなく、まんまと儲けた。この者はよく知っていたし、ある意味で勇気もあるが、ぞっとするほどおろかである」

「仰せになるとおりです」

「幼子は魔物の危険性を知らぬ。だから幼子は身近にいる魔物に近寄ってしまう。それは幼子に勇気があるからでも、さらにおろかだからでもない」

「仰せになるとおりです」

「彼らはおろかだからたおれたのではない。危険は危険だと知っていても、本当はよく知らなかったので、勇気があれば乗り越えられるはずだと勘違いしてしまったのだ。もし自分の背丈よりはるかに大きな波が押し寄せてくると本当に知っていたら、勇気なんて何の役にも立たないと考え、当然のように逃げ出していただろう」

 ぼくは王さまの話に身震いをし、それから背筋をピンと伸ばした。

「ありがとうございます。王さまのおかげで、知ることを知りました」

「そうだ。ひとの話をよく聞きなさい。むかし起こったことを調べなさい。それは冒険をはばむような、よけいなおせっかいに思えるかもしれぬ。しかし過去から未来に伝えられることには伝えられるだけの理由があるのだ」

 ――それに、これまで知らなかったことを知る喜びこそが、冒険の楽しみではないかね……。

 王さまとお別れをして、ぼくは長い長い階段をその長さの意味を考えながら一段ずつおりた。いつものまちがだんだんと近づいて大きく見える一方で、いつもより小さく壊れやすいものにも見えた。坂から転げないように大地を踏みしめて歩き、まっすぐ家に帰る。あたたかく出迎えてくれたお母さんとお父さんにだきついたあと、すみっこでスンとそっぽを向いているおばあちゃんのもとに駆け寄った。

「ねえ、おばあちゃん。ぼくにおじいちゃんのことを教えてよ」

 ぼくは勇者になった。だから勇気があるし冒険もする。勇気とはぼくが知らないことを知ろうとすることで、冒険とはぼくが知らないことを知ることだ。

 だからぼくの冒険は先端と終端のわからない輪をなぞるようにずっと続いてゆく――生きているかぎり。

 ぼくは「敵」に剣や盾で勝つことはできない。それでもたいせつなひとを悲しませないように強くなれるだろう。

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